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四発目

「――これから火の四天王イグレイドを倒します」


 ボールドが仲間になった次の日、食後にリノン自作のフルーツジュースを飲みながらユミエはそう宣言した。

 元々そういう計画であったことを知っているリノンは「遂にこの日が来ましたね!」とやる気十分。

 一方、未だきちんと状況説明されていないボールドは思わずジュースを吹き出していた。


「汚いですよ、ボールド」

「す、すんません、兄貴! でも、兄貴がいきなり四天王にかちこむなんて冗談言うから――」

「いえ、本気ですよ?」

「……え?」


 そそくさと食事の後片付けを始めたリノンを横目に、ボールドは不思議そうな顔をするユミエに食って掛かった。


「兄貴、いくらなんでも四天王はやばいですよ! 火力なんてオレの『炎剣』みたいなチャチなのとは違う天災規模ですぜ」

「それはまた怖いですねえ」

「でしょう? それに、四天王はその体に結界が張ってあるらしくて何やってもダメージ与えられないらしいですよ。勝ち目がないですよ!」

「そうは言っても、私の仕事は四天王と魔王を爆破することですから」


 涼しい顔でそう宣うユミエを見て、ボールドは遅まきながらユミエの素性に気付いた。

 魔術士としてこの世界の理を学ぶ中で古い文献に記されていた奇跡の名前、魔王に挑む人類の希望の標。


「あの……兄貴って、もしかして:勇者?」

「そうですよ。というか、初対面の時に魔術士ではないと言いましたよね」

「ええええ!! ……似合いませんね」


 驚きついでにぽろりと本音がボールドの口から漏れた。

 聞き逃すことなどないユミエはただ一段階笑みを深くする。


「……」

「……」

「――セット」

「待ってください。釈明を、釈明をさせ――ほぎゃああ!!」


 火山から吐き出される煙に曇る空に爆音と男の悲鳴が響き渡る。

 今日も今日とて世界は混沌としていた。




 その後、禿げ頭を煤で汚したボールドは旅の途上で狩った魔物の一部を売りに行く為に一足先に出発した。

 次の四天王(・ ・ ・ ・ ・)の情報収集も兼ねているため本来はリノンが行った方が効率がいいのだが、自衛能力のあるボールドの方が単独行動に適しているとユミエが判断したのだ。


「それで、ユミエさま。火の四天王をどのように倒されるのですか?」


 野営設備を片付け、出発の準備を終えたリノンがユミエに問いかける。

 戦うではなく、倒すというあたりに少女もユミエの性格を把握してきている。


「手は考えてあります。何だかんだ言って魔王は元最高神です。時を置けば何をするか、何が出来るかわかりません。ある程度の安全マージンは確保しつつ積極的に狩りに行く。それが次善手(・ ・ ・)でしょう」


 脳内で爆弾生成を弄繰り回しつつ、ユミエは考える。


 能力を鍛え、活動基盤を確保し、万全の状態で四天王と魔王を討つ。本来はそれが最善手だ、と。

 おそらくは多くの勇者もそうした筈だ。リノンの持つ手引き書からもそれが窺える。

 しかし、先達の悉くは失敗した。今この『ドリウガ』にユミエが居ることがその証明だ。

 であるならば、違う手で挑まねばならない。

 ユミエはまともに定職に就いたこともない社会不適合者だが、爆弾の扱いと爆破する相手の選択に手を抜いたことはないのだ。


「安全マージンといいますと……」

「ええ。感覚的にはそろそろのような気がするのですがね――っと、やっとレベルが上がりましたか」


 ユミエの脳内にファンファーレが鳴り響く。

 寝る間も惜しんで使い続けた爆弾生成のレベルがようやく上がったのだ。



 ・爆弾生成 レベル3

 あなたは一日に[30個]の爆弾を生成できる。

 最大威力:[辺境の村一つが消し飛ぶ]程度

 操作範囲:[30]メートル以内

 機能付与:[3つ]まで

 恒常機能:[神殺し][人間不殺]



(不殺縛りなのに何故威力評価が人間相手を想定しているのでしょうか)


 ふと頭に浮かんだ疑問にユミエは首を傾げた。


(閻魔様はこれが専用の権能と言っていましたが、まさかこういう表記の方が私がわかりやすいと思ったのでしょうか?)


 酷い話だ、訴訟も辞さない。などと呟きながらユミエは早速レベルの上がった能力の試し打ちを始めた。



 ◇



 戦闘で胃が破裂しても大丈夫なように昼食は水とパン数切れに留め、ユミエとリノンは火の四天王の捜索に出発した。



 そして3時間後、二人は特に苦労もなく火の四天王の居場所に着いた。

 探すまでもなかった。なにせ、火山の中腹で一ヶ所だけ天を衝くような火柱が上がっていたのだ。

 これで逆に罠だったらユミエは自分の無様さを肴に1時間は笑い転げていただろう。


「あの、ユミエさま……」

「リノンは待っていてください。危なくなったら自己判断で撤退してください」

「……わかりました。どうか、ユミエさまにご武運を」


 深々と頭を下げるリノンを残してユミエは火柱の根元へと登山を開始した。

 足裏に感じる地面は熱く、徐々に上がっていく気温に全身から汗が噴き出してくる。

 こまめに水分を摂りながらとにかく急ぐ。

 時間をかければ不利になるのは明白だった。




「――おう、久しぶりの猿だな。活きも良さそうだ」


 そうして、ユミエは天に昇る火柱の根元でソレに出会った。


 ソレは人型に押し固められた炎だった。

 額の三眼を除けば、見た目はかろうじて日に焼けた青年のようにも見える。

 しかし、炎で出来た赤髪をたてがみの如くはためかせ、体から発する熱量だけで周囲の景色を歪ませる様は控え目に言っても化物だろう。


「……」

「どうした? ここまで来てビビって声も出ない、なんて湿気た真似はやめてくれよ」


 内に秘めた熱量に反し、片手をあげて気安く声をかける天災の権化をユミエは感情のこもらない目で見返す。


「……貴方は悲鳴の方がお好きでしたね」

「あん? ああ、村燃やす時に生き残りを出したことか。まあ、そいつは否定しねえが、それ以上によう――」


 カカカ、とさもおかしそうにイグレイドは喉の奥で笑う。


「そうしてやると、勇みこんだ奴が釣れるんだよ、沢山な!!」


 ぴくり、とユミエの眉が動いた。

 イグレイドはまだ自分が十三階段を駆け上がっていることに気付かない。


「馬鹿だよなあ!! 実力も足りない癖に権能だけはいっちょまえでよう!! それで両手足を燃やしてやると狂ったように泣き喚くんだ。そいつが聞きたくてオレは――」

「もう結構です。――セット、[スモーク]2個、生成」

「何度も、何度も……あん?」


 吐き捨てるように呟いたユミエは両手に2つずつ爆弾を生成した。

 温度の通わぬ視線は既に目の前の暴威を羽虫程度にしか見ていない。


「爆破の先達に敬意を払う心積もりでいましたが、必要ないようですね。貴方の爆破には愛がない」

「はあ?」


 意味が分からないと、イグレイドが呆れた声を上げるのを無視し、ユミエの口撃は加速していく。


「大体なんですか、その後ろの炎は! 温度もまばらだし火種も適当ではないですか! そんな雑な炎を見せびらかして何が火の四天王ですか。恥を知りなさい!」

「お、おう」


 叱られたイグレイドが反射的に頷いたのを確認し、ユミエはようやく厳めしかった表情を笑顔に変えて、


「わかっていただけて幸いです。では、ごきげんよう」


 爆弾を投げつけた。


 イグレイドが咄嗟に防ごうとするより一拍早く、爆発がその身を襲う。


「やったか!?」


 ユミエがそう叫んだ次の瞬間、噴煙を破って炎の竜が顕現した。

 人の胴体ほどの太さのある炎竜は、宙を悠然と泳ぎながらユミエに襲いかかった。

 肌から汗が急速に蒸発していくのを感じながら、ユミエは咄嗟に腰の魔法短剣を引き抜く。


 刃が纏う雷撃が竜と激突する。

 だが、ボールドの時と違い、互いの出力(・ ・)に差があり過ぎた。

 結果、ユミエが手にしていた短剣は刃先から炎の竜に呑まれて溶け落ち、相殺しきれなかった熱量が腕を焼いた。


「くっ!? 大雑把な強さですね。まったく」


 ユミエは腕に水をかけて延焼を抑えつつ、苦笑を押し殺す。

 まだやれる、と爆弾魔は思考する。

 向こうに余裕があるように、こちらには余力がある。天秤はまだ傾いていない。


「……オレの炎熱結界が貫かれた?」


 いぶかしむような声音。宙で踊っていた炎の竜が主の元に駆け戻る。

 爆発の余波が消えた中心地には、殆どダメージの見られないイグレイドが悠然と立っている。


「結界に不備はねえ。となると、お前、勇者か? 狂人の癖して」

「――セット、[スモーク]、生成!」

「答えろよ!! オレが痛い奴に見えるだろうが!!」


 ユミエは構わず爆弾を投げつける。

 今使える個数はあと[25]個。これが尽きる前に畳みかけねばならないのだ。


「馬鹿が、オレに炎熱系の権能は効かないぜ!」


 炎の竜を体に纏わせて爆風と煙を防御しながらイグレイドが嘲笑う。

 ユミエの爆弾が如何に結界を無効化し、[辺境の村一つが消し飛ぶ]程度の威力を誇ろうと、ダメージを与えられないのでは意味がない。

 しかし、ユミエの表情に焦りはない。

 その瞬間に備えて連続して爆弾を生成し、投げつける。

 そのうち幾つかが目標を逸するが構わず投げ続ける。

 残る個数はあと[18]個。


「鬱陶しいな! 無駄だってんだろ!」

「私の権能は爆弾です。炎熱系というカテゴリーには当てはまりません」

「んな訳ねえだろ! 誰が決めたんだそんなこと?」

「私が定めたに決まっているでしょう。馬鹿ですか、貴方は?」

「頭おかしい奴にバカって言われたぜ……」


 何故か凹んだ様子のイグレイドに優越感を感じながら、ユミエは爆弾の設置を終えた。

 イグレイドに直当てしていたのは[スモーク]の機能を付加した視覚妨害用。


「まあ、それはおいといて、下を見なさい」

「お?」


 本命は投げつけて外したように見せかけてイグレイドの周りに設置した[起爆][ボーリング]機能付きの方だ。


「――起爆!」


 閃光と下向きの爆発がイグレイドの周りで断続的に起爆した。

 イグレイドを中心にぐるりと円状に一周する爆弾の狙いはひとつ。


「落ちなさい!」


 ユミエが宣言すると同時、イグレイドは己の立っている地面ごと、まるで型抜きのように落下した。

 そうして、どぷん、と粘性の高い音とともにイグレイドは地下のマグマ(・ ・ ・)に落下した。


「おお!?」

「この足元から立ち昇る熱気、数メートルも地盤を刳り抜いてやればマグマが流れているのは自明のこと」


 ユミエは穴に近寄り、マグマに沈んだイグレイドを見下ろしながらニンマリと笑った。

 だが、マグマの濁流に浚われつつも、イグレイドに苦しげな様子はない。


「それがどうした。マグマなんてオレにとっちゃ水風呂に過ぎんぜ!!」

「ええ、その言葉が聞きたかった」

「あ?」

「貴方にとってマグマは火よりも水に近い存在でしょう?」


 顔を笑みに固定したまま、ユミエは懐から氷の結晶のような宝石を取り出した。


「さて、ここに取り出したるはとある湖の女神を封印した爆弾です。さすがの貴方も足場定まらぬその場所で下級神パワーを食らえばタダでは済まないでしょう」

「え……え?」

「――セット、[燃料追加:水神][対炎特攻]、生成」

「おい。……おイぃ!?」

「それでは改めてごきげんよう、イグレイドさん」


 ユミエはマグマの中へと女神爆弾を投げ込んだ。


 次の瞬間、パキンと、常の爆発音とは違う高音が辺りに鳴り響いた。


 穴の中を覗くと、イグレイドは元より周囲のマグマまでもが一気に凍りついていた。


「うおおおおおお!? 凍るだと!? オレの炎が!?」


 イグレイドは己の体に炎の竜を巻きつけて凍結を防ごうとしているが、爆弾の威力が勝っているのか、その炎竜ごと徐々に凍りついていく。


(想定以上に効いていますね。これも神殺しのおかげですか)


 適当に追撃の爆弾を放り込みながらユミエは頷いた。


「ゴフ!? この、やめ、オレは四天王だぞ!! こんなハメ技で――」

「ならさっさと登ってきなさい。もう一度落として差し上げますから」

「いや、オレ泳げな――」

「んー? 聞こえませんねえ。悲鳴がお好きなら、ご自分であげればよろしいでしょう」

「や、やめ――」


 奮戦空しく、イグレイドの声も爆風に消え、徐々に小さくなっていった。

 ユミエは残り[5個]になるまで爆弾を投げ込んだ所で手を止めた。


 仰ぎ見れば、先程までもくもくと煙を吐いていた火山の活動も落ち着いてきている。


「ユミエさまー!!」

「リノン?」


 決着を察したリノンが登って来ていた。

 どうやら暫く前から火山は大人しくなっていたようだ。


「ユミエさま――って、その腕!?」

「すみません、さすがに無傷とはいきませんでした」


 ユミエに飛びつこうとしたリノンは、爆弾魔の焼け爛れた腕を見て顔色を変えた。

 当の本人は痛みも感じないので、火傷塗れの腕をひらひらと振りながらいつもの笑みを浮かべている。


「す、すぐに治療いたします」

「お願いします」


 そうして、リノンに片腕を預けるユミエの脳内でファンファーレが鳴り響いた。


「おや、レベルが上がりました。早いですね」

「四天王初撃破のゴシューギですね!」

「かもしれません。ですが、まだまだ先は長いですよ」

「はい、頑張りましょう」


 さて、次は誰にしようか。

 脳内にまだ見ぬ四天王を思い浮かべながらユミエは空を見上げた。

 火山から上がっていた煙の消えた空は徐々に青さを取り戻していた。

・爆弾生成 レベル4

あなたは一日に[40個]の爆弾を生成できる。

最大威力:[地方都市一つが阿鼻叫喚に包まれる]程度

操作範囲:[40]メートル以内

機能付与:[4つ]まで

恒常機能:[神殺し][人間不殺]


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