死にやすい世界
なろう初投稿です。拙い文章ですがよろしくお願いします。
1
N君は14歳の中学2年生の男の子だ。冬休みが終わり、もうすぐ3学期になる時期に町で一番大きな病院に来ていた。体にはいくつかの治りかけの傷があったがその治療のために来たのではなかった。N君は小さめのショルダーバックの中に学生証と筆記用具、携帯電話だけを入れて持って行った。
N君は病院の窓口で、受付に居る50代後半程の女性に書類を1枚差し出す。それが確認された後、18番と書かれた番号札を渡され病院の一角にある人通りのない病室に案内された。案内をした女性は無表情で、どこか諦めた様な目線をN君に向けた後、パタリと扉を閉めて受付に戻って行った。
病室はそれほど広くも狭くもない1人用の個室で、清潔な寝台と机が一脚あり壁にある掛け時計の針は午後1時を指していた。机の上には1枚の紙が置いてあり横には鉛筆と消しゴムがあった。N君は1週間前に説明されたとおりだと思い、紙には手を触れずおもむろに寝台に寝転んだ。仰向けになり天井をぼうっと見つめてこれからの事を考え幸せな気持ちで時間が来るのを待った。今すぐにでも行ってほしかったが、5時間この部屋で待たなければ出来ないという規定がある。眠ることも出来ずにじっとその時を待った。
あと1時間で待ちに待っていた18時になるとき、N君は寝台からむくりと起き上がり机の上にあった紙に手を伸ばした。紙の上半分には日付と時間、そして簡潔な文が書かれてあった。N君は横に置いてあった鉛筆で紙の下半分にあるスペースに“同意します”と書き一番下の欄には自分の名前を書いた。そしてその時を期待に胸を膨らませながら待った。
2
×月○日午後6時から始まった心臓の移植手術は無事成功した。一月前に住んでいた町を離れ、手術をするために一家で大きな病院のあるこの町に引っ越してきたときはこんなにも早く手術ができるとは思っていなかった。前にいた病院では助かる可能性がほとんど無いと言われていたが、無事に家に帰れるまで回復する事が出来た。今生きてることに感謝の気持ちでいっぱいだ。(ある日記より抜粋)
3
Kさんは35歳の男性で、日中から外に出ることもなくパソコンをしていた。毎日目的もなくだらだらとしていたが、その日はインターネット上のとある広告に目がいった。
今までその存在は知っていたが、自分にはまったく関係ないと思い気にしていなかった事について書かれている広告だった。その広告には“国の自殺支援を止めさせよう!撤廃署名にサインを!!”と大きく書かれていた。それに目が留まったのは半年前のことがきっかけだった。
半年前Kさんは会社をクビになった。入った当時は大手だった会社でそれまで勤勉で真面目に働いてきた。だがKさんには1つ悪癖と呼ばれるものがあり、そのせいでクビになった。それはKさんに近しい人曰く酒癖が悪い、ということなのだが本人は周りから聞かされるだけでまったく記憶には無かったので酒を飲むのが好きだった。グラスを3杯飲むだけで驚くぐらいにに性格が変わり、乱暴になり周りにいる人間に暴力を振るうのだと言われたが、Kさんはまったく現実味が沸かなかった。会社に入った頃付き合いで飲み、その時も暴れたらしく幸い誰かが怪我をする前に押さえつけられた。
それ以来、敬遠されて1人暮らしの家でしか飲まなくなっていた。だがある時、Kさんの悪癖を知らなかった上司がKさんに緊急だ、といってある重要な接待を任せた。相手はよく飲む人間で、Kさんは自分の悪癖を軽く見ていたので、つい相手に勧められるままグラスを2杯3杯と傾けた。後は想像通り、ガラリと性格の変わったKさんは相手に暴力を振るい、全治3週間の怪我まで負わせた。Kさんと会社の必死の謝罪のおかげで訴えられることは無かったが、今まで順調だった相手との信頼関係は最悪の形で崩れてしまった。Kさんは当然クビになったが、そんなことより自分の酒癖がここまで悪かった事に対して茫然としていた。 実を言うと今まで酒を飲んでも、怪我人が出る前に運良く止められていたのだ。そのせいもありKさんは自分の酒癖について深く考えたことが無かった。Kさんは今まで大勢の人に迷惑を掛けていたのかといたく悲しんだ。また働こうと思っても心にどこか不安があり、なかなか次の職にも就けず次第に外に出ること自体が億劫になっていった。酒を飲むのを止めようと思っても、それどころか段々増えていき半月もしないうちに今までコツコツ貯めていた貯金が半分に減っていた。今では家でただぼうっとパソコンを眺めているか、酒を飲んで寝ているかだ。そんな時だったからこの広告に目が留まったのだ。それは、国が自殺を補助している制度を撤廃させるために署名を促す広告だった。
2×年前、条件をクリアすれば設備の整った病院で医師の処方により死ぬことが出来るという制度が国によって作られた。これには当初大きな反対もあったが、本人の自由意志のみでしか行うことが出来ず、処方するに当たって自殺抑止の効果も期待できるということで可決された。さらに背景には、近年での自殺の増加やそれに有効と言える対応が今までとることが出来なかったことも可決の決め手になっている。
県に1つはある国立病院では必ず専用の機関が待機しているが、あまり知られていないので興味がなければまったく気にすることのない制度でもある。
Kさんはこの広告を食い入るように読んでいった。そして今までの生活を振り返ってみた。無意味に生きているより、例えば誰か生きたいと強く思っている人に必要としているものを渡して死ねたら、それは幸せなんじゃないだろうかと思った。だがそう思った直後にKさんはハッとした。自分に起こるはずだった幸せも全て、その顔も知らない誰かが味わっている所を想像した。生きていれば、まだ挽回できることもあるし、これから起こる幸せを自分で感じることも出来るとKさんはそう確信した。それからのKさんの行動は速かった。床に置いてあった酒のビンを流し台に持って行き、中身を全て捨ててゴミ出しの日に備えてまとめて袋に入れてベランダに置いた。Kさんは部屋の中を見回した。会社をクビになってからほとんど掃除をしていなかったので、随分とゴミが散らかっていたが元から物の少ない部屋だったので、掃除を2時間ほどで終わらせてシャワーを浴びた。よれたスーツしかなかったのでそれを着て外に出た。行き先は決まっている。
家から1番近い役所に行くと案の定、ひっそりとだがそれは行われていた。Kさんは迷うことなくそれにサインをした。
4
Y君は中学1年生の後半から酷い虐めにあっていた。原因は何だったか、思い出しても仕方が無い。Y君は両親に相談しようとは思わなかった。Y君の両親はY君の味方とは、とてもではないが言えなかったからだ。たとえ言ったとしても何も変わらなかっただろう。代わりに1年生の時に担任だった先生に、複数の人間から虐めを受けていると相談した。その先生は明るくて生徒にも人気がある性格のいい先生で、話した事は少ししかなかったが信頼できる先生だと思ったのだ。そして思ったとおりどうやったのか、酷い虐めはひと月後にはピタリと無くなっていた。たまに廊下でわざとぶつかられたりはしたがそんなものだった。Y君は胸を撫で下ろして学校に通った。
2年生に進級し、担任の先生も代わった。今度の先生は可もなく不可もなく、という感じの人だった。Y君はまた酷い目に遭うかもしれないと思った。そしてその通りだった。去年よりはましと言えるかもしれなかったが、それでも身体には生傷が絶えなかった。Y君はもう先生に相談するのは無駄だと思い相談しなかった。しかし今回は前とは少し違っていた。同じクラスに小学生の頃から友人と呼べるN君が居たのだ。1年生の頃はクラスが違ったので廊下ですれ違ったときに声を掛け合うぐらいしか接点が無かったが、同じクラスになりよく話すようになった。そこで当然ながらN君はY君が虐めにあっている事に気付いた。N君は当然だと言う様にY君を庇った。そのことでN君もY君程ではなかったが身体に生傷が絶えないようになった。Y君はN君にすまないと思いつつも変わらず友達でいてくれる事が嬉しかった。
もうすぐで2年生の2学期が終わろうとしていた。Y君は誰にも言うことなくある事を計画していた。それは一部で自殺支援プロジェクトと揶揄されている国の制度を使って死ぬ事だ。条件をクリアすれば設備の整った病院で医師の処方により死ぬことが出来るこの制度は満14歳から保護者の承認等がいらなくなる。国の調べによるとこの年齢から様々な理由から自殺者が多くなるからだそうだ。Y君は先日ひっそりと誕生日を迎えて14歳になっていた。Y君はここ数年心身ともにとても疲れていた。この制度を知ったときY君はまだ小学6年生だったが妙な安心感とともにこの制度が心に深く残った。
長期休暇が始まった。Y君は予め決められていた日に病院に向かった。携帯電話だけを持って、この日のために何度も通った道を歩いていく。今日で最後だと思うとY君はほんの少し淋しくなった。
Y君は17番と書かれた番号札を渡され病院の一角にある人通りのない病室の一つに案内される。Y君は数時間後この病院で臓器の移植手術を行うのだ。Y君が死ぬのと引き換えに誰かの重い病が治る可能性がある。様々な条件をクリアしてY君は死ぬ権利を手に入れた。そして生きたいと願う人が生きる事が出来るかもしれない。そう考えると少しだけ幸せな気分になれた。
ゆっくりと時間が経つ。机の上にあった紙に手を伸ばした。紙の上半分には日付と時間、そして簡潔な文が書かれてあった。Y君は横に置いてあった鉛筆で紙の下半分にあるスペースに“同意します”と書き一番下の欄には自分の名前を書いた。そしてその時は来た。Y君は最後の最後に1通のメールを送った。そしてノックされた部屋の扉が静かに開かれた。
5
N君は時計を気にしていた。18時まであと30分で時だった。不意に携帯電話がメールの受信を知らせた。それは小学生の頃から友人だったY君からだった。N君はY君が虐めにあっているのを庇ってからの事を思い返した。N君は最初すぐに収まるだろうと楽観視していた。だが虐めはどんどん酷くなっていった。N君は虐めの事を担任の先生や親や友人に相談したがまったくいい顔をされなかった。N君は何の助けもしてくれない周りに対して怒りを募らせていった。そしてすべてに嫌気がさして死のうと考えた。N君が死ねば、助けてくれなかった人も、虐めをした人もきっと後悔すると思ったのだ。それを想像すると胸の内がスッとする。しかしY君の事がほんの少し心に引っかかっていた。N君が死んだ後、Y君はきっと一人になってしまうという事を今まで深く考えようとしていなかったのだ。N君はわずかに迷ってからメールを開いた。
from.Y ×月○日 17時29分
一緒にいてくれてありがとう。
本文に書かれていたのはそのたった一行だけだった。だけどN君の目からは無意識に泪が零れ落ちていた。N君は声を殺してひとしきり泣いた後、机の上においてあった“同意します”と書いた紙をびりびりに破いて屑籠に捨てた。
N君は顔を上げて泪を拭って赤くなった目じりのまま、病院をあとにした。