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Last EVIL - for fear -(更新停止)  作者: 山茶花久
序章「学び舎の崩壊」
1/17

裏社会の裏路地

プロローグという名の前日談です。

世界観を理解してもらうためのガイドみたいなものです。

2225年5月23日 深夜


 東京都のとある地区。そこは多くのクラブが立ち並び、昼夜問わず様々な人間が行きかう場所。特に日が暮れてからは人の横行は増すばかりだ。

 21世紀の終わりに24時間営業のクラブが解禁されてから、その賑わいは一層強くなっていた。


 この地区だけでも日に数億の金が飛び交うこともある大人の商業地域。しかし、一つ道を外れると、そこでは金だけではなく別のものが飛び交う裏路地が現れる。

 麻薬、拳銃、人間の臓器までもが簡単に行き来する裏社会の一片が、そこには垣間見えた。


××××××××××


 この夜、その道を走るは一人の男。目的はなく、ただ何かから逃げるように角を曲がり、また引き返す。

 その眼は血走り、ぎょろぎょろとトカゲのように薄汚い路地を舐めるように見回している。


「ハアッ……ハアッ……クソッ」


 息を切らせ、立ち止まる。それでもその眼は周囲の警戒を怠らない。しばらく膝に手をつき、呼吸を整える。


「なんだ、もうばてたのか《調教師チョウキョウシ》?」

「っ!?」


 唐突に背後から男の声。


「クソがぁっ!!」


 《調教師》と呼ばれたその男は振り向かず、再び走り出した。

 先程まではジョギングだ、とでも言うような加速。常人の域を軽々と飛び越えた超人的速度。

 あっという間に路地を曲がり、闇に消える。


「なんだ、まだ走れたのか」


 《調教師》の隠れていた場所から僅か数メートルにある物陰。そこから声の主であろう男が現れた。

 高い背丈に引き締まった肉体、しかしその顔は目深に被ったフードで隠れている。全身を覆うコートは黒。

 おまけに手にはめている手袋まで漆黒。薄暗い路地ではかろうじて口元が見える程度だった。

 表の人間というにはあまりにも『それっぽい』風貌の男。男は《調教師》の走りに驚くこともなく、どこかに連絡を取り始めた。


「……俺だ、今見つけた……ああ、また逃げられたよ……」


 電話を続ける男。しかし、自分に近付く人影に気付き、声を潜める。


「…………わかってる、ちゃんと仕留めるから……はいはい」


 男は素早く電話を切り、滑らせるように携帯電話を手から離した。落ちる電話には目もくれず、耳にあてたままの手をゆっくりと下ろす。

 しゅるりと衣擦れの音がし、袖口からナイフが現れた。

 手持ち部分を男がつかむと、重力に従って革製のホルダーのみが地面に落ち、15センチはあろうかというそのブレイドが露わになる。刀身には網目のような模様が走り、壊れかけの街灯の光を反射して怪しく光っていた。

 男はナイフを構え、人影と対峙する。

 しかし、その顔が認識できると、すぐにナイフを下ろし、ホルダーを拾った。


「逃げられちったねえ、慎一郎」


 場の雰囲気に合わない軽い口調。慎一郎とはこの男の名前らしい。


「この状況で本名を言うな、庸介」

「お前も言ってんじゃん……」


 庸介と呼ばれた男は、慎一郎とは違い、実に軽い装備だった。ボロボロで穴だらけののジーンズにタンクトップ。

 五月の夜には少々寒いのではと心配になる格好だ。

 さらにその長い髪はオレンジ色に染まっており、全身黒ずくめの慎一郎とは逆に、陰鬱な裏路地で妙に存在感を発揮していた。


「まだ大丈夫、追っかけなくて?」

「今《探索》してもらっているところ……だったが、見つかったらしいな」


 地面に落とした携帯がメール受信の点滅を示す。


「そろそろおわりかなーっ?」

「気を抜くなよ、最短距離で行くぞ」

「あいよっ」


 二人の対照的な外見の男たちは、足音もなく路地の陰に溶け込んでいった。


××××××××××


 《調教師》と呼ばれた男は依然走っていた。

 逃げては見つかり、また逃げてすぐに見つかる。いつまでも続くこのサイクルに、自分が追いつめられているのだと理解する。


「畜生っ……生贄ドナーさえいればっ!」


 悪態がこぼれる。そのせいで呼吸が乱れ、立ち止まってしまう。

 こうして立ち止まっていると、どこからか声が聞こえてくるような気にすらなってくる。

 もはや染みついてしまった悪夢のような連鎖に怯え、乱れた呼吸は収まらない。


がさっ


「っ!!」


 突然の物音に身体が跳ねる。奴らか!?

 血走った眼の先にいたのは奴らではなかった。


「えっ!?何なのよあんた!」


 恐らく仕事帰りの女性。風俗嬢だろうか。嫌に胸のはだけたドレスに高級そうな上着を羽織っている。

 奴らではないと分かった《調教師》の行動は早かった。

 彼は地面をけって跳んだ。逃げたのではない。

 女性に一気に詰め寄る。体力をすり減らした今、彼の身体はベストな動きを再現できない。しかし丸腰の一般人一人を捕えるにはそれで十分だった。


「なっ……!?」


 超人的な動きに女性の体がこわばる。《調教師》はその一瞬を見逃さなかった。

 彼女の頭を両手でつかみ、自分の顔と突き合わせる。

 女性の目と《調教師》目が合った。次の瞬間、《調教師》の瞳が赤く光る。光は直ぐに消えたが、それを間近で見た女性の身体は人形のように地面に崩れ落ちた。


「起きろ」


 《調教師》は冷たく言い放つ。すると何が起こったか、倒れていた女性がビクンとはね、何事もなかったかのようにむくり、と起き上がった。

 眼に精気はなく、虚ろな双眸は虚空を見つめていた。


××××××××××


「チッ」


 慎一郎は小さく舌打ちをした。横では庸介が顔をしかめている。

 二人の視線の先、そこには《調教師》の姿があった。ただ、彼は一人ではない。そこらで捕まえたであろう女。その喉にガラスの破片を突き付けていた。

 慎一郎の手には先程のナイフ。《調教師》を見つけた時点で抜いたのだが、女がいるためその手は不用意に動かせなくなってしまった。


「は、はははっ、形勢逆転かなぁ!?」

「タ、助ケテ……」


 《調教師》は下卑た笑みを二人に向ける。これまでとは違う、余裕のある表情だ。


「汚ねえマネしやがって……」


 庸介がぼそりと呟く。慎一郎も同感だった。無関係な人間を使おうなど、下衆な考えにも程がある。


「ちょっとでも近づいてみやがれぇ!この女の喉笛引き裂いてやらぁ!!」

「ヤメテェ!」


 悪者成分100%なセリフ。それを聞いて慎一郎は拳を握りしめる。

 その時、


『ぎゃははははははははははっ!!』


 静かな路地に高笑いが響いた。四人とは全く別の誰かの声。


『シンイチローもヨースケもだらしねぇ!よく見てみろやあ!!』


 声は二人に向かって叫ぶ。


「だから名前を呼ぶな」と慎一郎。

「どこを見ろってんだよっ!!」と庸介。


『んだよぉ気付いてねえのかぁ!?ばあかだねぇ!ぎゃはははははっ!!』


ぴきっ


 二人の男の額に青筋が浮かぶ。この声の主は、《調教師》に負けず劣らず下衆い性格のようだ。


『しゃあねぇなあ!教えてやんよぉ!!』


 やたらとハイテンションだった声は、途端に静かになる。一呼吸置き、小さく囁いた。


『その女、もう生贄ドナーにされちまってるぜぇ?』


ズドン!!


 声が終わるか終らないか、そこに唐突に轟音が混じる。銃声だと《調教師》が理解する前に、女は《調教師》にもたれるように倒れた。


「おいっ!」


 反射的に支える《調教師》。しかし、女の額には大きな穴が開けられ、どろりとした血が噴水のようにあふれ出していた。

 使い物にならないと分かり女を蹴り飛ばそうとする《調教師》。

 その体に影がかかる。慎一郎だ。


「まっ!」

「待つと思うか?」


 《調教師》よりも速く慎一郎の右手が《調教師》の頭を鷲頭掴みにする。


「確実に、地獄に叩き込んでやる」


 慎一郎の言葉と共に、彼の右腕に変化が起きた。

 ぐにゃり、その形が崩れ、一気に膨れ上がる。しまいにはコートを破って赤黒い霧のようなものが噴き出してきた。

 霧は次第に物としての形を定めはじめ、人のサイズを超えた異形の腕になる。

 獣とも違う、まさに魔物というにふさわしい腕。五本の指には鋭いかぎ爪を有していた。


「貴様その腕……神殺しレべリオンかっ!?」

「答える義務は……ない」


 慎一郎は《調教師》の言葉を軽くあしらう。


「わ、我ら神の子に逆らう貴様らなど、い、いずれ滅び……あがあああああっ」


 《調教師》言葉は最後まで続かなかった。泥と油で汚れたコンクリートの地面に、生暖かい液体が降りかかる。

 爪に切り裂かれた《調教師》の無残な死体は、砂のように崩れて消え去った。


××××××××××


「おつかれー」

「まったくだ」


 慎一郎と庸介。二人は地面に座りこんでいた。慎一郎の右腕は形を崩し、霧散していた。

 ずたずたになったコートの代わりにどこからか持ってきた別のコートを着ている慎一郎だったが、右の肩口からは袖が頼りなく垂れ下がるだけだった。

 残った左手で携帯電話を引っ張り出し、連絡を入れる。


「俺だ……ああ、今やった……わかっている、ただの報告だ。おまえが《聞いて》いるのは知っている…………すぐに戻る」


 慎一郎は電話を切り、立ち上がった。


「えー、ちょっともう出発すんの?」

「長居しすぎると見られるぞ」

「あっ待って置いてかないで!行くから!!」

「待つと思ったか?」

「俺は思って…………ちょっ待ってホントに待って!!」


 二人は話をしながら、その場を離れる。そこに残るのは女性の死体のみ。

 やがて声も聞こえなくなり、路地はいつもの静けさを取り戻す。


庸介君いる意味なかったって?大丈夫、しっかり働いてくれています。

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