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六発目

「――ゴアアアアアアアッ!!」


 幾重にも木霊する咆哮とともに魔物の群れが草原を進軍する。

 小さきはゴブリンやコボルト、巨体はオーガやサーペント、果てはゴーレムやワイバーンまで。ありとあらゆる魔物が一斉に進撃する。

 ここは大陸北西の魔王城と中央の王都を繋ぐ中間地点――


 ――すなわち、人類と魔王の戦いの最前線だった。



 大陸の北西一帯を支配する魔王だが、その支配が盤石という訳ではない。

 理由はいくつか考えられるが、その中でも最大の理由は『魔物の知能』であろう。


 端的に言って、魔物の知能は低く、その本能にも著しい問題がある。

 元より、魔王の魔力によって作られた魔物は厳密に言えば生物ではなく、自ら動いて攻撃する兵器である。

 ただただ[人を攻撃する]という意図だけをインプットされた魔物はその存在が消滅するまで戦い続ける。

 殆どの魔物は他種と協働するとか、傷が治るまで体を休めるといった発想はない。

 それが、今まで幾度となく魔物の侵攻を受けながらも人類が生存している理由でもある。


 だが、ここにその例外が存在する。


 水の四天王レイズルード。

 四天王の中でただ一人、魔物を率いる権能を発現させた彼女の存在が人類と魔王の危うい均衡を打ち崩した。

 不滅の女王に率いられた魔物たちはたちまち群から軍へと変貌する。

 罠を仕掛け、夜討ち朝駆け行い、ありとあらゆる手管を以て人類を追い詰める超過勤務のブラック魔物部隊となるのだ。


「――ゴアアアアアアアッ!!」


 魔物は吼える、吼える。

 高らかに吼え立て雄々しく進撃し、立ち塞がる人類を撃滅せしめんと戦い続ける。


 そして、魔物軍と相対する王国軍はと言えば――


「嫌だあああ!! 死にたくない!! 死にたくなーい!!」


 ――こぞって悲鳴をあげていた。



「おやおや。私に協力させる見返りに兵を貸し出すと言ったのは貴方達の大将ですよ? 観念なさい」



 元凶はいつの間にか一軍の指揮官に納まっているユミエその人である。

 爆弾魔はかつてない程に目を輝かせながら黒光りする爆弾を生成し、兵士たちの背中に括りつけていた。


「い、嫌だああああ!! やめてくれッ!!」

「暴れないでください。大丈夫、痛みはありません。もし痛みを感じたら手を挙げてください」

「て、手を挙げたら、どうにかしてくれるんですか?」


 これ以上なく必死な様子の兵士に対して、爆弾を生成する手を止めず、ユミエはいつものようにニンマリと笑った。


「そのときは、貴方の[虚偽]を爆破します」

「それ悪化してるよ!!」


 喚く兵士は視線を陣の奥に向ける。

 そこには彼らの大将だった男が地面に正座させられていた。

 でっぷりと太った腹をなんとか軍服に押し込んでいる脂ぎったその男こそ、魔王撃破の旅を続けるユミエ達を魔物との戦いに巻き込んだ張本人である。


 無論、戦場を横切って魔王城方面へ向かっている怪しさ満点のユミエたちにも落ち度はあった。

 だが、「ただ通るだけです」と主張するユミエ達が権能持ちと分かると否や、強引に戦列へと参加させた大将の判断には大きな問題があっただろう。

 そして、それが王国の勝利の為であれば、ユミエもまだ納得できた。多少は自重したかもしれない。

 だが、男は己の保身の為にユミエ達を利用とした。前線指揮を副官に任せ、自分は本陣奥に引き籠っていたのだ。



 故に、ユミエは笑顔で男の[堪え][虚偽][隠し事]を爆破したのだ。



「お金とか隠してます?」

「隠し資金は愛人の家の床に……ハッ!? い、今のなし!!」

「愛人の家の床下っと」


 尋問官役の副官が眼鏡を光らせながら次々とメモを取る。

 日頃のうっぷんを晴らすかの如く、その口元は邪悪な笑みに彩られている。


「ご実家の裏帳簿はどちらに?」

「ベッドの下が二重底になって……ハッ!? ノーカン、ノーカンだ!!」

「ちなみに性癖は?」

「銀髪ロリメイドとか大好物……ちょっと待て。ワシ、社会的に死んでない?」

「死亡確認です、サー」

「ま、待ってくれ。ワシには妻と3人の子供と4人の愛人がっ!!」

「残念です、大将。どう考えても貴方が悪いのですよ、サー」


 尋問が終わり引き摺られていく大将の姿をユミエと兵士は生温かい目で見送った。


「……」

「……」

「……勝利には犠牲が付き物です、諦めなさい。はい、次の方」


「ぐすっ……ルイ家三男ジャン、行きます!!」


 子供ほどもある爆弾を背中に張り付けた兵士が涙の尾を曳きながら魔物の群れに特攻していく。

 当然のように魔物も迎撃するが、その爪牙が兵士に当たるよりも先にユミエが爆弾を[遠隔操作]で起爆する。


 眩い閃光が発せられ、遅れて爆音が本陣まで鳴り響いてきた。

 [王都がクレーターになる]程度の威力を持つユミエの爆弾は周囲に展開した魔物を爆破して尚、威力が有り余る。

 むしろ、巨大なクレーターの中心で気絶しただけで済んでいる兵士の方が異常であろう。

 [人間不殺]の恒常機能は今日も今日とて猛威を奮っていた。


「爆破を確認しました! 回収班いってください!!」

「いくぜ野郎共!! ヒャッハー!! 人命救助だ!!」


 双眼鏡で戦線を観測していたリノンの指揮が飛ぶ。

 その後に、戦場の空気にあてられて若干地が露出しているボールド率いる騎馬隊が突撃をかける。


 ユミエの爆弾は1個爆破するだけで敵陣に大穴を開けていく。故に、魔物が押し寄せるよりも早く特攻した人員を回収することは難しくない。

 念の為、ボールドを筆頭に権能持ちが回収班の先陣を切っているため、足の速い魔物が寄って来ても撃破するのに困難もない。


 それでも怖いものは怖いのだろう。兵士たちは死にたくない、助けてくれと言いながらも爆弾を背負って魔物の群れに突っ込んでいく。

 もはやどちらが悪者かわかったものではない。

 だが、兵士たちの足は止まらない。

 後ろには何するかわからない頭のおかしい者がいる。馬鹿正直に攻撃してくる魔物の方がまだ可愛げがあると悟ったのだ。



「ふふふ、我ながら完璧な作戦です」

「え……」

「駄目ですか?」

「い、いえ、完璧な作戦であります、サー!!」

「それは重畳」


 数を数えるのも億劫になるほど大勢居た魔物軍が徐々に数を減じていく様子をユミエは満足げな笑みを浮かべて眺めていた。

 そんなユミエの様子に兵士達がドン引きしているが、これはユミエの狙い通りであった。


 実の所、ユミエの爆弾生成ならば、兵士に持たせて特攻させなくても、[自走]機能を持つ爆弾を生成すれば特に問題なく魔物軍を殲滅できる。

 だが、それでは戦闘後に「はい、さよなら」という訳にはいかないだろう。

 あるいは勇者であることもバレてしまうかもしれない。

 それはユミエの本意ではなかった。


 故にこの一手。

 「こんなキ○ガイに付き合ってられるか。俺は泥沼の撤退戦に戻るぞ!」と相手の側から別れを切り出させるのだ。

 相手は正気度を犠牲に一戦分の勝利を得られる。

 ユミエは爆弾生成の経験値と満足感を得られる。


(まさにWin―Win。いやあ、いい仕事をすると気分が清々しいですねえ)


 これ以上なくトリップ人生を謳歌しているユミエに陽光が降り注ぐ。

 爆弾魔の心中を知ってか、ドリウガの空は青々と晴れ渡っていた。



 ◇



「そ、それでは、本官らはこれで。ご協力ありがとうございました、ユミエ様」

「報酬まで貰ってすみませんねえ。貴方達のご武運を祈っておりますよ」

「はっ!! そ、それではこれで」


 数時間後、魔物軍を殲滅したユミエ達は兵士達に見送られて戦場を後にした。

 涙ながらに手を振る兵士たちの顔は激闘の終わりを心から喜ぶものだった。

 尚、ユミエが笑顔で手を振り返すと皆一目散に逃げていったが、理由は不明である。


「そういえば、リノン。貴女、ガルガンチュアと戦う前に“四天王を撃破して王様に表彰されるべし”とか言っていましたよね?」

「え? あ、はい。手引書にはそう書いてありました。それがどうかしましたか?」


 兵達が見えなくなるまで健気に手を振っていたリノンが振り返り、小首を傾げる。

 気付いている様子のない少女にユミエは肩を竦めた。


「つまり、歴代の勇者で四天王を倒した者がいるということですよね?」

「そうですね。――――あ」


 リノンが慌てて手引書を確認する。

 やはりそうかとユミエは小さくため息を吐いた。


「それで、四天王はどの位で復活(・ ・)するのですか?」

「…………早くて、一ヶ月くらいです」

「それを先に言いなさい」

「ごめんなさい」

「次から気を付けてくださいね」


 申し訳なさそうにするリノンの額を軽く小突きつつ、ユミエは思考する。


 一ヶ月で大陸を巡って四天王を撃破しなければならないというのは中々に難事だろう。

 今までの勇者が為し得なかったのも納得だ。

 ユミエが火の四天王イグレイドを撃破してから既に一週間が経過している。

 復活するまで最速であと三週間。まだ猶予はあるものの、多少は行程を早める必要があるだろう。


「まずは水の四天王レイズルードの軍勢を突破しないといけませんね」

「ですが、魔物軍と何度も遭遇するのは危険です。ユミエさまの権能でも……」

「ええ。何か手を考えねばなりません」


 脳内に爆弾生成の小窓を開く。

 本日使える爆弾はあと[16]個。大将の尋問に使った一発を除き、先程の戦いで[23]個を使った計算になる。

 ユミエにしてみれば魔物軍は単体の強さ以上に蝗の如き数の多さが厄介だった。


「現状だと1日に2部隊と戦うのは危険、ということですね」

「単独で魔物軍を殲滅できるのはユミエさまくらいだと思います。歴代の勇者さまの中でも殲滅力に優れているかと!」

「というより、殲滅に特化しているといっていいでしょうね」


 ユミエとしては[機能付加]による拡張性に可能性を感じているのは否めないが、それでも爆弾の本質が爆破にあることは確かだ。

 ともあれ、あと三週間で残る二人の四天王と魔王を撃破するには――


「――やはり力押しで倒すことになりますね」

「え? 先程試されていた方法は効かないんですか?」


 リノンが不思議そうな顔をする。

 この爆弾魔は愉快犯的な挙動は少なくないし、一般人相手に犯罪行為その他迷惑をかけることも多々あるが、無駄に人に恥をかかせることはしない。ドリウガに来てからの二週間でリノンはそう感じた。

 故に、先程の公開処刑的な何かはユミエなりの実験ではないかと考えていたのだが――


「以前、ボールドに試した時にわかったことですが、[人格矯正]や[虚偽]の爆破といった機能は知能の発達した相手に対しては短時間しか効果がありません。そして……これは勘ですが、魔王や四天王には効かないと思います」

「じゃあ、何故あのような爆弾を試されたんですか?」

「やってみたかったからです」

「……」

「……仕方ないですね。種明かしにはちょっと早いのですが」


 少女のジト目はそれなりに効果があった。

 両手を挙げて降参のポーズを取ったユミエはニンマリを口元を歪めた。


「悪い顔してますよ、ユミエさま」

「すみませんが、こればかりは性分でして」

「そうですか――って、そういえば随分静かだと思ったらボールドさんはどちらに?」


 少女がきょろきょろと辺りを見回すが、あの特徴的な禿頭は見当たらない。

 思い返してみれば、王国軍と別れる時には既にいなかった気がする。


「はわわ!? ユミエさま、ボールドさんが迷子に!!」

「いや、流石にそれはないですよ」


 というか、107歳児に迷子を心配される成年というのもどうなのだろうか、とユミエはボールドの“教育”の必要性を改めて痛感した。


「ボールドには魔物の捕獲をお願いしてあったのですよ」

「魔物の……捕獲?」

「ほら、あそこに」


 ユミエの指差す先、両手で羊のような魔物を丸抱えしたボールドが意気揚々と帰ってきている。

 羊の毛が多少焦げているのは御愛嬌だろう。



 魔物軍と戦う前に、ユミエは集めた情報からレイズルードの魔物を[使役]する権能について二つの仮説を立てていた。

 つまり、レイズルード自身が操作しているのか、あるいは、条件づけによって洗脳しているのか、だと。

 そして、実際に魔物の動きを見て、ユミエは後者であることを確信した。


(魔物軍の多種多様な陣容を見れば、相手が非常に几帳面な性質であるのは明らか。しかし、それに反して戦術はおざなり。局地的な連携戦術はあっても大局的な視点はない。であるならば――)


「洗脳あるいはそれに類するもの、ということですねえ」


 おそらく、莫大な数をリアルタイムで処理することはいくら四天王でも難しいのだろう。

 そして、ここからユミエにとって大事な事実が導き出せる。


 つまり――――魔物は洗脳できる。


 四天王に出来ることが自分に出来ない道理もないだろう。

 物は試し、科学の発展には犠牲が付き物である。


「兄貴、獲ってきやしたぜ! コイツで大丈夫ですかい?」

「メエエ!!」

「はい。活きがよくて大変結構です」

「メエッ!?」


 両手足をひと括りにされて丸焼きスタイルで吊るされた羊型の魔物が命の危険を感じて暴れ始める。

 だが、その抵抗は遅きに失する。

 ユミエの気分は既にお気に入りのナンバーを聞く時のような楽しげなものになっている。


「メエッ!? メエエエエエ!?」

「そんな全身でやる気を表現しなくてもお前のガッツは伝わってきてるっすよ! 頑張るっす!」

「メ、メエエエエ……」

「魔物にすらダメ出しされてませんか、ボールド?」

「そ、そんなことないっすよ? ほ、ほら、兄貴、羊さんも待っていますし、ぐいっとどうぞ!」

「そうですね。では――」



「――実験を開始します」



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