五発目
火の四天王を爆殺してから五日が経った。
ユミエの腕の治療も済んだ一行は新たな四天王の情報を求めて王都に来ていた。
王都アルスア。
魔王の侵略によって混沌と化したこの『ドリウガ』において、現状唯一といってもいい国の体を成している国家の首都だ。
そのため、まともな身分証明を持たないユミエ達は本来、王都に入ることは不可能である筈なのだが、街道に出没した魔物を狩って得た資金を門番に積むことで特に苦も無く入り込むことが出来た。
「相変わらずこの世界は詰んでますねえ」
「仕方ないことだと思います。王都は対魔王戦線の中核ですから」
「門番に払う給料すら心もとないってことっすね!」
宿場町とは比較にならないほど繁栄している街並みを眺めながらユミエはぼやいた。
その隣ではリノンがせっせと胃袋に食料を補給し、ボールドが物珍しそうに屋台を覗いている。
完全にお上りさん御一行状態だが、それも仕方のないことだろう。
ユミエは元々異世界人であるし、リノンは数日前まで野生に還っており、ボールドの活動拠点も警備の緩い辺境が主だったのだ。
それに、ユミエとしてもこの王都という場所には心惹かれるものがあった。
広さとしては都市国家としてもかなりの規模だ。東京23区がひとつふたつすっぽりと入るだろう。
王都内部は主に上下層地区に分かれており、下層地区は木造の家が所狭しと立ち並び、上層地区には石造りの屋敷が整然と並ぶややアンバランスな都市構造。爆破し甲斐がありそうだ。
(下層部の過密さは、流入する人口が増えても魔物を防ぐための防壁が都市をぐるりと囲んでいる所為で都市の拡張が難しいからでしょうね)
「コストか技術の問題かはわかりませんが、マンションのような集合住宅もないようですしねえ」
「人口問題はどこも頭を悩ませているのですね!」
「おや、あの世もそうなのですか?」
「はい。閻魔様がいつも頭を悩ませています!」
(司法だけでなく行政も閻魔様の管轄なのですね)
国というものがないと閻魔本人が言っていてたが、まさかワンマン経営だとはユミエも思い至らなかった。
(今度お会いした時は[肩凝り]でも爆破してあげましょう)
かろうじて人並みの人情を持ち合わせている爆弾魔は心中で頷いた。
異世界爆破ライフをプロデュースしてくれた閻魔には彼も感謝しているのだ。
「それより兄貴! 次の四天王は誰を殺るんすか?」
一通り好奇心を満たしたボールドがユミエに問いかける。
四天王を一人倒したという事実とユミエの熱心な説得(物理)によって、ボールドもようやく現状を受け入れつつあった。
「残る四天王は土、水、風ですね!」
「ええ、情報収集ご苦労様です、リノン」
「えへへ」
褒められてはにかむリノンに屋台のリンゴを買い与えて餌付けしつつ、ユミエは自己の戦力を確認する。
火の四天王イグレイドを撃破したことでユミエの爆弾生成は[レベル4]に成長していた。
威力、個数、機能拡張共に一段階成長した権能は次なる四天王戦でも戦力の核となるだろう。
(威力もそうですが、個数の増加がおいしいですねえ)
これでイグレイドが「あいつは四天王の中でも最弱」などということがない限りは、他の四天王とも十分に戦えるだろうとユミエは実際に相対した経験から判断した。
「それで、次は土の四天王ガルガンチュアとやろうと思います」
「ガルガンチュアっすか?」
「リノン、解説をお願いします」
「はい!」
リノンは小動物のようにリンゴを頬張りながら懐からメモ帳を取り出した。
「ガルガンチュアは主に大陸中央で暴れまわっている巨大な岩石のゴーレム種です。もちろん普通のゴーレムとは桁違いの大きさと頑強さを持っているそうです」
「たしかに大きくて固いというのはそれだけで脅威ですね」
「イグレイドの火山噴火のような特殊な能力はないようです。ですが、今までに撃破された勇者の数は火の四天王と並んで最多です」
「それはそれは……怖いですねえ」
「兄貴が……怖い?」
ニンマリと笑うユミエの顔を二度見してボールドが首を傾げた。
「失礼ですね、ボールド。私だって人の子です。恐怖くらい感じますよ」
「アッハイ」
「よろしい。それで?」
顔を青ざめさせるボールドをスルーして、ユミエは困ったように見上げているリノンに先を促した。
「ガルガンチュアは二日前に王国軍を撃破。現在――」
瞬間、少女の言葉を遮るようにズゥンと腹の底に響く震動が王都全体に轟いた。
「――現在、王都に進撃中です」
◇
その日、王都に住む民草は絶望の形を目にした。
都市を囲む防壁よりもさらに巨大なゴーレム。
まるで山一つが動いているような威容が地平線の向こうからやって来たのだ――全力疾走で。
『――四天王が一石、ガルガンチュア。推して参る!!』
宣言をひとつ残して巨石のゴレームは見事なスプリントフォームで走る。
一歩走る毎に震動が王都まで届き、その絶大な重さを受ける大地にクレーターが出来ていく。
「撃て!! 撃ちまくれ!!」
王国軍を率いる指揮官が悲壮な声で射撃を命じる。
応じて、平原に展開した兵達が無数に矢を射かけるが、四天王の持つ不可侵の守り『硬殻結界』を展開したガルガンチュアには痛痒さえも与えられない。
『軽い!! 軽いぞ、人類!!』
五月雨の如く降り注ぐ矢も、足元を駆けずりまわる兵達もものともせずに岩石の巨人が走る。
その巨体が王都の防壁に到達するまで数分もかからないだろう。
「……異世界の手引書によると、王都に侵攻してきた四天王を撃破して王様に表彰されるべし、とのことですが」
「表彰されても特にメリットはありませんねえ」
逃げ惑う人々を避けて防壁に上がったユミエが接近するガルガンチュアを眺めながらぼやいた。
もう少し犯罪歴が豪華だったら恩赦を頼めたが、辺境の強盗が王都まで正しく伝わっているか怪しいものだ。
(それを見込んで初期費用を稼いだのですが)
ともあれ、四天王は撃破せねばならない。
ユミエは決意を新たに気持ちを戦闘用に切り替えた。
「しっかし、あんな大きいのどこから壊せばいいんすかね?」
「全部壊してしまえば同じでしょう」
「あ、そうっすね。…………え?」
「――セット、[合体][遠隔操作][巨大化][対土特攻]、5個、生成」
権能を発動したユミエの眼前に複数の巨大な爆弾が現れる。
数は5個。導火線の代わりに頭部がくっついた胴体部に、凶悪な拳を具えた両腕、黒光りする太い両脚。
それらが音を立てて接続され、ガルガンチュアにも劣らぬ巨人を作り上げる。
「が、合体した!?」
「かっこいいです!!」
仲間の驚きを受けつつ、爆弾巨人は王都を背に、両腕を組んで悠然とガルガンチュアを待ち受ける。
[遠隔操作]ひとつでは複雑な動きを指示することは出来ないが、胴体と両手足の5つを個別に操作するならば話は別だ。
『む、この感じ――勇者か!?』
爆弾巨人から[神殺し]の気配を察知したガルガンチュアがさらに加速する。
ガルガンチュアに小手先の技はない。肉弾特攻あるのみである。
「その意気や良し!! 爆弾よ、粉砕なさい!!」
ユミエの声を受けた爆弾巨人はアイセンサーを不敵に光らせ、その場で大きく足を振り上げて四股を踏むと、腰を深く落として猛然と迫るガルガンチュアに勢いよくぶつかっていった。
次の瞬間、大質量同士の激突に王都が今日一番の震動が鳴り響いた。
『ぐ、ぬうう!?』
ガルガンチュアが驚きの声をあげる。
低い位置から相手の腰にぶつかった爆弾巨人は自身を凹ませつつも、大地から巨大ゴーレムの両脚をひっこ抜いたのだ。
「がんばれ、ダイボンバー!!」
「ふむ、なかなか良い名前ですね」
防壁から身を乗り出して応戦するリノンに和みつつ、ユミエはサムズアップのように右手の親指を上げた。
「――まあ、自爆させるんですが」
親指を押し込むと同時にダイボンバーは爆発した。
零距離からの盛大な自爆にガルガンチュアが吹っ飛んだ。
「ダ、ダイボンバーッ!!」
「やったか!?」
「ボールドさん、真面目にやってください」
「ボールドは後でお仕置きです」
「何でっすか!?」
喚くボールドをスルーして、皆はもくもくと土煙が上がる先へじっと目を凝らす。
この一撃でやれていなければ――
『まだだ!! まだ終わらんぞ!!』
そして、煙を突き破って立ち上がったガルガンチュアに誰もが悲鳴を上げた。
「ユ、ユミエさま。ま、まだ、相手生きていますよ!?」
「ええ、ではお代わりを出しましょう」
ユミエが再び爆弾生成を開始する。
1レベル前の話とはいえ、火の方には30個近い爆弾を使ったのだ。
たった5個で終わるなどと楽観視するつもりは元よりない。
「――セット、リピート、生成!」
残る爆弾は[30]個。再び巨大な爆弾巨人が防壁前に立つ。
何の前触れもなく現れた二体目にガルガンチュアが驚いている間に、爆弾巨人は立ち上がる勢いのままにラリアートをかましてガルガンチュアを押し倒した。
「いっけええ、ボムダイン!!」
「自爆させますよ?」
「ボ、ボムダイーン!!」
マウントポジションから再度の自爆。
密着状態からの避ける場所のない爆発。
地面に強烈に押し付けられたガルガンチュアの全身が罅割れた。
「硬いということは同時に衝撃が徹りやすいということ。推測通りです」
『き、貴様が勇者か……』
「気付かれましたか。では、一応降伏勧告はしておきましょう」
起き上がろうともがくガルガンチュアは防壁上から己を見下ろす視線に気付き、戦意を深める。
一方のユミエは顔に笑みを張り付けたまま傲然と宣言した。
「地の四天王ガルガンチュア、あなたはあと何回の爆破で死にますか?」
『ッ!! 舐めるなアアアア!!』
ガルガンチュアが吼える。
直後、背筋を使って跳び上がったガルガンチュアは防壁を飛び越え、自身の破片をまき散らしつつ、激烈な震動と共に王都内に着地した。
「跳んだ!? なんて跳躍力っすか!?」
『街に入ったぞ!! これで貴様もあの巨人を――』
「……成程、今までの勇者たちはこうして負けたのですね」
「――セット、リピート、生成」
王都の中であろうとユミエが躊躇する理由はない。
三度目の爆弾合体。
不死身の如く再生成される爆弾巨人にガルガンチュアは遂に恐怖した。
『貴様、正気か!? この距離で爆破すれば貴様も無事では――』
「魔王の配下に正気を疑われるとは心外ですね。大丈夫ですよ、[不殺設定]ですので」
『そんな馬鹿なアアアア!!』
「――やりなさい、爆弾」
無慈悲なユミエの命令に爆弾巨人は声なき声を上げてガルガンチュアに組みついた。
逃げ惑う民達、足の竦む貴族達、誰もが人外の戦いに恐怖した。
「いけえええ、ファイナルボムンガー!!」
「オレ達のことは構うな、ファイナルボムンガー!!」
(二人とも気に入ったんでしょうか?)
とりあえず自爆させた。
そうして、全てを閃光が包み込み、王都全てを巻き込む爆発が発生した。
神の奇跡故に、死傷者は発生しなかった。
◇
「……おや、爆弾生成のレベルがまた上がりましたね」
数時間後、王都の混乱を利用して物資を確保した一行はそそくさと街を脱出していた。
どこからか手に入れてきた馬車の荷台に腰かけたユミエは脳内で鳴り響くファンファーレを聞き流しながら、屋台からちょろまかしたリンゴに噛みつく。
瑞々しい食感と勝利の余韻が合わさり、甘美な味わいが口内に広がる。
「しっかし、勿体ないっすね、兄貴。王都の危機を救うなんて報酬は思いのままだってのに!」
未だに未練のある様子のボールドは馬車の御者台に座って馬を繰りながらぼやいた。
「ユミエさまはしがらみを嫌う方ですから」
「ええ、私に報酬を出すくらいなら、魔王亡き後の復興に充てて欲しいですね」
「……異世界人ってみんなこんな感じなんですかね?」
のんびりと馬を進ませながら首を傾げるボールドに、ユミエは、そうですねえ、と故郷を思い出しながら笑いかけた。
「良い所ですよ。貴方も機会があったら訪れてみなさい。閻魔様には私から“お願い”してみますよ」
「あ、兄貴みたいなのが一杯居る所なんて勘弁してくださいっす!」
「……」
「……」
「わたし、ちょっとお花を摘みに行ってきます」
「リノンは空気を読めるんですがねえ。――セット」
「え? ……え?」
残る四天王はあと二人。
ユミエ達の旅は続く。
・爆弾生成 レベル5
あなたは一日に[50個]の爆弾を生成できる。
最大威力:[王都がクレーターになる]程度
操作範囲:[50]メートル以内
機能付与:[5つ]まで
恒常機能:[神殺し][人間不殺][魔物特攻]