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修羅場

しまった。

そう思ったときには遅かった。


『金城先生なら敦賀先生と話があるって、さっき店を出ていったけど』


渚の声を思い出す。


(なんで気付かなかったんだろ、俺…)


ここで電話をしていたら、敦賀に鉢合わせる可能性があるということに。


「金城先生、ちょっと先に戻っておいてもらえますか。俺、少々こいつと話があるんで」


掴んだ結生の腕を離さずに一緒にいたらしい金城にそう声をかける敦賀に、結生はぎくしゃくと振り返る。そこには想像していた通りの無表情の敦賀と困ったような顔をした金城がいた。


「では先に戻っておきますので、なるべく早く帰ってきてくださいね」


非情にもそう言って、困った顔をしながらその場を立ち去る金城を、結生は呆然と見送った。いや待て、別に俺は何も悪いことはしていない、ただ電話してただけ、かかってきた電話を取っただけ、それもちゃんと会長である渚の許可を取ってから出てきたんだし俺は何も悪くない…はず。


…なのに何なんだこの空気は。


「おい」


滅多に取り乱さない結生にしては珍しくそんなことをぐるぐる考えていると、いつの間にやら強く掴まれていた手は離され、不機嫌な顔をした敦賀がこちらを見ていた。


「…な、何ですか…?」

「何ですかじゃねーだろ。今何の時間かっつーの、忘れてんの?打ち合わせの時間だろうが。仕事する気ねーんなら生徒会やめろ。迷惑だ」

「…すみません」


別に結生だって好きこのんでわざわざ打ち合わせを抜けているわけでもないが、理由を伝えようとするにもどうも言葉がうまく出てこない。


「すみませんとか言ってほしいわけじゃねーんだよ、やる気あんのかねーのかどっち?」

「…あります」


ーーーあるけど、電話がかかってきたから出ていただけなんです。


たったそれだけのことなのに、うまく言えない。


いつの頃ーーーとはいえ今のように感情が薄くなってからの話だがーーーからか、人に自分の意見や思いを伝えるのが酷く億劫になってしまっていた。特に母親は、結生の意見や考えなんて言っても言わなくてもどのみち聞かないから関係なかったし、それにいつからかそれでもいいや、と思うようになってしまっていたのだった。


言ったって、聞いてくれるかも信じてくれるかもわからないのに。

逆に、そんなことで必死に訴える姿は、なんだか惨めな気がしてくる。

そんな思いをするくらいならいっそのこと黙っておいたほうがいい。信じてもらえるかもわからないのに、惨めな姿をわざわざ晒すこともない。もちろん、これはただの自己満足にすぎないし、その理屈だと殺人犯にされた時でもそんな冷めた考え方をするのかという話になるけど、とりあえずこの程度の話ならこれでいい。


せっかく敦賀とも普通に接することが出来るようになりそうだったのに、これでまた「やる気のない生徒」のレッテルを貼られてしまうのは、ほんの少しだけ残念だったけれど。


(仕方ない、俺はこういう人生だ)


自分にはこの役回りが一番似合っている。


「…あっそ。ならとっと戻れ」


数秒の沈黙ののち案外あっさりとそう言われ、結生はいささか肩すかしをくらった気分になった。もっと色々突っ込んで聞かれるか、本当にやる気あんのかと怒られるかと思っていた…。


「何ぼへっと突っ立ってんだよ、行くぞ」


そう言って踵を返した敦賀を追いかけようとしたその時。


「見つけたわよ!結生!!」


背後からヒステリックな甲高い声が聞こえた。


「…母さん」


ねえ、母さん。

貴方はまた、俺の居場所を壊そうとするんだねーーー。

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