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絶望は一瞬に

コンクールの結果は散々だった。


それもそうだ、39度を超える熱で解熱剤も飲まずに舞台に立ったのだ。演奏はなんとか最後まで続けたものの、終わった瞬間舞台の上で倒れ、そのまま病院へ運ばれるという始末だった。


(結局駄目だったんだな、俺…)


何も結果を残せなかったどころか病院にまで運ばれるなんて。


(母さん、怒ってるだろうな…)


久しぶりに、『息抜き』だなんて時間をとってくれたのに。



自宅療養となって数日が経ったある日のこと。


熱も落ち着き、次の日くらいからは学校にも行けるということになったそんな日の午後、ベッドでまどろんでいた結生は喉の渇きをおぼえてリビングへと降りていった。


(あれ?珍しいな、この時間に母さんが家にいるなんて)



結局あの日ーーーコンクールで結生が倒れた日から、母とはろくに話をしていなかった。


食事や薬は結生が寝ている間に部屋の机に置かれていたし、たまに自分からリビングへ降りていった時は大抵外出中だったから。


が。


今日は少し様子が違う。

リビングから母の声が聞こえるのだ。


(お客さん?)


そう思って玄関を見てみたが、特別いつもと違う靴があるわけでもない。

どうやら声の原因は電話のようだった。


『本当にね。何考えてるのかしら。信じられないわ』


と、その時、聞こえてきた声の鋭さに結生は思わずリビングの前で足を止めた。


どうやら電話相手に何かを愚痴っているようだ。


『え?私があの子に優しくしてた?ははっ、馬鹿じゃない?期待するのをやめただけよ』


ーーーナンダカ、イヤナヨカンガスルーーー。


『だいたいねえ、私が気まぐれに「息抜き」なんて言ってみたのを馬鹿みたいに信じちゃって。私はただ、あの子が自分の実力もわからずにピアニストになりたいとか言い出されると面倒だから、コンクールにでも出れば少しは現実を見るんじゃないかって思っただけ。コンクールの直前に勉強しろって言わなかったのは、勉強をすてて練習しても賞を取れるような実力には及ばない、つまり才能がないってことを気付かせたかったからよ』


ウソ…ウソ、ダヨネ…?


『まあ結果的には失敗したわけだから良かったけれど。まさか入院費までかかるとは思ってなかったわ。何にもできないくせに迷惑ばかりかかって、本当に邪魔な子』


ナンデ、ナンデ、ナンデーーー!?


「母さん!!」


気がつけば、盗み聞きしていたことも忘れてリビングの戸を蹴破るようにして中へと入っていた。


ドクドクと鳴る、心臓の音がうるさい。


「あら、聞いていたの」


中にいた母は結生を一瞥すると、何事もなかったかのように一言二言喋ってから電話を切り、そう呟いた。


「…今の、本当なの?…俺に、ピアノ諦めさせる為に、コンクール受けさせたって…」


ーーーお願い、違うと言って?

ーーー嘘でも取り繕ってでもいいから、否定してよ…!


「あら、そんなところから居たの」


切実な結生の願いに反して母から発された一言目は、まるで「昨日のあのテレビ見てた?」とでも訊いているかのような、そんな言葉だった。


「だったら話が早いわ、その通りよ。でも自分でもわかったでしょう?才能がないって。第一、自分で自分の体調管理もできない子にプロなんて目指す資格はないの。今日から諦めて勉強に専念しなさい。…もっとも、もうピアノを弾こうにも弾けないでしょうけど」


母から流れ出てくる言葉に、息が詰まる。


「…弾けないって、何で…」

「あのピアノは売ったのよ、あんたが入院している間に」


ーーー目の前が真っ暗になった。


何で、そこまでされなくちゃいけない?


俺は、ピアニストになりたいなんて、プロになりたいなんて、一言も言ってない。なれるとも思ってない。ピアノを弾くことによって、勉強をおろそかにしたことだって一度もない。


ただ弾きたかっただけだ。イライラしたとき、泣きたくなったとき、唯一俺を受け止めてくれたのは、あのピアノだった。あのピアノだけだった。ピアノがあったおかげで、俺はここまで生きてこれた。


ただ、それだけ、なのにーーー。



俺には、それすらも許されない…?

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