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三発目

 自称女神を封印(爆破)してからさらに三日が経った。


 ユミエとリノンは街道沿いの宿場町に来ていた。

 六日前に訪れた辺境の町よりは多少規模の拡大している宿場町は行き交う人の数も比例して増大している。

 魔王や四天王についての情報も集まりやすいだろう。


「ユミエさまの仰ったとおり、わたし達の手配書は出ていませんでした」

「やはりそうでしたか」


 ユミエが旅の途上で狩った魔物の一部を換金する間にリノンは情報収集に精を出していた。

 下手な権能よりも優秀なリノンのコミュ能力は荒んだ人心を癒しながら、得られる限りの情報を引き出していた。


「魔法とやらで情報の伝達速度はどうにかできないのですかねえ」

「王国とは言っていますが街の外には魔物もわんさかいますし、街ごとの自助努力で成り立っている世界ですから」

「横の繋がりが薄く、あまり情報に重きを置いていないということですか。魔法以前の問題ですね」


 旅人を装い談笑する二人は消耗品や保存食を買い歩きながら町の大通りをぶらぶらしていた。

 この宿場町は王都と辺境を繋ぐ重要な中継点であるが、道を一本入ればそこにはスラムもかくやという状況になっている。

 魔物に四天王、そして魔王による損害は少しずつ大陸を荒ませているようだ。


「いやあ、中々に世紀末ですねえ」

「ドリウガにきちんとした歴はないですけど。あ、でも火の四天王の情報は得られました!」

「それは重畳」


 ユミエはご褒美とばかりに目についた屋台で肉串を買ってリノンに手渡した。

 少女は目を輝かせて串を頬張りながら話を続ける。


「んぐ、火の四天王イグレイドは今、あの火山の麓に陣取っているようです。どうも火山の周りの村々を滅ぼしてからは活発な破壊活動はしていないようです」

「火山から離れられない理由でもあるのですかねえ」

「……すみません。そこまではわかりませんでした」

「いえいえ、十分ですよ、リノン。ほら、冷めてしまいますよ」

「あ、はい!」


 慌てて肉串の消化にかかるリノンを見て和みながら、ユミエは今後の計画を立てる。


(なんにせよ、一度はこの目で四天王を見てみないとわかりませんね)


 そのひと当てで死ぬのならそれも一興だとユミエはほくそ笑んだ。

 最近の人生の充実具合に本人的には大満足なのだ。



「――ど、泥棒ッ!!」



 その時、二人の耳につんざくような悲鳴が聞こえた。

 視線を向ければ、髪形をモヒカンにした見るからにチンピラ科チンピラ目な風体の男が馬に乗って爆走していた。


「ヒャッハー!! この馬はいただいたぜェッ!!」


 訂正。見た目どころか中身も見事なチンピラだった。


「誰かそいつを捕まえてくれ!!」


 その後ろを必死に走って追いかけている男が元の持ち主だったのだろうか。

 しかし、人間と馬では速度に差があり過ぎる。二人の間は徐々に離れていた。


「リノン、危ないから端にどきましょう」

「え? 助けないんですか、ユミエさま?」

「手持ちは十分にあります」

「い、いえ。人助けは善意でするものだと思いますけど……」

「そちらは品切れですねえ」


 リノンを伴って道の端に移動しながらユミエは肩を竦めた。

 現状で目立つメリットをユミエ感じられなかったのだ。


「この賊めが!! 生きてこの町を出られると思うな!!」


 しかし、いつの間に展開したのか、門前には数人の衛兵が立ち塞がっていた。

 槍と弓で武装した衛兵たちは緊張した面持ちで接近するチンピラに備えている。


「止まれ!!」

「お断りだッ!!」

「警告終了。撃てェッ!!」


 次の瞬間、衛兵は躊躇なく矢を放った。


「……思い切りのいい人たちですねえ」

「ここでは強盗するのはやめましょう、ユミエさま」


 衛兵とチンピラの攻防を観戦するユミエに真剣な表情のリノンが訴える。

 爆弾魔は笑って少女の頭をぽんぽんと叩いた。


「そんなことしませんよ、常識的に考えて」

「ユミエさまに常識を諭された……」

「まあ、必要になればしますが。必要は発明の母とも言いますし」

「よかった、いつものユミエさまです!」


 一喜一憂するリノンをスルーしつつ、ユミエは観戦に戻った。


 第一射は外れたのかチンピラは健在だ。

 衛兵達までの距離は既に20メートルを切っている。疾走する馬ならば数秒とかからずに踏破される距離だ。


「だ、第二射撃てェッ!!」

「効かないぜッ!! ――セット!!」

「おや?」


 騎乗したまま真っ直ぐに衛兵の槍衾に突っ込むチンピラが剣を抜き、ユミエも聞き覚えのある言葉を唱えた。


「――来い、“炎剣”!!」


 詠唱に応じて、宙に蜷局を巻く炎の蛇が顕現し、男の剣に巻き付いた。

 轟々と燃える剣を振るえば、打ち込まれた矢がたちまちに灰に変わっていく。


「ば、馬鹿な!? 魔法だと!? 賊風情が!?」

「どきやがれ!!」


 男の炎剣の熱気にあてられて衛兵たちは蜘蛛の子を散らすように道を開けてしまった。

 チンピラはそのまま門を突破して街道へと脱出してしまった。


「追いますよ、リノン」

「え? 何で今さら追いかけるんですか?」

「火の四天王の前に炎使いとやっておきたいからですよ」


 呆然と賊を見送る衛兵の間をすり抜けてユミエは街道に躍り出る。

 その後を慌ててリノンがついて来る。


「ユミエさま、足を確保しないと馬相手では追いつけませんよ!」

「大丈夫です。――セット、[自走][追跡]、1個、生成」


 人目がないことを確認してユミエは爆弾を生成した。

 一見してラットのような外見の爆弾がその手の中に生まれる。


「わあ、小さくてかわいいですね!」

「威力を抑えて小型化しました。これに追跡させます」


 ユミエの手から街道に置かれたラット爆弾は暫く匂いを嗅ぐように身じろぎしていたが、捕捉が完了したのかおもむろに自走を始めた。


「動き出しましたよ、ユミエさま!」

「ええ。あの速度で馬を走らせ続けてはすぐにバテてしまいます。どこかで休むか、あるいは近くにアジトがある筈です。行きますよ」

「はい!!」


 二人はラット爆弾の後を追って走り出した。



「あ、ユミエさまの爆弾は[人間不殺]の縛りがありますけど、どうするんですか?」


 それなりの速度で走るユミエと並走しながらリノンが問う。

 野生化していた時もそうだが、この少女のタフさは外見からは計り知れない。


「もちろん、手は考えています」

「で、でも爆弾は威力がまったく出ないんですよ?」

「そうですね。ですが――」


 ユミエがニンマリと笑う。いつかと同じ牙を剥くような凄絶な笑みだ。


「――殺さなければよいのです」



 ◇



「よし、ここまで逃げれば奴らも追ってこれないだろう」


 宿場町から馬の脚で一時間ほど走った場所でチンピラは馬を降りた。

 馬は息を荒くして今にも倒れそうになっている。途中で速度は落としたものの、全力疾走からそのまま休まず長距離を走ったのだ。むしろ良く持った方だろう。


「なかなか良い馬だな、お前」

「――――」

「安心しろ。オレ様がきっちりこき使って、動けなくなったら鍋にしてやるからな!」

「ッ!?」

「ハハハ、そんなに喜ぶなよ。照れるじゃねえか」


 馬の背をばしばし叩きながらチンピラが笑う。

 この男、致命的に空気が読めないのだ。

 それこそが、ひとつとはいえ権能を使う才能のあるこの男がチンピラなぞに身を堕している原因だった。

 辺りは日が暮れかけている。命が惜しい街の人間達は防壁の内側に引き籠る時間だ。


「――もし、そこの方」

「ああん?」


 だが、チンピラの予想に反し、馬を降りてから間をおかずにその背に声がかけられた。

 振り返れば、顔に殊更な笑みを張り付け、手にネズミのような物を載せた優男が立っていた。

 その笑みを見ていると、知らずチンピラの背には冷や汗が流れる。


「んだ、テメエは?」

「一身上の都合により貴方を爆破する者です」

「上等だっ!! ――セット!!」


 ユミエの口上に戦闘を即決したチンピラが剣を抜き、炎を灯した。

 そのままの勢いで踏み込み、いつの間にか片手に短剣を構えているユミエを間合いに捉えて斬りかかる。

 一連の動作に躊躇は微塵もない。

 チンピラの短くないチンピラ人生が告げていたのだ――こいつはヤバイと。


「オラアアアアッ!!」

「おっと」


 チンピラの斬り下ろしに対して、ユミエは刀身の側面を払うように短剣を振り抜いた。

 ギン、と鈍い金属音が響いてチンピラの炎剣が斬線を逸らされる。


「甘えぜ!! ――踊れ、炎剣!!」


 チンピラは無理に剣を戻そうとせず、言葉と共に柄から外した片手でユミエを指さした。

 すると、剣に纏わりついていた炎の蛇が突然動きを変え、ユミエに向けて飛びかかった。


「む!?」


 咄嗟に後退したユミエは手に持つ短剣で炎の蛇を迎撃する。

 蛇の顎と激突した短剣はやにわに雷撃を発して蛇の熱量を相殺した。


 間合いが離れ、仕切り直すように互いは剣を構える。


「へえ、そいつは魔法剣か。さぞや名のある名剣なんだろうな」

「さて、店頭に飾ってあったのは確かですが、何分、由来を聞いている時間はなかったものでして」

「そうかい。ま、その短剣もオレが有効利用してやるぜ!!」

「お好きにどうぞと言いたいところですが――」


 ユミエは短剣を構えたまま二歩三歩と進み、チンピラから3メートルの位置でピタリと止まった。

 チンピラは斬りかかろうと踏み出しかけて、しかし、ユミエが足を止めた距離(・ ・)に気付いて愕然とした。


「どうしました? 先程のように炎の蛇を放たないのですか?」

「テ、テメエ、どうしてオレの炎剣の間合い(・ ・ ・)がわかったんだ!?」

「貴方の顔色を窺って、ですよ」


 チンピラが激情でモヒカンを震わせつつ一歩を踏み出すと、合わせるようにユミエは一歩退く。二人の距離は3メートルのままだ。


「あまり殺気をぎらつかせるのはお止しなさい。敵に情報を与えるばかりですよ」

「う、うるせえ!! ――セット、来い、炎剣!!」


 膠着に耐えきれず、チンピラは駆けだして一気に間合いを詰めた。

 ユミエも後退するが、当然のように前進するチンピラの方が速度が速い。


「死ねや、狂人!!」

「落ち着きなさい。これ、あげますから」


 再度斬りかかろうとチンピラが炎剣を振り上げた瞬間、ユミエは手に持っていた短剣をチンピラにむけて放った。

 チンピラが反射的に炎剣から片手を離して短剣を掴もうとする。

 そうして、相手の意識が逸れた瞬間に――


「――セット、[トリモチ][接着]、2個、生成」


 ユミエは両の手に爆弾を生成した。

 男が使える今日の爆弾はあと[17]個。


「な!? テメエも魔術士だったのか!?」

「いえ、違いますよ」

「違うのかよ!?」

「反応いいですねえ、貴方」


 笑いつつ、ユミエは両手の爆弾を投げつけた。

 短剣を掴もうとして体勢を崩していたチンピラは慌てて後退するが、避けることあたわず、その両足に爆弾が張り付いた。


「な――」

「ジャスト5秒。爆発四散!!」


 次の瞬間、閃光と爆発が男の全身を包みこんだ。





「――って虚仮脅しじゃねえか!!」


 炎剣で煙を吹き飛ばしながらチンピラが吼える。

 多少頭がふらつくが、肉体にダメージはない。

 おちょくられていると感じて青年の顔は怒りで真っ赤になった。


「ヤロウ、ぶっ殺して――あれ?」


 その時になって、チンピラは自分の足が動かないことに気付いた。

 視線を下げれば、男の両脚は真白い粘着質な物体によって地面に確とくっつけられていた。


「な、なんじゃこりゃあ!?」

「トリモチですよ。ドリウガには無いのですか?」

「く、この、動け!! 動けよ!! 今動かないとあのイカレ野郎に何されるかわからねえんだよ!!」


 膝下近くまで両脚をトリモチに捕らわれたチンピラは必死に暴れるが、縫いつけられたように両脚は動かなかった。


「ところでチンピラさん。私、ひとつ試したいことがあるのですがよろしいでしょうか?」

「テメエ、この状況じゃそれ交渉じゃなくて脅迫じゃねえか!!」

「いえ、単なる宣告です。どちらにしろ貴方に拒否権はありません」


 きっちり3メートルを確保した位置でユミエは爆弾生成は開始した。


「――セット、[人格矯正][接着]、1個、生成」

「な、何をするだああああ!?」

「神にでも祈って――っとこの世界の最高神は今、絶賛魔王ライフを満喫しているのでしたね。ご愁傷様です」


 チンピラの胸元に爆弾を投げて張り付け、期待に胸を膨らませるユミエはそそくさと退避した。


「やめろ、やめ――ぐわああああ!!」

「たーまやー。……自分で言ってもつまらないですねえ」


 爆発に包まれるチンピラを眺めながらユミエは苦笑した。





 暫く待って、徐々に煙も晴れていった。

 そして、その中からトリモチ効果も切れて歩けるようになった男がひょっこり出てきた。

 ユミエは一応警戒して爆弾を出せるようにするが――


「――ヤア。ボクハ、キレイナ、チンピラダヨ」


 なんということでしょう。

 あのどこからどう見てもチンピラだった男は、今や爽やかに口元が光るナイスガイに一変しているではありませんか。

 特徴的だったモヒカンも消し飛んだのか、男の頭は夕日を反射する綺麗なつるっ禿げに変わっていた。


「コノ短剣ハ、オ返シシマス」

「はい。ありがとうございます」


 返却された短剣を鞘に納めながら、ユミエは自然と口角が吊り上がっていくのを感じた。


(ふむ、人格の矯正は人としての“死”に入らないのですか。興味深い)

「さて、ここら一帯に詳しい貴方に案内をお願いしたいのですが? 無論、報酬もお支払いします」

「イイデスヨ」

(それにしても、効きすぎた気がしますねえ)


 まあいいか、と無駄に前向きな精神でユミエはスルーした。



 ◇



「あ、ユミエさま!! 大丈夫でした――か?」


 相手を刺激しない為とか適当な理由を付けて待機して貰っていたリノンの元にユミエが帰ってきた時、その隣には禿げ頭がいた。

 出迎えるリノンが小首を傾げる。見たことがあるような気もするが、この世界に来てから白い歯をきらりと光らせるような好漢に会った覚えはないのだ。


「遅くなりました、リノン」

「はい。あの、そちらの方は?」

「現地協力者です。しかし、もうチンピラとは呼べないですね。……そうですね、あなたは今日からボールドと名乗りなさい」

「ボールド……意味は分からないけどいい響きっすね、兄貴!」


 まだ爆破から数分しか経っていないが、ボールドは既に人格矯正から立ち直っていた。

 人間は意外と丈夫である。おまけに憑き物が落ちたような青年の顔は無駄に清々しい。


「あのボールドの意味って……」

「たしか、私の元居た世界のワインの名産地でしたか」

「いや、それはボルドー……」

「ん? どうしたんですか、姐さん」


 主に頭部で夕日を反射する爽やかなボールドを見て、リノンは曖昧に微笑んだ。

 リノンがひとつ大人になった瞬間だった。

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