エピローグ
「……しかし、お前も随分と無茶をしたな」
かつてと同じ薄ら暗い法廷。
あの世の法を一手に司る閻魔は目の前で曖昧に微笑む男を前に深々と溜め息を吐いた。
最近、胃痛がひど過ぎて胃薬の効きが悪くなってきた矢先にこの男が30年ぶりにドリウガから戻って来たのだ。
それを迎える閻魔の心労は推して知るべしである。
「いや、まずは魔王討伐を称賛すべきであったな。見事だ、ヒボウユミエ。お前は我の予想以上に多大な成果を挙げた」
「ありがとうございます」
「う、うむ。そして、宣告通り、刑期は短縮しようと思うが――」
閻魔はちらりと部下の赤鬼と青鬼に視線を向ける。が、二人とも冷や汗を流しながら視線を逸らした。
自分が言うしかないか、と閻魔はこれみよがしに溜め息を吐いた。彼らの給与査定が楽しみである。
「コホン、そういえばあ奴……ディシガンデアは元気にしておったか?」
「はい、キチンと御役目に励まれておりましたよ」
明らかな話題逸らしにもユミエは笑顔で頷いた。
ユミエも主観的には既に五十代だ。多少の我慢は身に付いたと自負している。
(ディシガンデア様にも何度も大人げないと言われましたしねえ)
故に、一度目は我慢する。
「それで、二度目の死を迎えた私はどうなるのですか?」
1秒我慢した。ユミエは速攻で話を本題に戻した。
閻魔の顔が苦虫をダース単位で噛み潰したような殊更渋い物になる。
「あー、刑期は短縮しようと思ったのだが――」
閻魔は珍しく口ごもる。即断即決を旨とする神としては数百年ぶりの挙動だ。
捨て駒のつもりで異世界に送った男は見事、魔王を倒して勇者としての任を果たした。
魔王は最高神として“転生”し、きちんとした就労規定も作られた。もう超過勤務とサビ残に咽び泣く神はいないのだ。
ドリウガがこれからどうなるかはそこに生きる者達次第だが、少なくとも神の勝手で荒らされることはないだろう。
色々な意味で犠牲になった者もいない訳ではないが、それでも世界は救われたのだ。
男を送った張本人である閻魔としては称賛こそすれ、小言を言うつもりはなかったのだが――
「――何故、送った時よりも刑期が長くなっておるのだ!?」
思わず木槌を打ち付けてツッコム閻魔に、ユミエはいつかと同じ笑みを向けた。
顔に刻まれた皺は多くとも、その笑みの凶悪さに変化はない。
――ユミエの主観で三十年前
明らかにオーバーキルである惑星破壊爆弾百発を受けて跡形も残さず消し飛んだ魔王はそのまま速やかにあの世へと連行された。
そして、すぐさま即決裁判を経て、閻魔の説教および再研修が行われ、お仕事から解放されたユミエがドリウガでヒャッハーしている間に最高神ディシガンデアとして転生した。
併せて、燃料にされた湖の女神や配下に加わっていた四天王も下級神として転生、ドリウガにおいて魔王が起こした騒乱はひとまずの決着がついたといってよい。
だが、本来ならば、ディシガンデアは地獄にて相応の罰を受ける筈であった。
ディシガンデアは最高神でありながら魔王に堕ちてあまりに多くの者を巻き込み、世界ひとつを混沌の渦に叩き込んだ。
それは決して地獄百年巡り程度で贖われる罪ではない。
しかし、そんな悠長なことを言っていてはいられなかったのだ。
「あんなに簡単かつ多彩な爆弾が作れるとなると……試したくなるでしょう?」
なぜなら、この爆弾魔がドリウガに留まっていたからだ。
「お、お前という奴は……」
閻魔が疲れたように手で顔を覆う。
照れたように頭を掻くユミエは、しかし、魔王を倒した後、三十年と少し世界中を好き勝手に爆破して回った。
お供のリノンとボールドも何だかんだと言いながら、ドリウガぶらり爆破ツアーを楽しんでいた。
ブレーキ役のいなくなった一行がどうなったかは想像に難くない。
“最高神”ディシガンデアも何度もユミエを諌めたが、ユミエの能力的に星を人質に取られたような物なのであまり強くは言えなかった。おまけにリベンジマッチも全敗した。
[人間不殺]の縛りがなければとうの昔にドリウガは並行世界の端から端まで消し飛んでいただろう。
「すみません、閻魔様。魔王だったディシガンデア様を爆殺した後は速やかに自害しようと思ったのですが……」
「――自分を殺すことができなかった、か」
閻魔が小さく呻く。
成程、[人間不殺]はユミエ本人にも適用される。
人間である自分を殺すような行動は採れなかったのだ。
閻魔としては自分の生成した爆弾に巻き込まれないようにする為の保険程度のつもりだったのだが、まさかこのような形でユミエを拘束するとは思いもよらなかった。
「それにしてもやり過ぎだ!!」
「申し訳ありません」
まったく反省の色が見えないユミエ。これで50代だというのだからある意味で驚きである。
閻魔はもう一度深々と溜め息を吐いた。
「それでだ、ユミエよ」
「私は別に魂が擦り切れても構いませんよ? 二度目の生も十分に楽しめました」
「それは我の法に反する。刑期は満了せねばならない。誰であっても例外はない」
閻魔が木槌を叩くと、いつかと同じように奥に扉が生まれた。
同時に、ユミエの姿は老いたものから若々しいそれに変わっていく。
ユミエは若返った己の体を見て苦々しげな顔をした。
三度目の生。それも、また異なる世界だろう、心躍らぬ筈がない。新しい爆破への期待で星も動かしかねないほどだ。
だが、万物は失われるからこそ美しい。
かつて魔王に言ったその言葉に嘘はない。
であれば、自分も失われなければ嘘であろう。
「今度の世界は魔王とその配下十六神将だ。能力も初期化してある。お前とて簡単にはゆかぬ」
「閻魔様、私は――」
「くどい!!」
閻魔は一喝して木槌を叩きつけた。
遠雷のような響きに、ユミエは微かに眉を顰めた。
「既にリノンとボールドも了承し、現地に向かっておるぞ」
「!! ……ヤリ手でございますね、閻魔様。財布は随分軽くなったようですが」
「…………今度はやり過ぎるなよ、ユミエ」
「それは保証しかねますな。――セット」
ニンマリと笑う爆弾魔の手に黒光りする爆弾が生成される。
導火線には既に火が付いており、数秒後の爆発を待ち受けている。
熟練のタッチで閻魔の肩に張り付けられた爆弾はいつかの予定通り[肩凝り]その他を爆破する。
「――これは私の生きがいですので」
全てのものにはいつかは終わりがやって来る。
しかし、それは今ではない。
ならば、それまでは自分らしく生きる。
そうして、華やかな爆発を背にユミエは新たな異世界への一歩を踏み出した。
トリップ・ボマー:完
あとがきは活動報告にて。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました!