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メロディ

「ねー結生ー、やってよー」


いつもの取り巻きの男子の一人が、うざったるいくらいに甘えた声で腕を引っ張りながらそう言ってくる。


「絶対結生しかやれる人いないって」


わかってる。わかってるんだ。

この人たちは自分に悪意があるわけでも嫌がらせのために言っているわけでもない。

おそらく、本当に結生にやってほしいと思って言っているのだろう。

でも。


(…なんか吐き気がして気分悪い…)


別にこの人たちのせいってわけではないんだけど。


原因はさっきのホームルームの内容にある。





二校合同の体育大会も無事終わり、次の大きな行事は秋の文化祭となった。

この学校の文化祭といえばそれはそれは華々しいもので、模擬店から舞台から展示から、あげく、丁度文化祭の折り返し地点にあたる日に、全校生徒参加の合唱コンクールが行なわれるのである。

さっきのホームルームではその指揮者と伴奏者決めを行っていたのだが。

そこで、伴奏者として結生の名があがったのだ。


(正直もうピアノとは関わりを持ちたくない…)


ーーー俺と母にの間に決定的な亀裂を刻んだ決定的な原因は、ピアノだったーーー気がするから。

詳しく何をされたかは覚えていないけれど、最近よく見る悪夢の中ではいつも同じピアノ曲が流れている。


(あの曲…確かに知ってるんだけどな…なんていうんだったっけ)


どうしても曲名が思い出せないのだ。


(まあいいか、別に思い出したってどうせ碌な思い出もないだろうし)


そう思って、そろそろ授業が始まると自分の席に着こうとしたその時。


廊下からうるさい程の歓声があがった。


***


「というわけで、今日は片岡先生が休みだから、代わりに俺が授業することになったんだが…欠席いる?」


ーーー憂鬱なことというものは、つくづく連続して起こるものらしい。


結生は、彼にしては珍しく大きな溜息をつきながら窓の外を眺めた。

夏が近付いたその空は、腹が立つほど青く澄み渡っている。


ーーー生徒会室で敦賀に失態を見せた日からはまだ数日しか経っておらず、その間は特に用事もなかったので生徒会室に出入りすらしていなかった。

正直、まだ敦賀とは顔をあわせたくなかったのだ。


なんせ、生まれて初めて他人に泣き顔を見られた。親にさえ見せたことがなかったのに。

ーーー泣き顔を人に晒すのは、弱みを見せるようで嫌だったから。


(でももう…俺には関係ない人だ)


相手が何を言おうと関係ない。

…俺はきっぱり断ったんだから。


「おい、朝倉」

「え?あ、はい」


知らず知らずのうちにぼんやりしていたのだろう。ちょうど意識していた人に自分の名前を呼ばれていたのにも関わらず、気付かなかった。


「悪りぃんだけど、生徒会室の俺の机から、筆箱取ってきてくれない?お前が行ってる間にプリントだけ配っとくから」

「あ、はい、わかりました…」


おそらくクラスで生徒会室へ自由に出入りできるのが結生だけだからだろう、そう頼んだ敦賀に、悶々と考えこんでいた結生は内心ほっとした。

少しでも、この空気のところにいたくなかったから。


二年の教室から生徒会室へは、階段は昇らなくていいものの渡り廊下を渡って二つ先の校舎まで行かなくてはならない。

ちなみに、その間にある校舎は「特別棟」と呼ばれる建物であり、その校舎には生徒たちの教室は一切なく、科学室や被服室、調理室にコンピュータールームなど、特別授業に使用される教室が並んでいた。夜になればこの校舎だけ、専用カードキーを使わなければ入れないような二重ロックがかかるらしく、そうすることで学校の貴重な実験用具や資料が盗まれるのを防いでいるらしい。

ーーーもちろん、そこには音楽室も含まれているわけで。



生徒会室で敦賀の筆箱を見つけ、教室へ戻るために特別棟から教室がある校舎へと渡り廊下を歩いていた結生は、突然風に乗って聞こえてきたピアノのメロディに足を止めた。


(これだ…この曲…)


悪夢を見れば必ず出てくるあのメロディ。


(なんで、どこから…)


そう思い、音の聞こえてくる方向を振り返ると、特別棟の一番奥の教室の窓が開いていた。

ーーー音楽室。


(なんで、どうして、今更)


今まで音楽室に入ったことも、ピアノの音色を聴いたことも何度もある。だけど、こんなに苦しくて息ができなくなったことは一度もなかった。


(いやだ、助けて、苦しい…!)


鼓動が速い。息が吸えない。体が震えて、眩暈がする。


不意に手に持っていたはずの筆箱が音を立てて床に転がった。同時に、今までの視界に白い靄がかかり始める。頭が痺れている気がした。


(俺、このまま死ぬのかな…)


襲ってくるのは、強い不安と恐怖。そして。


(敦賀先生…)


無意識のうちに心の中で呟いた声と共に最後に聴こえたメロディは、今までとは比べ物にならないほど切なかった。

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