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衝突

「敦賀先生…」


目を開き、敦賀の顔を見た瞬間、結生は唐突にここが保健室であったことに気が付いた。


(そういえば俺、あの時倒れて…)


ふと壁に掛かってある時計を見ると、針は昼の12時を少し過ぎたところだった。昼休みだ。


(確か数学の授業は二限だったから…俺、随分寝てたんだな…)


「あらあら朝倉くん、目が覚めた?」


この学校では珍しい女性の養護教論が柔らかい笑みを浮かべながら、ベッドとベッドを隔てるカーテンを開けて入ってくる。


「えっと…すみません、俺、随分寝てたみたいで」

「いいのいいの、随分疲れと寝不足が溜まってたみたいだしね。…うん、脈拍も落ち着いてるし、もう大丈夫。疲れているのなら今日はもう帰ってゆっくり休みなさい」

「あ、いえ、もう大丈夫なので」


ーーー今家に帰るのだけは嫌だ。


そう思って言い返したとき、ふと先ほどから結生の手首を掴んだままにしていた敦賀の手に力がこもった。


「須藤先生、悪いんだけど、少し朝倉と二人にしてもらえません?こいつが倒れたのは俺の授業だったんで、いろいろ聞きたいこともありますし」

「そう言えばそうだったわね。気が利かなくてごめんなさい。今席を外すわ」


ーーー凄く困る。

なんせ、敦賀には恐らく先ほどの我を失ったような姿を見られていた。何が『倒れたのが俺の授業』だ。そんなの口実に決まってる。


が、がっちりと掴まれた手首は、とてもじゃないが振りほどけそうでにもない。


「ねえ、朝倉くん」


半ば絶望的な状況で結生が溜息をつきかけたとき、保健室のドアを開けながら須藤が言った。


「敦賀先生は休み時間の度に、あなたを心配して見に来てくれていたわよ」


それだけ言って、去って行く。



ーーーなんで、そんなこと言うんだ。


考えないようにしていたのに。諦めようとしていたのに。俺には、俺みたいなやつには、誰かと幸せになる権利なんてないって、覚悟を決めたのに。


そんな風に言われたら、流されそうになってしまう。

ーーー甘えて、しまいそうだ。


「おい」


敦賀が普段より若干低い声でそう名を呼んできた。


「…えーっと…とりあえず迷惑かけてすみませんでした…」


さっきの耳を塞いでいたことを訊かれるのが怖くて、必死で話を別のところへ逸らそうとする。が。


「ったく、心配かけやがって。…で?さっきのあれ、何なの」


敦賀には通じず、一分も経たないうちに話を戻された。


「…別に、何でもないですよ。少し変な夢を見て、幻聴が聴こえた気がしたから反射的に塞いだだけです」

「ふーん、それが、お前の母さんの夢だったって訳?」


敦賀の全てを見透かしたような目と声に、結生はベッドの上で凍りついた。なんとか引きつった笑みを浮かべ、震える声を押し出す。


「な、何の根拠もない癖に、どうしてそんなことが言える、んですか?勝手なこと、言わないでください、よ」

「根拠ならあるぜ?お前、覚えてねえみたいだけど、お前が自称貧血で倒れた時、ずっと『母さん』と『やめて』を繰り返してた」


敦賀の勝ち誇ったような顔に、結生は自分の中の何かが外れたような気がした。


自分の意思とは裏腹に、口はペラペラと思ってもいないことを喋り出す。


ーーーきっとこうなったら、俺は自分で俺を制御できない。


「…そうですか。俺をからかって、そんなに楽しいですか」

「は?ふざけんなよ、誰がからかって…」

「俺が母さんに『やめて』?ありえないっつーの。仮に言ってたとしても今日とは全く関係ないし、そのわかったような口きくのやめてくれません?迷惑だ」

「おい、朝倉、落ち着…」

「だいたい、何なんですか、俺のこと好き好きって。そんなに俺をからかって楽しいですか、俺が本気で悩んで乱されるの見て嬉しいですか!いい迷惑なんですよ!俺があんたに告白されてからどんだけ乱されてると思ってる!人のこと何も知らないくせに、俺のこと何もわかってないくせに、無責任なことばっか言わないでくださいよ!」

「黙れ!!」


静かであるべきはずの部屋に、敦賀の怒声が響いた。自分でも取り乱しているのがわかり、その場にいるのが苦痛で結生は必死で腕を振りほどこうともがくが、びくともしない。


「確かに俺は無責任だったのかもしれない。だけど、俺はお前のことが好きだから、お前のことが知りたいから、だからさっきだって何があったのか、何で倒れたのか訊こうとした!それを勝手に拒否して好き放題言い散らかして距離を置こうとしているのはお前だろうが!」

「それは」

「誰もお前をからかってなんかねえ。遊びや気まぐれで男が男に、それも教師が生徒に告白なんて出来るかよ」

「………」

「結生、一つ言っておく。俺はお前に無理やり嫌なことを喋らせようとするほど鬼じゃない。けど、俺がお前をわかってないなんていう理由で俺を拒否するつもりなら、力ずくでもどんな手を使ってでも喋らせる。ただし、お前にどんな過去があろうとどんな面があろうと、絶対にお前を見捨てないと約束する。例え、お前が過去に殺人を犯した犯罪者であろうとも、だ。お前に告白した時点でそのくらいの覚悟はできてんだよ」

「なんで…」


ーーーなんで、そこまでしてくれる?赤の他人である俺に。


俺は、血の繋がりがあっても、もっと残酷に振る舞う人を何度も見てきたし、知っている。


なのに。


「俺は最初、お前のその不安定さに惹かれたんだ。けど、やっぱり好きな奴には笑っていてほしい。だから、俺がお前を心から笑えるようにしてやるから覚悟しとけ」


結生の頬に、涙が一筋流れ落ちた。


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