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希望の光

「あの子、なつほちゃんだっけ?今日、休みなの?」

「どうだろう?あの子が休むなんて、珍しいね」

教室中をざわつかせる声達の存在を、夏穂は知らずにいた。

夏穂はその頃、「おじいちゃん」の家にいて、いつものマッサージをしているところだった。

いつも以上に気合を入れて、できるだけ長く時間を稼ぐ。

だからと言って、貰えるお金が増える訳でもない。

その代わり、おじいちゃんの長話が延々と続く。

おじいちゃんの、いつもの恒例の「昔話」だ。

夏穂は嫌な顔一つせずに、笑顔で相づちを打つ。

おじいちゃんがピタリと話を辞めたかと思うと、「夏穂ちゃん」と名前を呼ぶ。

「はい」

夏穂は、マッサージを続けながら返事をする。

「私自身な、分かっているのだよ。私は、ただの孤独なじいさんに過ぎないってな」

「そんなことない」

夏穂は相手に見えないと分かっていても、首を横に振る。

夏穂は、優しい口調で話しかけた。

「おじいちゃんは、私のおじいちゃんだよ。おじいちゃんは、一人じゃないよ」

「夏穂……」

おじいちゃんの、喉の奥でくぐもったような声が聞こえる。

夏穂が手を止めると、おじいちゃんは振り向き、その優しい目を夏穂に向ける。

「私はみんなに嫌われているかもしれないがな、いいんだ。夏穂がいれば」

「嫌われてなんかないよ」

おじいちゃんは夏穂の言葉に首を振り、

「いいや。いいんだ」

夏穂は、おじいちゃんが「それ以上は何も言わなくていい」と顔で訴えたのを読み取り、ただ、精一杯の笑みを浮かべることしかできなかった。

おじいちゃんは「いつもありがとう」の言葉を添えて、夏穂の手の平に、500円玉を握らせた。

いつもの300円から考えると、おじいちゃんはだいぶ出費したことになる。

夏穂は、その時の喜びを頭に焼き付けた。

500円があれば、何ができるだろう。

そんなことを考えるだけで、心が弾む。

夏穂にとっては、久しぶりの「買い物」だ。

何より最優先すべきなのは、食料だ。

500円全部を食料に回すつもりだ。

歩いて30分、自転車で10分の所に、安くて有名なスーパーがある。

夏穂はすぐに自転車を走らせ、スーパーを目指す。

ようやくスーパーに着き、中に入ってすぐ目に付いたのは、圧倒的なお客の数。

何でこんなに人が……?

いつも以上に混み合った店内に首を傾げながら、レジ近くに貼られた張り紙を目にする。

『3点購入につき、1枚のくじ引き券を差し上げます。』

私は何て運がいいんだ!!

夏穂は、そう思わずにはいられなかった。

気分を弾ませながら、そして人混みを掻き分けながら、夏穂は店内を歩き回る。

「有名メーカーのお菓子は高いけれど、ノーブランドはやっぱり安いなぁ」

夏穂は手当たり次第に、100円以下のお菓子をカゴに入れる。

「残り10分で、今回のくじ引きサービスを終了とさせていただきまーす」

女性店員の、甲高い声が響き渡る。

「えっ。これって時間制限あるの!?」

夏穂は焦りつつも、お菓子コーナー全体を見渡す。

「一番安いのが一本10円のチョコスティック……なら、これを50個買って500円分に!!」

夏穂は、チョコスティック50本をカゴに入れる。

「残り3分で、今回のくじ引きサービスを終了とさせていただきまーす」

ただ、ひたすら「すみません」と連呼しながら、人混みを掻き分ける。

何とか、レジ前の列に並ぶことができた。

自分は何番目の位置にいるのだろう?と、前から順に数えていく。

「5、7、12、15、20……」

夏穂は、自分が21番目の位置にいるということを知る。

夏穂は、心の中で自分の番が来るのを数えて待つ。

そして、ようやく2番目に到達する。

「お母さん。あのお姉ちゃん、チョコスティックばっかり買ってるー」

頭の中を、何度もこだまする子供の声。

夏穂は一瞬身を固まらせ、ゆっくりと振り返る。

振り返るのが……怖い。

目を見開いたその先に映るのは、自分を指差す男の子の姿。

「コラッ。失礼でしょ。ダメじゃない。そんなこと言っちゃ」

お母さんが宥めるように言うも、夏穂には何のフォローにもならない。

心が凍りついたように止まったかと思うと、急に脈が早くなって、途端に恥ずかしさが込み上げてきた。

私は……私は普通じゃない。

そんな思いが、夏穂の心を支配する。

「恥ずかしい、今すぐここから出たい」そう思うばかりだった。

「お客様……?」

我に帰ると、自分の番が回っていて、前のお客はとっくにレジを済ませていた。

「あ、はい。すみません」

夏穂の声は不安定で、朗らかに動揺していた。

店員は、出されたカゴの中を一度見て、確認するようにもう一度見た。

夏穂には、その行動の「裏」を読み取らずにはいられなかった。

その行動の裏に読み取れるのは、ちょっとした偏見の目。

夏穂はそわそわしつつ、自分の存在を消すように肩を縮める。

「では、くじ引き券を……」

店員の声で顔を上げると、ちゃんとくじ引きBOXが用意されていた。

夏穂はゆっくり手を伸ばし、ぽっかりと空いた穴の中に手を入れた。

手探りで適当に選んだものを抜き取ると、店員にくじを渡す。

店員はくじを受け取り、にこやかに笑って言った。

「おめでとうございます。一等賞です」

えっ!?一等賞??

夏穂は驚きと喜びで一杯だった。

一体、一等賞の景品はどんな物だろう……??

期待して店員の帰りを待っていると、数分後に現れた店員の手には、大きなクマのぬいぐるみが……。

「一等賞のクマのぬいぐるみです」

ポンと両手に置かれたそれを呆然と見ながら、立ち尽くすばかりの夏穂。

とても可愛らしいクマのぬいぐるみだが、両手に抱きかかえる自分の姿に恥ずかしくなる。

「ぼく、あのぬいぐるみがよかった……」

振り返ると、先程の男の子が、夏穂の手元を指差していた。

「あ、えっと……これ?」

男の子がコクリと頷いたのを見て、夏穂はゆっくりと男の子の近くに歩み寄る。

男の子の目線に合わせて屈むと、クマのぬいぐるみを手渡す。

男の子は、まじまじと夏穂を見つめながら、「いいの??」

夏穂は笑顔で頷く。

男の子は、無邪気な笑顔を向ける。

あぁ、こんなにも可愛い笑顔が見られるなら、一等賞を当てたに越したことはない。

そんな風に思いながら、夏穂はスーパーを後にする。

自転車に股上ったところで、背後から小さな足音が聞こえてくる。

「おねぇちゃん!!おねぇちゃん!!」

荒い息が混じった声に振り返ると、男の子がこちらに向かってくるのが見えた。

「あ、えっと……??」

上手く話せず焦る夏穂に、男の子はニコッと笑い、ペロペロキャンディーを手渡す。

「お返し」

どうしたらそんなに上げられるの?といったくらい口角を上げ、目を細めて笑う男の子。

「ありがとう」

夏穂はペロペロキャンディーを手に取り、微笑んで言う。

男の子のお母さんが何度も頭を下げるのに、「いえいえ」と笑顔を振り、

「では」と自転車を漕いで走り去る。

夏を感じさせる、大きな雲と青い空を背に受けながら……。



髪が……暑い。

夏穂が夏休み前の授業に集中できないのは、30℃超えの気温のせいだけではない。

何ヶ月もの間、放置しっぱなしの長い髪。

床屋に行くお金もなく、ポニーテールでまとめて我慢するしかない。

前髪は左斜めに流し、幼い頃から使っていたパッチン留めで止めている。

青地に水玉模様のパッチン留め。

夏穂はそれを外しては、また付け直したりを繰り返す。

それを、先程から横目でチラチラ見ていたクラスメイトが声をかける。

「よかったら……使う?」

「え?」

彼女があまりにも静かに置くものだから、机に置かれたヘアピンにしばらく気づかないでいた。

金色のピンの先には、小さなお花のモチーフが並ぶ。

パステルカラーのお花が、何とも可愛げである。

これ、高そうだなと夏穂は思った。

そして、一度は手に取ってみるものの、彼女の方に体を向けて、

「こんな高そうなの、私には受け取れないよ」

「ううん。全然。大丈夫。雑貨屋さんで、500円くらい」

「ご、500円??」

思わず、声に出してしまう。

この間の、スーパーを思い出す。

500円あれば、チョコスティックが50本も買える!!

夏穂は激しく頭を振り、「やっぱり」と、ヘアピンを返す。

そろそろ、授業も終わる。



眩しい太陽の光が視界を遮る。

その光は、ヘアピンの金色に似てるな、と夏穂は思った。

一度でいいから、「付けさせて」って言えばよかったな。

今更、後悔。

目の前を歩くクラスメイト達は、日焼け止めを塗ったり、日傘をさしたりなんかしている。

それを見ては、夏穂も気にして日陰を歩く。

女の子は、いろいろ大変だなぁ。

しみじみ実感する。

日陰を辿りながら歩いているうちに、いつの間にかパン屋への道を歩いていることに気づく。

夏穂は思った。

無神経にも、体はここを求めているんだな。

短い間だったけれど、パン屋に毎日通い、優志とコンクリートブロック上で話したこと。

あの時の幸せは忘れられない。

夏穂は、元来た道を引き返す。

もう、あのパン屋に用はない。

パン屋に行っても、優志さんはいないから……。

優志さん、今、何処にいるの?

何をしてるの?

優志さんに会いたい。

夏穂は、パン屋のドアにある張り紙に、目をくれることはなかった。

そこには、『閉店しました。今までありがとうございました。』と書いてあった。



土曜日。

普通の高校生は、何をして過ごすだろう。

何せ、うちの学校はバイトができない。

親のお小遣いで、友達と出かけるのだろうか?

暑いし、プールとかで思い切り遊ぶのもいい。

何て言っても、私には関係のないこと。

夏穂は、朝食の“チョコスティック”をかじる。

これも、もうすぐ尽きるな。

食料を探しに行く頃だ。

ここで、じっとしている訳にはいかない。



ピンポーン

ピンポーン

二度のチャイムにも、「おじいちゃん」は現れない。

ドアノブを回してみると、鍵がかかっているのが分かった。

外出中かな?

夏穂は思う。

諦めて、そのまま図書館へ向かう。

早く、涼しい所へ行きたい。

その一心で、真っ直ぐに前を向いて歩く。

真夏を迎える太陽が、容赦なく照りつける。

暑い……暑い……。

汗がだらだらと零れ、首筋から背筋へと伝う。

何だかフラフラしてきた。

夏穂は目的地を変え、公園へと方向転換する。

やっぱり、朝食がチョコスティック1本じゃ、体も持たないよなぁ。

せめて、2本にすればよかった。

なんて、思ってみたり。

ちょろちょろと流れる水の音に、思わず反応する。

川の水だ。

そんなに綺麗という訳でもないが、飲めなくはない。

ただ、水中に何らかの卵が産み付けてある。

それでも「飲みたい」と思える自分は、もはや倒れる寸前なのだろう。

そして夏穂は、しゃがみ込んで手を伸ばす。

水を飲もうとした時だ。

「コラッあんたかい!!」

「え?」

顔を上げる。

目の前には、はぎれ布で頭を覆い、かっぽう着を着たおばあちゃんの姿。

何が起こったのか訳も分からず、戸惑う夏穂を前に、おばあちゃんはドンと構える。

「あんただね。毎回うちの畑を荒らすのは」

「えっ?ち、違います!!」

おばあちゃんは腰に両手をついて、溜息を漏らす。

「困るよ。全く。うちは畑で生活成り立ってんだからさ」

「違いますってば!!」

夏穂はおばあちゃんを押しのけ、無我夢中で走る。

たぶん、これが限界のスピード。

これ以上にないくらい、体力を使っていると思う。

あぁ、また公園から遠ざかってしまった。

少しの絶望的な気分に陥り、宛もなく歩く。

その足は、場所も分からない水の在り処を求めている。

息が荒く、呼吸が乱れているのを感じる。

心臓も、こんなに動いている。

相変わらず、汗は次から次へと流れる。

もはや、足元が認識できないくらい、フラフラになって歩く。

右に寄ったり、左に寄ったり。

夏穂は、限界を感じていた。

だけどどこかに、「生きたい」という希望がある。

どうして、こんな時にも希望を捨てないの?

そう、自分に問いかける。

「貧乏人で、おまけに泥棒扱いされる汚い私」はいなくなった方がいいに決まってる。

だって、誰も悲しまないから。

けれど、夏穂の口から漏れる言葉は違った。

生きたい……生きたい……。

太陽の光は、自分の脳を支配しているようだ。

もう、何も考える事ができない……。

そのまま、地面に倒れ込む。

「夏穂ちゃん!!」

その時、どこかで声がしたような気がした。

最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

第四章もよろしくお願いします☆

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