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七発目

 

 ――その実験は過酷を極めた。


 幾度となく響き渡る(魔物の)悲鳴。

 洗脳への介入という過去に類を見ない難事。


 だが、誰もが一抹の諦観を抱くドリウガの大地に諦めを知らぬ男がひとり。

 寝ても覚めても爆弾のことだけを考えていた男が女王の洗脳に挑む。


 これはある爆弾魔の苦闘の記録である。




「ああ、スバルもギンガもどこへ行ったのでしょう……」

「そろそろ帰ってきなさい、リノン。実験は終わりましたから」


 ユミエは苦笑しつつ、朝から虚空を見上げて現実逃避していたリノンの肩を揺らして復帰させる。

 そうして暫く、目を瞬かせていたリノンの表情が徐々に明るくなっていった。


「ホ、ホントですか!? もう夜な夜な羊の鳴き声に悩まされることはないんですね!!」

「はい、随分苦労をかけましたね。お詫びと言ってはなんですが、朝食は作っておきました」

「あ!!」


 寝不足と相まって食事当番をすっかり忘れていたリノンは申し訳なさそうに俯いた。


「す、すみません。お手数をおかけしました」

「いえいえ、切って焼いただけですから」

「ん?」

「クセがあると聞いていましたが、そんなに気にならないと思いますよ」

「アッハイ」


 とりあえず朝食はおいしかった。

 リノンは尊い犠牲と恵みに感謝して完食した。



 ◇



 ユミエ達は平原の中にいくつかある小高い丘の上に陣を張った。

 眼下には地を覆うほどの魔物軍が目に凶暴な光を湛えて進軍している。

 [スモーク]の機能を改良した[隠蔽]の機能を付与した爆弾を使ったことで魔物たちが丘上の自分達に気付くことはない筈だが、それでも肝の冷える光景だ。


(さて、今回はどう攻めましょうか?)


 しかし、挑む壁が高いほどやる気が出るのはいつの世の変態も同じである。

 精神的に復活したリノンの給仕で食後のティータイムと洒落込みながらユミエは思考する。


 水の四天王レイズルード


 魔物を洗脳統率して大陸中を襲撃するという、ある意味で最も魔王の配下らしい行動を取る相手。

 本人の戦闘能力は不明だが、多数の魔物を使役するという権能は爆弾生成に個数制限のあるユミエにとっては非常に厄介だ。


(レベルの上昇による威力強化と新しく付いた恒常機能の[魔物特攻]があるとはいえ、レイズルード相手に[20]個は残しておきたいですね)


 つまり、ユミエは[30]個の爆弾で雲霞の如くひしめいている魔物軍を突破しないといけないことになる。


(鍵はやはり[洗脳]ですか)


 爆弾魔は実験の成果を脳内でまとめる。

 はじめ、[人格矯正]を付与して爆破した魔物は多少おとなしくなったが、すぐにまた暴れ始めた。


 次に[遠隔操作]も足して爆破した。

 どこか爆発の勢いが弱く、爆破のプロを自称するユミエには何かと相殺されたことが原因だとわかった。

 その後、幾つかの付与を試して分かったことだが、ユミエの爆弾ではレイズルードの洗脳を完全に上回ることはできなかった。

 [魔物特攻]のおかげで付与機能にも補正がついているようだが、殊、洗脳に関してはあちらが上のようだ。


 そう、相手の方がより深い部分まで洗脳を行えるのだ。


 ならば、それを利用してしまえばいい。そこに思い至った。


「……そろそろ始めましょうか。リノンは私から離れないように。ボールドは手筈通りに」

「了解っす、兄貴!」

「お供させていただきます!」


 威勢のいい二人に笑顔を返し、ユミエは爆弾生成を起動した。


「――セット、[遠隔操作][人格矯正][支配権切替][範囲拡大][効果持続]、1個、生成」


 詠唱に従って実験の尊い犠牲となった魔物を模した羊型爆弾がユミエの前に生成された。

 大型犬ほどもある巨大な爆弾はイメージが捗った為に無駄に羊毛の柔らかさまで再現され、己の出番を今か今かと待っている。


 ユミエは物言わぬ爆弾の意思を汲み、両手で羊型爆弾を抱え上げると勢いを付けて丘の斜面に転がした。

 転がることで速度を増した羊型爆弾はそのまま魔物軍の中腹に突入し、数秒後、爆発。凄まじい爆音をぶち上げると共に付与された機能に従い、広範囲に爆風を拡大した。


「さて、実験通りならこれでいける筈ですが……」


 期待に胸を膨らませるユミエの眼下、爆風に洗われた魔物軍の足はぴたりと停止していた。

 傍目には変化は見られない。

 しかし、ユミエが指揮者の如く手を挙げると、魔物たち全員がザッと音を立てて向きを変えた――彼らが来た方、すなわち、レイズルードの居る場所へと。


 ユミエはNTR爆弾の成功を確信した。


「ユ、ユミエさま!?」

「ええ、成功ですよ」

「す、すごいです、ユミエさま! これは歴史が変わりますよ!!」


 怖れからかユミエの腰にひっついていたリノンは、魔物が人間に従うという異様な光景を前に驚きを隠せない様子で男を見上げる。


「これでレイズルードの軍団にも対抗できますね!」

「ええ。ですが、支配権を奪っただけ、というのは芸がありません。折角ですから、もうひと工夫加えるとしましょう」

「ひと工夫?」


 リノンが小首を傾げる。

 まったくもって酷いことになる予感しかしなかった。



 ◇



 ソレは魔物軍の本陣で屈強なオーガに担がせた神輿の上にいた。

 扇情的な肢体に薄布の衣を纏い、両側頭部から複雑に枝分かれした双角を生やした美女のような何か。


 水の四天王レイズルード


 火山の噴火により辺境を焼き尽くそうとした火のイグレイドや、幾度となく王都に襲撃をかけて出血を強いる土のガルガンチュアと異なり、彼女は長いスパンで人類の絶滅を企図していた。


 すなわち、長期戦争による文明の停滞。


 生まれた瞬間から戦える魔物と異なり、人間の兵士は――たとえそれが勇者であっても――戦えるようになるまで時間がかかる。

 それ故に、いつかは魔物軍と抗しきれなくなる時が来る。

 物量において勝る魔物軍にとっては正着手というべき方法であろう。


 しかし、今、その目論見はひとりの爆弾魔によって崩れ去ろうとしていた。


「妾の魔物(ペット)達の反応が……消えた?」


 数多の魔物を支配する女王は形の良い眉を顰めた。

 己の権能によって[洗脳]していた魔物の一軍が支配を脱したのだ。

 先日のように広域魔法か何かで殲滅させられたのかとも考えたが――


「こちらに向かってくる?」


 女王の支配を脱した魔物達は何故か反転し、本陣の魔物と戦闘を開始していた。

 有り得ないことだ。魔物は知能は低くとも、本能によって人間と敵対する。

 人間が近くにいるのに、わざわざ他の魔物と相争うなど有り得ないことだ。


「……まさか、妾の他にも[洗脳]の権能を持つ者が!?」


 レイズルードがその結論に辿り着いた時、遂に、本陣の守りが突破され、反逆した魔物達が雪崩の如く襲いかかって来た。

 そんな彼らの腹には無数のダイナマイトが[接着]され巻かれている。


「なッ!?」


 ダイナマイトの存在は知らずとも、レイズルードは本能的な危険を感じ取り、咄嗟に神輿から退避、オーガ達を盾にした。


 次の瞬間、カッと眩い閃光が走り、次いで、凄まじい爆風が周囲一帯を巻き込んだ。




「あの……何ですか、アレ?」


 掛け声も忘れて呆然と敵本陣を見つめるリノンが辛うじて問いを発した。

 対する爆弾魔は己の所業にいたく満足しており、口角を吊り上げて満面の笑みを浮かべている。


「あれは腹マイトといって私の国の由緒正しい自爆方法です。人質を取ったり、味方を助ける為にやったりすると得点が高くなります。今回は質より量で勝負ですね」

「ユミエさまはいったい誰と戦っているんですか……というか、そんなのがあるなら何で兵士さん達には使わなかったんですか?」

「え? 彼らは自爆しないじゃないですか?」

「……ユ、ユミエさまは芸術家肌ですね」


 本当に不思議そうに首を傾げるユミエに、リノンは昨日ぶりに戦慄した。



「――く、妾がこの程度で!!」

「おや?」


 ようやく爆風が晴れた先で、レイズルードが苛立たしげな声を挙げた。

 ダメージの見えないことに訝しみつつ、ユミエは思考を戦闘用に戻す。

 よく見ると、レイズルードの体は各部が水に変じており、さらに周囲には球状の水の膜を張っている。


「おお、体を水にして物理ダメージを軽減したのですね」

「ユミエさまの爆弾を防ぐなんて!?」


 土のガルガンチュアの堅牢な外殻でも防ぎきれなかった爆破ダメージをレイズルードは凌ぎきったのだ。

 他に有効な攻撃手段を持たないユミエにとっては――


「――相性が悪いですねえ」

「ユミエさま……」


 心配そうに見上げるリノンに、ユミエはニンマリとした笑みを向けた。


「ところで、リノン。ドリウガでも降参は両手を挙げればいいのですか? それとも白旗の方がよいですか?」

「え? あ、両手を挙げれば通じると思いますけど……」

「ではそれで。――水の四天王レイズルードよ。少しお話しませんか?」

「なん……じゃと!?」


 警戒を解かないレイズルードの前にユミエは両手を挙げてひょっこりやってきた。

 顔には(本人的には)親しみを感じさせる笑みを張り付けている。


「さて、麗しの女王よ、勇者たる私が降伏すると言ったらどうします?」

「ユミエさまが敵を前に爆破しないなんて!?」

「リノン、気持ちはわかりますが落ち着いてください」


 傍らのリノンを宥めつつ、ユミエは「どうですか?」とこれ以上なく睨んでいるレイズルードに問いかける。


「……妾の可愛いペット達を狂わせた貴様を許すかえ?」

「洗脳しといて何を言っているんですか。ねえ、リノン?」

「それを奪って腹マイト逆特攻させるユミエさまも大概だと思います!」

「あまり褒めないでください。照れるじゃないですか」

「アッハイ」


 ユミエは大仰に肩を竦めた。

 ――そこに多少の演技を感じたリノンは作戦が継続中であることを心中で察した。


「ユミエさま、これからどうしますか?」

「そうですねえ。降伏は受け入れていただけないようですし、やはり我々も魔王の城に腹マイト特攻するべきでしょうか」

「あう、短い人生でした」

「……107年は割と長いと思うのですが?」

「いえ、あの世的にはそれほどでも――」


「――貴様等、妾を無視するな!! 泣くぞ、水の四天王だけに!!」


 リノンの台詞を遮り、半泣きのレイズルードが手から発射した水弾がユミエの頬の数ミリ外を抜けていった。

 銃弾に迫る速度で放たれた一撃に、三半器官を揺らされよろめくユミエの頬が裂け、つと血が流れた。


(ふむ、[洗脳]という権能、わざわざ本陣に居座る性格、効率を度外視して多数の種類を揃えた魔物軍。予想通り、几帳面で、自己顕示欲が強い方ですね)


 ふらつく体を両脚で支え、ユミエは流れ出る己の血液を舌で舐め取った。

 顔には変わらぬ笑み。まだ、気付かれる訳にはいかないのだ――今のユミエの爆弾生成の残弾は[3]個しかないことに。


「私的には、あまり重い女性はちょっと……」

「ホントに泣くぞ!?」

「あ、四天王の方ってご結婚とかされているんですか?」

「追い討ち!?」

「もしや処女王という奴ですか? 私の居た世界にもいましたよ。まあ、其方は愛人はいたらしいですが」

「わ、妾を貴様等ニンゲンの尺度で測るなあ!!」


 怒り狂ったレイズルードが連続して水弾を放つが、ユミエは小脇にリノンを抱えて器用に回避した。

 当たれば即死の威力も行使する本人が正気を失っていては文字通り無駄弾だ。


 そして、ユミエは作戦の成功を確信した。


「まあまあ、漫才はさておき周りを見てください」

「…………あの、何で周りに爆弾が転がっているんでしょうか?」


 思わず丁寧語になるレイズルード。

 三人の周りには雨後の筍のように無数の爆弾が生えていた。

 無論、ユミエの爆弾である。戦闘前に予め生成しておいたものだ。


「貴女と話している間にボールドが運んでくれました。一晩もかかりませんでしたね」

「頑張ったッす!」


 禿頭に健康的な汗を光らせるボールドがサムズアップする。

 ユミエがレイズルードの注意を引きつけている間に[隠蔽]の爆弾を使ったボールドが周囲に爆弾を設置する作戦。

 レイズルードの性格を読み切ったユミエの作戦勝ちだった。


 ヒトを、あるいは思考する存在を騙くらかす事に関しては一日の長のあるユミエは、三人目の四天王にして既にそのあしらい方をマスターしていた。


「お疲れ様でした、ボールド。それじゃあ起爆しますので離れましょうか」

「はい!」「了解っす!」

「……逃がすと思うかえ?」

「逃がしますよ、貴女は。自分の身が可愛いですからねえ」

「クッ!? だ、だが妾に貴様の攻撃は効かな――」

「では、ごきげんよう」

「くっ。ぼ、ぼっちではないのじゃからな!!」


 遠ざかるユミエ達よりも、周囲に設置された[17]個の爆弾の方が脅威であるとレイズルードは判断した。

 そして、機動力は低いものの、自身の防御性能に関しては四天王随一であると自負する彼女は肉体を水に変え、周囲に防御膜を形成。

 わずか数秒で先程の逆特攻も凌ぎきった盤石の体勢を整える。


「どうじゃ!? これで貴様の攻撃は妾には届かんぞ!!」

「言い忘れていましたが――」


 離れた所で地に伏せて耳を塞いだユミエが防御態勢に入ったレイズルードに声をかけた。


「これらの爆弾には(H2O)水素(H2)酸素(O2)に[分解]する機能が付いています」

「!?」

「それなりに複雑でして、機能枠を5個全部使ってしまい[自走]機能も付けられませんでしたが――」

「き、貴様は何を言っておるのじゃ!?」

「――異世界でも物理法則が機能するのか、ひとつ貴女で実験してみましょう」

「や、やめ――――」

「さあ、刻限ですよ」


 瞬間、[17]個の爆弾が一斉に起爆した。

 爆風と共に[鉄片]と[電気]を放ってレイズルードに襲いかかる爆弾の群れ。

 レイズルードの纏う水が分解され、そして――


 ――大量発生した水素に引火した。





「ふむ、やはり人間には効かないですか。まあ、[分解]効いたら死にますしね」


 いつもの倍近く続いた爆発が終わったのを確認して、ユミエは立ち上がった。

 レイズルードの居た場所には何も残っていない。


 分解→水素発生→引火→水か水蒸気になる→分解……

 ――というループを延々繰り返した為、どの辺りでレイズルードを爆殺したのか確認できなかったことは、ユミエとしては少し残念だった。


「ユミエさま、耳がキーンってします」

「[不殺設定]で水素に引火した衝撃は防げましたが、このくらいの音はダメージに認識されないのですね。ひとつ賢くなりましたねえ、リノン」

「二度と体験したくないです」

「それは同感です」


 ふらつきながらもリノンは立ち上がり、ユミエの横に侍る。

 明らかに、未だ目を回しているボールドとは比較にならないタフさである。


「しかし、これだけ粉微塵に分解しても一ヶ月後には復活するのですか?」

「魔王が残っている限り四天王の皆さんは不滅、らしいです」

「なんともまあ、恐ろしいですねえ」

「大丈夫っす! 兄貴の方が絶対怖いっすから!」


 ようやく頭がはっきりしてきたボールドはつい本音を口にしていた。

 リノンが「またか」という顔をして何も言わずに離れていった。


「はっはっは、褒めても爆弾しか出ませんよ、ボールド。――セット」

「え? 何で怒ってるんスか、兄貴?」

「爆弾の運搬で疲れたでしょう? [肩凝り]を爆破してあげましょう」

「は? え? ぬわああああ!!」


 魔物の消え去った平野に禿頭の悲鳴が響き渡った。


 残る四天王はあとひとり。

・爆弾生成 レベル6

あなたは一日に[50個]の爆弾を生成できる。

最大威力:[大陸が沈む]程度

操作範囲:制限なし

機能付与:[5つ]まで

恒常機能:[神殺し][人間不殺][魔物特攻]


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