デパート奪還大作戦
振り返り(適当):逃げる庸介、追う初伊!!勝利の女神はどちらに微笑むのか!?
「状況説明は手短に行くぞ」
目的のコモンデパートへ向かう車の中、平八郎は三人に仕事内容の説明をする。
車は運転をしているのが平八郎で助手席には庸介、後ろに慎一郎と紫苑がいる。
平八郎は仕事のこととなると目つきが変わる。
ふだんは気さくなご老人という風だが、一度スイッチが入ると一気にハードボイルドへと変身する。
車を運転するその姿も、一昔前の刑事ドラマに出ていそうな風格を漂わせていた。
エレベーターの中で何かをされたらしい庸介は、虚ろな目で車の進む先を見つめている。
普段はダンディな平八郎を見て喜んでいるのだが、今日に限ってはそのそぶりもない。
慎一郎も相棒の豹変に驚き、その事情を聞こうとした。そして庸介の口から聞き出せたのはただ一言。
「ディープ…………」
慎一郎はすべてを察し、そっと庸介の肩をたたいた。その際、唇にダークレッドの何かが付着していたが、見なかったことにした。
紫苑は相変わらず無口で、目つきも変わらない。
しかし、いつも以上に目が座り、手は慎一郎の腕をつかんで離さない。おまけに身体が小刻みに震えている。車酔いだ。
今年で19歳になる紫苑だが、つい最近まで船以外の乗り物に乗ったことがなかったらしい。
乗ることさえ嫌がっていたはじめのころよりはましにはなったが、それでもまだ慣れないようだ。
プルプルと紫苑からの振動が腕を伝って慎一郎にも感じられるほどだ。
結果、平八郎の話を真面目に聞くことができたのは、慎一郎だけだった。
「室長から聞いているだろうが、今回はレベルAだ」
レベルA。昨日まで慎一郎が担当していたのはレベルB。
これは、亜神たちの作り出す領域の広がり具合で変化する。 教室程度の領域ならばレベルBだ。
「どうもその領域がデパート全体に広がっているらしい」
「全体か……」
領域は一種のカモフラージュのようなものだ。その中では、たとえ何が起こったとしても外からその状況を見ることはできない。調べたければ中に入るしかないのだ。
「とりあえず、中に入るのはお前ら三人だけだ。俺とヒヨちゃんは外で様子見だな」
「分かりました」
ハードボイルド状態の平八郎は無駄な会話はしない。慎一郎と二人、事務的に会話を進める。
「あと一つ、これはあくまで噂だとヒヨちゃんは言ってたが……ゾンビが出るらしい」
「…………ゾンビ?」
唐突に出てきたファンタジーな言葉。
ゾンビとは、シューティングゲームなんかでよく的にされている血色の悪いアイツ等のことだろうか。
死体が何らかの要因で生き返り、人を襲うようになった存在だ。基本的に肉体は腐敗し、なかなか見ごたえのある姿をしている。
「ゾンビが出る、というのは……デパートの中に?」
「ああ、警備員が何度か目撃しているそうだ」
この近辺だと結構有名らしい、と平八郎は言った。
「その噂……もしかして《支配型》?」
「確証はねえがな、証拠になるような写真も取られてはいないようだし……と」
そこで平八郎は車を止める。
「ついた、ゾンビデパートだ」
××××××××××
「皆さん、お疲れ様です」
チッチッ
慎一郎が車から降りると、いかにもOLとでも言うかのような女性が近づいてきた。
ふわりとボリュームのある茶髪と、こちらもかなりのボリューム胸を持っている。穏やかそうな笑顔でゆっくりと頭を下げた。
「ヒヨちゃんも、見張りお疲れさん」
「どうも」
ダメージが抜けていない庸介と紫苑に代わり、慎一郎と平八郎ははヒヨちゃんこと小車日和とあいさつを交わす。
チッチッ
「あら、庸介君、元気ありませんね」
「ああ、ちょっと室長に……」
「あらあら」
「……!」
室長、という単語に無意識に身体を振るわせる庸介。
こんな調子で大丈夫なのか、慎一郎は本気で心配になってきた。
「じゃあちょっとおまじないをしてあげましょうか」
チッチッ
そう言って、日和は庸介の呆けた顔を抱き寄せ、
「ふー」
「おあああああぁぁぁぁぁっ!?」
耳に息を吹きかけた。
「ふふっ、元気になりましたねー」
「なっ!なに!何があったの!?」
のたうち回る庸介を見て、いたずらっぽく笑う日和。
みっともなく地面を転がる庸介だったが、目の前の人物が日和だと分かると、大慌てで姿勢を整えにかかった。
「あっ!ひ、日和さん!どもです!!」
せわしない動きで日和に向き直る庸介。顔が真っ赤だ。
「庸介君、これから突入でしょ?頑張ってね」
チッチッ
そう言って庸介の手を握る。
「は、はいぃっ!!」
庸介は裏返った奇声交じりの返事をし、ふらふらと車の中に戻っていく。
「あまりからかい過ぎないでやってください」
「別にからかっているわけじゃないですよ?」
笑顔で答える日和。
柔和な笑顔に見えるが、|加虐的(ドSチック)な感情が見え隠れ。というかもう半分くらい見えている。
「庸介君、耳が弱いみたいなんです」
「…………それを俺に教えてどうしろと?」
嫌な予感しかしない。慎一郎は助けを求めようと平八郎を見るが、頼れるおっさんは現在庸介に頼られていた。
真っ赤な顔で何かを訴える庸介を頑張って押さえつけている。
「私がやるよりも、慎一郎君がやってくれた方が、喜ぶんです」
「……誰がです?」
「私がです」
笑顔で恐ろしいことを言う日和。先程までの笑顔と、庸介をからかう笑顔、そのどちらとも違う笑顔を浮かべていた。
腐臭がするな、と慎一郎は思った。
「…………お断りします」
「あら、残念」
そう言って日和は車に入る。そして入れ違いに庸介が出てきた。
だいぶ落ち着いたようで、やっと余裕のある表情が戻ってきていた。
いつの間にやらその手にはサブマシンガンが握られている。
ワイヤーでできているショルダー・ストックも既に下ろされ、いつでも撃てるようになっている。最初からヤル気満々だ。
「やっと立ち直ったか」
「…………遅い」
紫苑も車酔いから復活したようで、何でもない顔で慎一郎の隣に立っている。
「スマンスマン、もう大丈夫!!」
元気にマシンガンを振り回す。あぶない。
「ちゃんと任務内容は聞いてたか?」
「ゾンビが出るんだってな!!」
あまり聞いていなかったようだ。
××××××××××
「俺とヒヨちゃんは領域の外で待機している」
「私もできるだけ《聞いて》いますが、危険になったら即退避してください」
チッチッ
領域の内部は外との連絡が取れない。
教室くらいなら特に影響はないが、大型のビルになると中の様子が把握できなくなってしまう。
かといって近付きすぎたり中で待機したりすると、領域を張った亜神に気取られてしまう。
非戦闘員の平八郎と日和は、必然的に領域から離れた場所で待つしかない。
「蔓穂慎一郎、甘菜庸介、衣川紫苑。以上三名、突入する」
「了解しました」
慎一郎の言葉に、日和が答える。
「じゃ、行ってきます!!」
「…………じゃ」
どうにも挨拶が締まらない二人。
突っ込む気にもなれない慎一郎は、デパートへと進んでいく。それを追う庸介たち。
「本当に大丈夫なんだろうな…………」
平八郎は頭をかきながらそう言った。できの悪い息子を見る父親のようだ。
「皆ならきっとやってくれますよ」
反対に日和は落ち着いている。
「そうはいってもなあ、《支配型》はずる賢い個体が多いじゃないか、あんなことで…………」
「え?」
「ん?」
日和が平八郎の言葉に疑問を覚える。
「あれ、言ったませんでしたっけ?恐らくデパート内にいる個体は二体、しかもどちらも《独立型》のようですよ?」
「…………聞いてない…な」
「…………」
「…………」
沈黙。
流石の日和も汗をかいている。
平八郎は慎一郎たちを目で追うが、もう領域に入ってしまったのか、その姿を見つけることはできなかった。
「だ、大丈夫です……よ?」
「そこは断言してくれよ…………」
ちょくちょく入っている「チッチッ」という描写は、打ち間違いではありません。