夕焼けの音色
「結生ー、もうすぐ出番だよー!」
あの日から気がつけば数ヶ月がたち、季節は木の葉が紅く色づく頃。
今日は、文化祭折り返し日ーーーつまり、合唱コンクールの日である。
『告白のことは、今はまだお返事出来ません』
まだ、俺の中でも自分の気持ちが整理できていないからーーー。
あの日ーーー結生が倒れ、その後保健室で敦賀に色々とぶちまけた日に、結生が彼に返した言葉の第一声はそれだった。
多分、怖かったのだ。敦賀のことを信用していないわけではないけれど、もしあの敦賀の言葉が全て結生を誘惑するだけの言葉だったらーーー。
ーーーそんなことは決してなかったのだけれど。
『構わねえよ。ただ、一つだけ頼みがある』
しかし、そんな結生の心境をおそらく全て見越していたであろう敦賀は、怒るでも喚くでもなくただ一言そう言った。
ーーーピアノを弾いてほしい。
『お前にとっては辛いことかもしれない。だから、今すぐにとは言わねえ。落ち着いたらでいい。お前のピアノを聴きたい。傷つきながら、それでもここまで生きてきたお前に、ずっと寄り添ってきたそのピアノをーーー』
『次は二年一組の合唱です。指揮者、前田敦、伴奏、ーーー』
「いやあ、まさか結生が引き受けてくれるとは思わなかったよ」
司会である響の声がマイクを通して響き渡る舞台裏で、結生はいつもの取り巻きの一人に肩を叩かれた。
「…え?」
「伴奏。だって、一年のときは結局引き受けてくれなかったし、今年だって途中まではずっと拒否ってたじゃん。それがどういう心境の変化かいきなりすんなり引き受けてくれちゃってさ。ま、俺たちにとっては結果的に結生のピアノが聴けたし結果オーライなんだけど」
「へえ、そういうこと」
突然背後から聞こえてきた、いかにも面白そうな声にぎょっとする。
「つ、敦賀先生…」
「ねえ、ちなみにこいつがそんなにすんなり伴奏引き受けたのって、いつ頃だった?」
結生の肩に手を置いて、取り巻きの一人にそう問いかける敦賀の目は、完全に笑っていた。
ーーー面白がっている。
「えーっと、いつだっけ?あ、そうそう、確かセンセーの授業で倒れてからだったような気がするけど?」
「ふふーん、なるほどね」
「ちょ、ちょっと、もういいから敦賀先生は向こういってて下さい!」
満足気に鼻を鳴らす敦賀を結生は顔を真っ赤にしながら睨みつける。
でも、それだけではどこか負けたようで悔しいような気がしたから。
「あとで生徒会室で待っててください。…まだあの話が有効なら、お返事、しますから」
敦賀が目を見開くのを見て結生は少しだけ勝てたような気分になり、口角をあげながら舞台へと踏み出した。
***
「で、どうだったの、出来は」
「……本当に本番聴いてたんですか」
「しゃーねえだろ、俺は音楽とか全くわかんねえから何聴いても一緒に聴こえんだよ」
「………」
出来ははっきり言ってしまうと酷かった。
指揮者とはずれるわミスタッチはするわ。
でも。
「楽しかった…」
久しぶりに、心の底からこんなに楽しんだ気がする。
「やっと、心から笑ったな」
そう言われて振り返ると、背後には優しい目をした敦賀の姿があった。
「ほらよ」
そう言って、小さな紙袋を投げられる。
開けてみると、そこには小さな紅い薔薇のブローチが入っていた。
「…何ですか、これ」
「成功したか失敗したかは知らねえけど、ま、成功祝い的な物だ」
「そうですか…ありがとうございます…」
演奏が演奏だっただけに、少し微妙な気分だけれど。
(にしても、なんで薔薇…?)
ーーー俺、一応、男なんだけど…
「お前、薔薇みたいだったから。
ちゃんと世話して貰わないと駄目なくせに、自ら棘なんてつけて人を寄せ付けないようにしちゃってさ。その癖独特の雰囲気を持ってて人を惹きつける。そのまんまだろ?ま、普通は5月~6月が時期だから、お前は遅咲きだけどな」
「…よくそんな恥ずかしい台詞をつらつらと言えますね…」
結生は顔を真っ赤にしながら視線を逸らした。
花に例えられるとか、なんだか女みたいだ。
(でも)
それでも、それを喜んでいる自分がいるから。
「馬鹿言え、俺だってそのブローチ買うとき、どんだけ恥ずかしかったと思ってる」
「…先生でも恥ずかしいと思うこととかあるんですか」
「当たり前だ、あほ」
夕焼けの空を前に広げられた二人だけの時間は、かけがえのないほど楽しくて幸せで。
「いくら待ってもお前から言い出しそうにねえからな。俺から最後に一度だけ言う。
ーーー俺と付き合えよ、結生」
荒野のような荒れた地に育ったその薔薇は
「ええ、喜んで」
冬を間近に、綻んだ。
END
これで、結生と敦賀先生のお話は一旦終了です。希望が多ければいずれ続編をやるかもしれませんが、とりあえずはリクエストして頂いているこの二人の番外編と、この作品での脇役・響のターンに専念しようと思います。
心に傷を負った、不安定さや陰のある少年のお話を書きたいと思って連載を始めたこの作品ですが、たくさんのコメントや励ましによってここまでくることが出来ました。最後まで読んでくださった皆様、コメント、拍手をくださった皆様、本当に感謝しております。ありがとうございました。




