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八発目

 レイズルードを爆破してから一晩が経過した。

 ユミエ達は彼女が本陣に遺した天幕や食料をありがたく頂戴して快適な野営を満喫した。


 レイズルードが使っていたであろう天幕には、他にも姿見や化粧道具などの涙ぐましい努力の跡が垣間見られたので、ユミエは黙祷を捧げてそれらを荼毘を付した。

 ユミエ的にはあの世に持って行けるようにと埋葬品を棺に納める習わしをなぞったつもりだったが、結局爆破しているのだから台無しである。


 ともあれ、明朝、夜明けとともに爆弾生成の個数が回復したユミエは、寝起きの体操もそこそこに眠たげに目をこするリノンとさっきまでぐっすり気絶していたボールドを揺り起こした。


「さて、残すところ四天王もあと一体ですね」

「頑張りましょう……ふあ」

「……」

「起きなさい、ボールド……起きないですかそうですかセット生成」

「お、起きたっす、兄貴!」

「おや、残念。おはようございます、ボールド」

「おはようっす、兄貴。朝からいい感じにネジ外れてるっすね!」

「外れるネジが悪いのです。私に常識を説かせたいならスーパーネジでも持ってきなさい」


 冗句を言い合いつつ三人は寝床を引き払い天幕を出た。

 遠くには暗雲と靄に包まれた気味の悪い城が微かに見える。

 あれこそは魔王の居城であり、同時に最後の四天王が守護している場所である。


 風の四天王ファルウィング


 魔王討伐を阻む最後の一角。

 四天王の中でこの一体だけが行動が大きく異なる。

 方法は多々あれども人間に対して攻撃を加えていた他の三体と異なり、ファルウィングは自ら魔王城の防衛に就いており、積極的な攻勢に出ていないのだ。

 そして、ユミエの前にこの世界に送り込まれた200人の内、ファルウィングを撃破した勇者はひとりとして存在しない。魔王を撃破した者は――たとえ、次の瞬間には復活されたとはいえ――17人いるというのにである。


 そこにユミエはふたつの危惧を抱いた。


 ひとつ目はファルウィングが逃走するおそれである。

 相手の逃走能力にもよるが、これをノコノコ追っている内に一か月が経過して他の四天王が復活してしまう可能性は高い。

 もしもユミエがファルウィングの立場であったら迷わずそうしている。


 ふたつ目は魔王とタッグで出てくる場合である。

 レイズルードを倒したことで爆弾生成はレベルアップしたが、一日の生成個数は変わらず[50]個のままだった。

 二体が共に出てきた場合、少なめに見積もってファルウィングに[15]個の爆弾を使うとして、魔王には[35]個を割り振る計算になる。

 これが多いか少ないかは魔王をどう評価するかによって変わるだろうが――少なくとも、ユミエは最高神のなれの果てとやらを軽視するつもりはなかった。



 ◇



「というわけで、情報収集に魔王城の近くまでやって来たのですが……」


 念の為、[隠蔽]の爆弾を使用した三人は魔王城の膝元まで来ていた。

 ユミエには「ファルウィングの退路を断つ」あるいは「魔王と分断する」必要があり、その為の情報を得る為にここまで接近したのだ。

 しかし、実際に見てその前提が間違っていてることを理解した。


「……私の居た世界には泳ぎ続けていないと死ぬ魚がいましてねえ」

「それ、寝ながら泳いだり、餌食いながら泳ぐってことっすか?」

「身が締まっていておいしそうですね!」

「この世界の魚は熱帯魚みたいでイマイチですからねえ。と、それはさておき、問題はアレです」


 三人が岩影から見上げる先、魔王城の周囲を幾重にも円を描くように緑色の閃光が走っている。

 はじめは結界か何かかと思ったが、目の慣れてきたリノンが閃光の先端に人型の何かがいることをはっきりと見た。


「つまりは、あれがファルウィングというわけですね」

「見た目からして風って感じはしますけど」

「兄貴たちには見えないと思うっすけど、アイツが発している魔力はレイズルードやガルガンチュアよりも多いっすよ」

「確定ですね。……空中を飛び続ける四天王、ですか」


 かれこれ二時間ほど観察しているがファルウィングが止まる様子はない。

 鳥が飛ぶのは餌を取る為であり、あるいは繁殖や生存に適した場所へ移動する為だ。

 ただ[飛ぶ]為に飛び続けるモノはドリウガにおいても異質であろう。


「アレに何故飛び続けているのか問うのは野暮ですね」

「誰か来たら速攻で殺しにかかる為ッすよね、多分」


 水の時と異なり、周囲に他の魔物はいない。

 他に防衛戦力がいないことから逃走する可能性は低いとユミエは踏んだ。

 ファルウィングは単独戦闘能力に秀でた存在なのだろう――逃げる必要が無いほどに。


 更に言えば、他の四天王のように征服に出ずに魔王城の守護に就いているということは――その分負担の増える他の四天王にそんな行動が許されるということが、ファルウィングの実力を証明している。


([神殺し]のワンオフ性のために勇者が単独で来ることを見越しているのでしょうか。単独戦闘能力に優れるという予想とも合致しますね)

「……やっぱり止まりそうにはないです。どうしますか、ユミエさま?」


 ユミエが黙考している間、目の良さを活かしてファルウィングを観察していたリノンが目をこすりながら戻って来た。

 高速で飛び続けるファルウィングを見続けるのはそれなりに目を疲れさせたようだ。


「お疲れ様です、リノン。お陰で殺り方は決まりました。夜まで待ちましょう」

「夜まで?」


 少女の頭を撫でながらユミエはニンマリと笑った。


「ええ、戦の常套手段という奴です」





 太陽が沈み、全てが闇に染まっていく。

 灯りも付けず、ユミエは魔王城から大きく距離を離した地点に布陣した。

 レベルアップによって個数は増えなかったが、代わりに操作範囲に制限が無くなった。遥か遠くに見える魔王城に爆弾をぶつけることも可能だ。


「……始めましょう」


 ユミエは脳内で爆弾生成を起動する。


「――セット、[自動追尾][自走][飛行][対風特攻][近接信管]、50個、生成」


 声に従い、ユミエの前に己の身長ほどもある細長い円筒形の爆弾がずらりと並ぶ。

 自力飛行し、自動追尾する爆弾。ユミエの中に生まれたイメージはまさにミサイルそのものだった。

 ユミエに出し惜しみはない。最後の四天王撃破に全力を傾ける。


「さあ、飛翔追尾(ミ サ イ ル)爆弾サーカス開幕です」


 ユミエが手を振ると爆弾の尻に火が付き、次の瞬間、視界から消え去る勢いで発射された。

 宙を走るヴェイバートレイルと飛行機雲が真っ直ぐに飛んでいくミサイル爆弾の軌跡を記す。

 隠す気のない爆弾の通り雨に、魔王城で虎バター飛行していたファルウィングもすぐに気が付いた。


「――来たか、“勇者”!!」

「こんばんは。そして、さよならです、風の四天王ファルウィング」


 ユミエの採った作戦は単純だ。

 すなわち、大火力による遠距離からの一方的狙撃。

 さらに夜闇によってファルウィングの動体認識能力は著しく低下していることをユミエは確信していた。


「さあ、私の爆弾が見えますか、ファルウィング?」

「舐めるなッ!!」


 ニヤニヤと笑うユミエを一喝し、上下左右から音速突破で迫るミサイル爆弾をファルウィングは見もせずに避けた。

 ほう、とユミエが感嘆の声を挙げた。

 繰り返される切り返しで速度の落ちた敵の姿はユミエの肉眼でも捉えられたのだ。


 緑の燐光を放ち高速で振動する2対の翼。全身を覆う流線型の外殻。両腕の先には安定翼を兼ねる鋭い刃。顔には戦闘機の先端のような鋭いフェイスガード。

 まさに、その全身を飛び続けることに捧げた完璧なフォルム。

 ユミエの好みのド真ん中だった。


「美しいですよ、ファルウィング!! 故に爆破し甲斐がある!!」

「この狂人がッ!!」


 視覚を制限されて尚、ファルウィングの動きには迷いがない。

 執拗に追いかけてくる爆弾群を紙一重で回避し――


 瞬間、何もない虚空でミサイル爆弾が爆発した。

 ファルウィングは反射的に風の盾を生成しつつ、慌てて爆発圏から飛び退る。


 [近接信管]の機能はミサイル爆弾が相手に触れずとも接近した段階で爆発しダメージを与える点にある。

 直当てよりは効果は下がるが、ファルウィングほど高速で飛んでいれば相対速度的にダメージは甚大になるだろう。


「くっ、触れもせずに爆発しただと!?」

「貴方の知覚方法と同じですよ。我々の世界ではレーダー(・ ・ ・ ・)といいます」

「キ、キサマ、いつ我の[暗視覚]の権能に気付いた!?」

「……貴方達は対人経験が少なすぎますねえ」

「だが、まだだ!! 我が忠義を見よ!!」


 ファルウィングは両手の先から風刃を飛ばしてミサイル爆弾を膾切りにしていく。

 散逸する破片が他のミサイル爆弾にぶつかり、誘爆。その数を減じる。

 追い縋るミサイル爆弾はあと[43]個。

 全速で飛翔するファルウィングは三次元的な機動と風刃でミサイルを撃ち落としていくが、それでも残り[40]個からを減らせず、徐々に追い詰められていく。


(そろそろ頃合いですか)

「キサマを倒せばこいつらも消える!」


 ファルウィングは[近接信管]を完全に回避することは無理だと理解し、標的をユミエに定めた。

 それは最速を任じる己の矜持への裏切りであったが、敗北することはそれ以上に許されないのだ。


「そうだ、我は負ける訳にはいかぬのだ! 魔王様の為に!!」

「なら、何故逃げないのですか? 貴方が雲隠れすれば魔王は文字通り不死身ではありませんか?」

「だからといって魔王様に死の痛みを与えられるものかっ!!」

「……成程、見事な忠義です」


 ユミエは笑みを消し、鋭く腕を振った。

 合わせて宙を自走するミサイル爆弾の軌道が変わる。


「風の四天王ファルウィング、私の爆弾には[神殺し]の機能が付与されています」

「……たしかに我の風塵結界が無効化されているな」

「それでですね。今、爆弾の標的を魔王城に変えたのですが、どう思います?」

「なッ!?」


 慌てて振り向いたファルウィングの視力でも確認できた。

 自分を追っていた内の半分の[20]個のミサイル爆弾が魔王城に向かって一直線に向かっている。


「アレを食らえば魔王とてタダでは済まないでしょう」

「だ、だが、魔王様の御力は我とは比べ物にならん!! あの程度の玩具など木端よ!!」

「本当に? 貴方の結界も無効化されるのに?」

「う、ぐ――」

「まあ、結果はすぐにわかりますか。ミサイル爆弾直撃による死の痛みとやらはどんなものなのでしょうねえ」

「ギ、グググ……」


 ユミエはもちろん、この方法で魔王を倒してもその場で復活することを知っている。

 あるいはファルウィングもそれは察しているのかもしれない。

 だが、だからといって目の前で魔王が殺されるのは我慢できぬのだろう。

 ファルウィング自身の言動と、わざわざ魔王城の守護に四天王が就いていることからユミエはそう判断した。


 合理的に考えるなら、他の四天王3人がやられた時点でファルウィングは人の手の届かぬ場所に逃げて他の四天王の復活を待つべきだった。

 最後の四天王が魔王の守護に就くというのはそれだけ不合理な行動で、つまりは本人の言う通り忠義という感情によるものだ。

 ならば、そこを突いてやればいい。

 他者の感情を爆発させることはユミエの得意分野だ。



「ぐ、この悪魔ガアアアアアアッ!!」


 この瞬間に結末は分かれた。

 ファルウィングは魔王を見殺しにすることはできず、最高速度で魔王城に取って返した。


「この身は魔王様の為に!!」


 ミサイル爆弾よりも遅い迎撃用の風刃では追い縋りながら斬り落とすことはできない。

 回り込んでから斬り落とすにも時間が足りない。

 故に、ファルウィングの採れる手段はひとつしかなかった。


 ファルウィングは魔王城の正面で両手を広げ、その身でミサイル爆弾を受け止めた。


「――魔王様バンザーイ!!」


 末期の言にも忠義を滲ませながらファルウィングは爆発四散した。



「ターマヤー!」


 近くの岩影に隠れていたリノンとボールドがひょっこりと顔を出して掛け声をあげた。

 特に少女の顔は興奮したように上気している。四天王全撃破というのはそれ程の快挙だ。

 ユミエに毒されてきたようにも見えるが、仕方のないことだろう。


「いやあ、まさに忠臣でしたね」

「ホントどっちが悪者か分かったもんじゃないっすね!」

「……長旅で疲れているようですね、ボールド」

「ひぃっ!!」

「冗談ですよ。まだお仕事が残っていますからね」

「兄貴?」

「爆弾はまだ生きている」


 ユミエが魔王城を指さす。

 爆弾ミサイルのコンボを食らってファルウィングが消し飛んだ先、残った爆弾[2]個が魔王城の中腹に激突し、城内に凝縮した爆発を叩き込んだ。

 2つのミサイル爆弾着弾による衝撃は綺麗な十字を描き、城を“一段”消し飛ばす。

 上下に分かたれた魔王城は直後、落下する上段に押し潰される形で下段が粉砕され、激突の衝撃に抗しきれる間を置かず上段も崩壊していく。


 そうして、魔王城はまるで書き割りを倒すかの如く折り畳まれるように崩れ去った。


「た、たった2個の爆弾で魔王城を!?」

「これでも発破解体は得意分野ですので」

「流石っすね、兄貴! こいつにゃ魔王の野郎もひとたまりもないっすよ!」

「いえ、そんな甘い相手ではないでしょう」


 だが、逃がす訳にはいかないし、逃げる訳にもいかない。

 ここでケリをつけねばならないとユミエの本能が訴えていた。


(ファルウィングを倒したことで爆弾生成はレベルアップ。一回目の賭けには成功しましたか)


 脳内で鳴るファンファーレに急ぎ強化された内容を確認する。



 ・爆弾生成 レベルMax

 あなたは一日に[100個]の爆弾を生成できる。

 最大威力:[星が消し飛ぶ]程度

 操作範囲:制限なし

 機能付与:[5つ]まで

 恒常機能:[神殺し][人間不殺][魔物特攻]


(ここで成長上限。個数は一気に50個プラス。二回目の賭けも成功。これなら……)


 レベルアップしても個数の回復は無い。

 今使えるのは追加された[50]個だけだ。

 時刻は既に丑三つ時を過ぎている。未だ辺りが暗い中――


「これなら魔王を爆破できますかねえ」


 ――ユミエの顔にはこれ以上ない笑みが浮かんでいた。



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