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始まり

目の前の母親の形相は、それこそ般若同然だった。目は釣り上がり、顔は赤く、車で来たとは思えないほど息をきらせている。


「…何で来たの、母さん」


敦賀先生の前だ、抑えろ。

心の中でそう思う自分がいるけど、どうしても声が冷たくなるのを抑えられない。


「何で来たのじゃないわよ!今何時だと思ってんの!!」

「…俺、今日は遅くなるってあらかじめ連絡しておいたよね?」

「連絡すりゃいいってもんじゃないわよ!あんたは馬鹿なんだから、こんなしょうもないことしてる暇があるなら家帰って勉強しなさい!」


ーーーさっきの電話と同じようなことしか言われていない気がする。


「だからさ、何度もいうけど…」

「あの、失礼ですが」


溜息をつきつつ言った結生を遮ったのは、驚くべき敦賀だった。


「仮にも生徒会の活動を、しょうもないこととは、些かご説明を願いたいところですが」


いつもの無愛想さとは違った低く冷たい声に、結生は背筋が凍りそうになった。母に近づきながら喋っているせいで表情は見えないが、それでも声でわかる。ーーー怒っている。


「部外者は黙っていてくれません?私はこの子と話しているの」

「部外者とは心外ですね。俺はこれでも一応、朝倉さんの生徒会の顧問なんですが」


そこまで言われて母はやっと自分の失態に気付いたらしい。はっと口元を抑えておろおろと目を動かしている。なんせ自分の体裁だけは何があっても守るような人だ。


「あらやだ私ったら…!取り乱したところをお見せして申し訳ありません。朝倉結生の母です。いつも結生がお世話になっております」


そう、何があっても。ーーーつまり、どんな手を使っても。


「お恥ずかしい限りですけど、今日のこの集まりは生徒会だったのかしら?結生ったら本当に無口で、大切なこともなんにも話してくれないんだから…」


母のいきなりの物言いに、結生は目を見開いた。

確かに、自分のためならどんな手でも使う人だとは思っていたけど、まさかここまでするとは思っていなかった。

ーーーまさか、自分の息子を使うなんてことは。


「私、てっきり遊びに行ったものだとばかり思って、ここまで乗り込んで来てしまったのだけど…。先ほどは失礼な物言いをしてしまってごめんなさい。そんなこととは知らずに私…」


ーーー違う、ちゃんと言ったはずだ。今日は生徒会で遅くなると。


「ちょっと待ってよ母さ…」

「そうですか。そういう事情なら仕方ありませんので、どうぞお気になさらず」


結生の訴えは、またしても敦賀によって遮られる。

顔は見えないが、敦賀の声が先ほどまでより柔らかくなったのを聞くに、おそらく母の言い分を信じているのだろう。


「では、彼には俺から指導しておきますので。まだもう少し打ち合わせがありますし、どうぞお母様は先にお帰りください。息子さんは責任をもって家まで送り届けますので」


敦賀がそう言うと、母はにっこりと気持ちの悪いほどの笑顔を浮かべて去っていった。おそらく内心では結生を連れ帰るのに失敗して大荒れしているのだろうけど、それを微塵も見せないところがある意味すごいところだと思う。

ーーー今の結生にとっては、憎い以外の何者でもないけれど。


「おい、朝倉」


母の車が駐車場から出て行くのを見届けると、敦賀が肩越しに振り返ってそう結生を呼ぶ。


「お前の家の都合はしらねえけど、必要最低限の会話くらいはしろよ」


ーーーどうして俺がこんな風に言われなきゃならない?

ーーー本当は違うのに?真実ではないのに?

ーーーこれじゃあまるで、俺が勝手にあの母を振り回して、結局自分で収集をつけられずに人に迷惑をかけてしまったみたいだ。


別に自分が無口だと思われようが、親子関係があまりよくないと知られようが、どうでもよかった。ただ、自分の行動に自分で責任を持てない、人に迷惑をかけるだけの奴だというレッテルを貼られるのだけは嫌だった。

ーーー人とうまく付き合えないぶん、人のお荷物になるような存在にだけは、なりたくなかったからーーー。


「おい、聞いてんの?それとも何か不満でもあるわけ?」


若干苛立った口調で敦賀がそう言う。


(不満?不満なんて腐るほどある)


でも、だからってどうしたらいい?今さら違うって主張したところで、きっと敦賀先生だって信じてくれないだろう?


『信じて!お願い』

『本当なんだよ?ねえ、信じて…!』


忘れたはずの記憶の中の声が蘇ってきて、思わず耳を塞ぎたくなる。

またこんな思いをするくらいなら、いっそーーー


「おい」


自分の感情を押し殺して、とりあえず謝っておこうと結生が口を開こうとしたそのとき、敦賀に強く顎を掴まれた。

驚いて見上げると、なぜかニヤッと初めてみるようなーーーそう、まるで獲物を見つけた肉食獣のような笑みを返される。


「やっぱりお前、あのヘラヘラした笑顔は化けの皮だったか」


いかにも面白そうにそう言われーーー2、3秒ののち結生ははっとする。

そういえば、母のことにばかり気をとられていて、無意識のうちに家での無表情無感情に見えるらしい自分に戻っていた…気がする。


「えーっと…あの…」

「気持ち悪いくらい笑顔振りまいてるあの顔より、こっちの無表情な顔の方が断然いいと思うけど?」


そう言うと、敦賀はさらに強く結生の顎を掴んで引き寄せ、爆弾発言を口にした。


「俺、お前のこと好きになれそうだ」


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