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一発目

「……ま! ……さま!」


 まどろみの中、ユミエは自分を呼ぶ声を聞いた気がしてゆっくりと目を開けた。

 視界に映るのは高い木々の枝。背には下草の感触。鼻孔には生臭い草花のにおい。


 徐々に覚醒する意識に従って周りを見回せば、ユミエは自分がまばらに木の生えた森の中にいることを理解した。

 生前の習慣で時計を探すが、近くには見当たらない。ひとまず、木々の葉を透かして届く陽光の角度から日が昇ったばかりであることは感じられた。


(ここが異世界ですか。あまり元の世界と変わらないようですが……)

「ユミエさま!!」

「ん?」


 その時になって初めて、ユミエは仰向けに寝ている自分の腹の上に乗っている少女に気が付いた。


「起きられましたか、ユミエさま!!」

「……」


 鼻先がぶつかるほどの至近距離で大声を出されてユミエは目を白黒させたが、そのおかげで意識は完全に覚醒した。

 ひとまず手探りで少女の首根っこを掴んで横にどかして、ユミエは『ドリウガ』の大地に立った。


(体に異常はない。爆弾生成も――使用可能。周囲にはこの娘だけのようですね)

「それで、あなたは?」


 片膝をついて目線の高さを調節し、ユミエは子供向けの笑顔で少女と向き合った。


「閻魔さまよりユミエさまのお世話を仰せつかりました、リノンと申します!!」


 10歳程度の外見をした少女は若草色の髪を揺らして溌剌と答えた。

 顔には大輪の笑顔。成長と途中と思しき小柄な体には動きやすそうな短パンと皮の防具を纏っている。


「元気がいいですね、リノンさん。おいくつですか?」

「今年で107歳です!」

「そうですか。私とはちょっと時間の感覚が違うようですね」


 異世界だしそういうものなのだろうとユミエは自分を納得させた。


「わたしはユミエさまの居た世界と、この『ドリウガ』の知識の両方を持っておりますので、分からないことがあったらなんでも聞いてください! あと、わたしのことはリノンとお呼びください」

「はい、お願いしますね、リノン。私のこともユミエでかまいませんよ」

「お仕事ですので!」


 他意のない笑顔にユミエは苦笑を返した。


「……あの世も大変ですね。それで、ここはどこで、私達はこれからどうすればいいのですか?」

「ええっと、この異世界の手引きによると――」


 リノンはポケットからメモ帳のようなものを取り出して読み始めた。

 異世界行(こんなこと)までマニュアル化されているのかとユミエは呆れたが、よくよく考えてみれば自分の前に200人も挑んで、出戻りした世界なのだ。マニュアルのひとつくらいできていてもおかしくないだろう。


「まず、わたし達の大目的は魔王と四天王の撃破です」

「魔王だけ撃破することはできないのですか?」


 至極もっともな男の問いに、しかし、リノンはかぶりを振った。


「魔王は四天王に命の一部を預けています。四天王を倒してからでないと魔王はその場で復活するみたいです。17人の勇者がそれで敗北しました」

「……では、当面の目標は四天王の撃破となりますね。ひとまずは正攻法で行きましょう」

「それから、ここは中央大陸の辺境の森ですね。特に名前などは付いていません」

(名前がない? 未開拓地域ということですか)

「リノンは地図を持っていますね?」

「はい、こちらになります」


 リノンの差し出した手引きには簡単な大陸の地図が書いてあった。

 中央大陸と呼ばれるこの大陸は大雑把にいえば横長の長方形の形をしており、現在地は大陸の南東、中央に王都、北西に魔王の城があるようだ。


「この地図を作成したのはあの世の方ですか?」

「何代か前の勇者さまが残されたものです。そういう方面の権能を頂いたらしいです」

「ありがたい話ですね」

「はい。それでですね!」


 地図から顔を上げると、リノンが待ちきれないとユミエの裾を引っ張っている。

 107歳児は元気ですねえ、などと失礼なことを考えながら爆弾魔は先を促した。


「手引書によりますと、わたし達はまず魔物か野盗に襲われている人を探して助けるべし、とのことです! 人助けですよ、ユミエさま!」

「敢えて危機に陥らせた所を助けて現地の協力者を作る。中々ヤリ手ですね、リノン」

「えへへ、それほどでもないです」


 意味が分かっているのか定かでないが、嬉しそうにはにかむリノンを適当に相手しつつ、ユミエは早速移動を開始した。

 森の中には獣道だろうか、森の間を横断するように一本の踏み固められた道があったので特に迷うことはなかった。

 魔物とやらでも出れば爆弾の餌食にするところだったが、幸か不幸か森の中では何も遭遇しなかった。

 リノンに聞いてみた所、歴代の勇者が皆ここに転送され、代々練習(チュートリアル)代わりに魔物を殲滅していくので、遂に何代か前に森中の魔物は絶滅したらしい。

 数時間探し回れば繁殖力の高いスライムやゴブリンくらいは繁殖(リポップ)しているかもしれないらしいが、ユミエはそこまで気が長くはなかった。



 二人で雑談しながら二時間ほど歩き通すと森が途切れ、街道がみえてきた。

 リノンの説明によると、この街道は近くの町に繋がっているらしく、ひとまずは道なりに進めばいいらしいのだが――


「……あ」

「おお、見事に襲われていますね」


 森を抜けた二人が最初に見たのは横倒しになった馬車とそれに襲いかかっている狼のような巨大な魔物。そして、馬車を必死に防衛する男の姿だった。


「なかなか幸先がいいようですよ、リノン」

「というか、辺境だと魔物を抑制するものがないですから、街道を歩いていたらその内こういう光景に出くわすみたいです」

「人心が荒んでいそうな世界観ですね」

「とりあえず、お助けしますか? といっても、わたしはあまり強くないのですが」

「かまいませんよ。爆弾も試してみないといけませんし」


 申し訳なさそうに俯くリノンの頭を撫でつつ、ユミエはにんまりと笑った。

 それはお預けされていた玩具を遂に渡されたような満面の笑みだった。



「そこの方、お助けします」

「ッ!? ありがたい! 頼みます!」


 馬車を背に槍を振るっていた男にひと声かけてユミエは戦線に介入した。

 数メートル先には狼を二回りほど大きくしたドリウガの敵対生物――魔物が3匹、口元から小さく火を吐きながら男の隙を窺っている。

 どうやら馬車を倒したはいいものの、長槍が厄介ならしく持久戦の構えに入っているようだ。


(獲物が弱るのを待つ知能はあり、と。しかし――)


 ――今この瞬間はそれが仇になる。


 ユミエは笑みを消して視界に爆弾生成の小窓を展開した。


(爆弾生成はレベル1。一日に[10個]まで。閻魔様に1個使ったのはカウントされていないようですね。いい人、もとい、いい神様だ)


 無駄遣いはできない。しかし、現状、自分の手にある武器もこれひとつ。

 であるならば、1個で最大効率を求めるしかないだろう。


(となると、やはりアレですか)

「――セット、[炸裂化]、個数1、生成」


 掌に出現したのは拳大のパイナップル型の爆弾。

 爆発と同時に細かな鉄片を打ち出すシンプルな殺傷兵器。

 脳内で今日の爆弾が残り[9]個になったのは認識しつつ、ユミエは手の中の爆弾を振りかぶり――。


「それ!!」


 そのまま丁度魔物たちの真ん中に落ちるように投擲した。

 魔物たちは石か何かと思ったのか、それが当たらないとわかると視線をこちらに戻した。


(――かかった)


 着火まであと2秒。

 威力は現状出せる最大設定にしたが、果たして――


 次の瞬間、魔物の足元に転がった爆弾が閃光と共に爆発し、同時に発射された無数の鉄片に貫かれ、狼型の魔物がまとめて吹き飛んだ。


「おお!! 凄い威力ですね、ユミエさま!!」

「こういう時は“たまやー”と言うのですよ、リノン」

「はい!! ターマヤー!!」


 リノンの様子に和みつつ、ユミエは視線を共闘した男に向けた。

 男は何か恐ろしい物を見たような顔をしているが、ユミエが着目したのはそこではない。


(ふむ、炸裂した破片は彼も効果範囲内だった筈ですが無傷(・ ・)ですか。不殺設定は機能しているようですね)


 効果範囲内に男がいても起爆した時点で予想していたが、[人間不殺]の効果は自分が思っているよりも、文字通り“神がかった”ものらしい。

 つまり、誰かに爆弾を持たせて特攻しても何も問題はない訳だ。爆破が捗りますね、と。ユミエは笑いだしたくなるのを堪えるのに随分と苦労した。



 ◇



「いやぁ、助かりました。まさかこんな辺境で魔術士様に助けられるなんて思っておりませんでした」

「困った時はお互い様です!」

「こちらこそ商品を頂いてしまってすみません」

「いえいえ。それは先の襲撃で駄目になった分ですから。お気になさらないでください」


 行商人だという男はユミエが転移した森を抜けて街まで行く途上だったという。

 目的地が一緒ということで二人は馬車の荷台に乗せて貰っていた。

 二人の手には干した果物がある。魔物に壊された貨物の一部だ。先程の謝礼代わりに貰ったのだ。


 戦闘後、横倒しになった馬車を立て直したり、逃げ出した馬を回収したり、魔物からはぎ取りをしたりしている内に主にリノンと仲良くなった男はすっかり気を許していた。

 天真爛漫な少女は今も荷台から身を乗り出して御者台にいる男に朗らかな笑顔を向けて話を弾ませている。

 遅ればせながら、ユミエは何故リノンが案内役に遣わされたのか理解した。


(このコミュ力ならどこに行っても食べていけるでしょうね)


 リノンの笑顔に頬を赤らめる男を見てユミエは深く頷いた。

 あるいは男に性癖的な意味で新たな扉を開かせてしまったかもしれないが、ユミエの知ったことではない。


 ともあれ、雑談ばかりでは折角の情報収集の機会が無意味になってしまう。

 干しぶどうの甘味を口の中で味わいながら、ユミエは頭を情報収集用に切り替えた。


「やはり辺境の行商は大変ですか?」


 会話の間を縫うように話しかけてきたユミエに男は首だけ振り向いて頷きを返した。

 その横顔に猜疑の色はない。リノン効果は連れ(オマケ)にも発揮されるようだ。


「確かに大変ですね。手も足りないですし。ですが、我々商人が頑張らないと……辺境は特に物流が滞っていますので」

「やはり、魔王のせいですか?」

「ここらはむしろ四天王ですね」

「ほう、四天王が近くに居るのですか?」

「ご存じないのですか? あの山ですよ」


 商人が指さした先にはもくもくと煙を上げる火山がある。

 断続的に煙の上がる様子からは噴火の予兆がはっきりと見て取れた。


「あいつが来てから急に煙を吐き出し始めたんです」

「あいつ?」

「ええ。火の四天王のイグレイドとか言う奴ですよ。奴は悪魔ですよ。辺境だけでももう5つの村が燃やされている。その上、あいつは必ず生存者を残すんです。自分の恐怖を伝える為に――」

(ご主人様!! これは……機ですよ)

(どこがですか。こういう時はまず装備と糧食の確保が先決ですよ)


 語りに熱の入ってきた御者台の男に気付かれぬよう耳打ちするリノンに、ユミエは同じく小声で返す。

 ひとまず、相手に地の利があるというのは重要な情報だろう。


(何か手を考えないといけませんねえ)


 視線の先、遠くには防壁に囲まれた町が見えて来ていた。





 ユミエ達が町に着いた時には既に日は傾きかけていた。

 二人は商人と別れ、魔物の一部を換金するついでに情報収集もしておいた。

 辺境ということもあり、あまり情報は集まらなかったが、ひとまず常識で苦労するような場面はなくなるだろうと、ユミエは考えていた。

 余談だが、情報収集においてもリノンはそのコミュ力を如何なく発揮した。


「そういえばリノンは何が出来るのですか?」

「わたしは[サバイバル]の権能をもっていますので、狩りと調理が出来ます!」


 屋台で買った串を頬張りながらリノンが元気よく答えた。


「狩り……魔物も食べられるのですか?」

「私にかかれば当然です。魔法で水も生み出せます!!」


 えっへんと平らかな胸を張るリノン。

 ユミエは目を細めるように笑ってその頭を撫でた。


「それはいいことを聞きました」


 その笑みはあまりに獰猛な笑みで、リノンは危うく手に持った串を取り落とすところだった。


「あの、ユミエさま?」

「出発しますよ、リノン」


 ユミエはその足で道具屋に入り、旅に必要な道具を揃えた。

 それだけで魔物を討伐して得た金は使い切ってしまったが気にする様子はない。


「ユ、ユミエさま、これじゃあ宿に泊まれないですよ!?」

「そうなりますね」

「もうここを出るんですか? でも、武器も防具もないですし、それに他の街に行くには関所でお金を払わないと――」

「ええ、先立つ物が必要ですね」

「ちょ、ちょっと待ってください。ええっと、異世界の手引きによると……町に着いたら宿屋で一泊、しかる後にギルドに登録して冒険者になるようにと」

「相変わらず役に立つのか立たないのかよくわからない手引書ですねえ」


 ユミエは苦笑しつつ、その足を町の入り口近くにある武器屋へと向けた。

 事前の情報収集で、その店が一番品揃えがいいと聞いていたのだ。


「リノン、ギルドに掲示されていた手配書を見ましたか?」

「え? 討伐依頼と一緒にあった犯罪者の情報ですよね? それがどうかしたんですか?」

「人相書きもなく、まともな情報は載っていない。手配犯といっても、自白があるか、拷問するか、現行犯で捕まえねばならないらしいですね」

「そうみたいですね。衛兵さんも困ってました」

「魔法とやらがどの程度かわかりませんが、この世界の情報伝達能力は、少なくとも辺境では低いのです」

「じゃあ、魔王達の情報を集めるにはもっと大きな街に行く必要がある、ですか?」

「そういうことです。つまり――」

「つまり?」

「ここにはもう用がないのです」


 二人はそのまま武器屋に入った。




 暫くして、閃光と爆発を背に、ありったけの金貨と武器を背負った二人が飛び出した。



「いやあ、人死の出ない爆弾は使い勝手がいいですねえ」

「ユミエさまああああ!!」

「どうしました? 置いて行きますよ、リノン」

「ユミエさまのばかあああ!!」


 少女の悲鳴が暮れゆく空に響いた。

 通報を受けて衛兵が飛んで来た時には既に二人の姿は影も形もなかった。

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