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九発目

「――さて、あと残すは魔王だけなのですが」

「あ、あの、ユミエさま。城から誰か出てくるんですけど……」

「ん?」


 一行の中で最も目のいいリノンが震えながら向こうを指さす。

 三人の視線が魔王城の跡地に向く。


 そこにはいつの間にかひとりの老人が立っていた。


 ソレは時の重みを体現したような存在だった。

 顔には幾重にも皺が刻まれ、髭は足元まで伸び、長大な杖を持つ腕は節くれ立っている。

 だが、その立ち姿には弱さはない。

 傲然とした態度に夜闇よりも黒いローブを纏い、ゆっくりと踏み出す一歩一歩に空間が悲鳴をあげるような威圧感がある。

 誰に言われずとも各々の魂が戦慄と共に理解した。



 ――アレが[魔王]なのだと。



 10メートルを隔てた地点で魔王が足を止め、つと杖の先でユミエを指した。


『貴様が今代の勇者か』

「貴方が魔王ですか?」


 物理的な重圧さえ伴なった魔王の声にリノンはびくりと震え、ボールドはそそくさと隠れていった。

 ユミエも笑みが引きつりそうになるのを意志の力でねじ伏せ、どうにか維持した。


『そうだ。我こそはこのドリウガを統べる者、魔王ディシガンデアである』

「これはご丁寧に。私はヒボウ・ユミエ。一身上の都合により貴方を爆殺する者です」


 盛大な皮肉をこめて一礼するユミエに魔王は怒りもせず、むしろ感心したように厳かに頷いた。


『我を前にしてその虚飾を維持する胆力、見事である』

「……お褒めいただき恐悦至極」


 ユミエは面前に張り付けていた笑みを消した。

 仮面の下を見抜かれては隠す意味はない。


『よい顔だ』

「犯罪者の顔ですよ」


 表れたのは犬歯を剥き、口角が裂けるほどにつり上がった獰猛な笑み。

 誰かを、何かを爆破するときにいつも浮かべる“爆弾魔”の本性だった。



『――ユミエよ。我と取引するつもりはないか?』



 爆弾魔の顔に何を見たのか、魔王は素っ頓狂なことを言った。

 これにはさしものユミエも眉を顰める。


「取引、ですか?」

『この世界を半分やろう。我に傅き、仕えよ』

「……」


 ここで安易に頷くユミエではない。

 魔王もそれは承知しているのか、若干重圧を緩めて言葉を続ける。


『貴様と貴様の従者の死後、閻魔に返さぬことも出来る。我の元で生きよ』

「四天王のように、ですか?」

『そうだ』

「永遠に生きられるというのですね?」

『そうだ』

「ユミエさま!?」


 何かを言おうとするリノンを制する。少女の小さな手には今までの旅で役に立ったのか、立ってないのか微妙な手引書が握られている。

 しかし、爆弾魔は少女の発言を許さない。

 この交渉は既にユミエと魔王の戦いと化しているのだから。


「……答えが決まりました」

『聞こう』


 魔王は厳かに頷いた。

 その姿こそかつての最高神であり、世界を混沌の渦に陥れている魔王の姿だ。

 無限に等しい年月を経た顔にはこれ以上ない自信が窺える。

 永遠。自由に使える時間。超過勤務とサビ残に苦しめられた己が、それこそ魔王になるほどに求めたものだ。

 そして、どの世界の人間にとっても[不老不死]は永遠の夢であることを魔王は知悉している。


 ユミエが視線を上げて真っ直ぐに魔王を見据え、ゆっくりと口を開く。


「答えは――」




「――お断りします。おとといきやがれ、ですよ、魔王ディシガンデア」




『……理由を答えろ、ユミエ。遺言になる』

「大した理由はございません。ただ――永遠などと、そんなくだらない(・ ・ ・ ・ ・)物を対価にされたからですよ」


 肩を竦めるユミエの気障な様子に、魔王は今の己の全てを否定されたような衝撃を感じた。


『え、永遠がいらぬと?』

「はい。そんな物は路傍の石ほどの価値もありません。万物は滅びるから美しいのです」

『…………』

「そして、貴方もまた滅びる。私の爆弾がそれを証明する」


 ユミエの視線に殺意が灯る。

 獰猛な笑みと、火花のような殺意。まさしくユミエの本性は爆弾そのものであった。


 対する魔王も衝撃から既に立ち直っている。

 身に纏うは全てを押し潰すような重圧と、全てを射抜くような傲然とした視線。


『貴様の権能。個数制限があるな』

「……気付かれていましたか」

『いくらあの世を統べる閻魔であろうと我の世界に無制限に権能は持ち込めぬ。他柱の世界に転移できる存在には制限がある』


 魔王の語るそれは死刑宣告だった。

 今のお前に残された[50]個の爆弾では自分に勝てないと、そう雄弁に告げていた。


(成程、だから初めは私もレベル1だったのですね)

「魔王様、最後にひとつお訊きしてよろしいでしょうか?」

『構わぬ』

「何故、私を配下に加えようと思ったのですか? 私が貴方に下ってもドリウガ産の勇者は生まれるのでしょう?」

『何を聞くかと思えばそんなことか』


 魔王は吐き捨てるように言った。


『知れたこと。貴様が配下にいれば閻魔も新たな勇者は送りこむことはできぬ。その間にこの世界の勇者を生む可能性のある種族全てを殺し尽くせばいい』

「壮大ですねえ」


 そう言うユミエが魔王を見る視線は敵を焼き尽くさんとする烈火の視線だ。

 殺意の火花は既にユミエという爆弾に火を付けている。


『貴様が下らぬと、いらぬと言った永遠を我は手に入れる』

「そうですか。ご勝手にと言いたいところですが、これも宮仕えの辛い所ですねえ」

『……戯言を』

「まったくですね。そろそろいい時間です。――始めましょう」


 未だ暗雲に包まれているものの、それでも微かに白み始めた空を見上げたユミエは思考を戦闘用に切り替えた。


『――来たれ、[天罰]の槍!!』


 ほぼ同時に、魔王が朗々と世界に命令を下し、応じて、空中に無数の光の槍が出現する。

 天を覆い尽さんばかりの光の槍雨。

 高熱の穂先を具えたその槍は武器であると同時に処刑具である。

 罪人であるユミエにとってこれ程相性の悪い武器もない。


『――ゆけ』

「――セット、[自動追尾][自走][飛行][対神特攻][大気圏突破]、20個、生成!!」


 ユミエも臆することなく爆弾生成を起動。

 爆弾ミサイルを並べたて着火、音速突破で射出する。


 天地の間で無数の光槍と爆弾ミサイルが激突する。

 連続する眩い閃光が辺りを照らし、無数の爆風が暗雲を吹き散らす。


 吹き荒ぶ衝撃から顔を庇いながらユミエは舌打ちした。

 対峙する魔王は既に光槍の第二射を構えている。


(我が事ながら情けないですね)


 敵に容易く機先(イニシアティブ)を許してしまった。

 知らず、魔王の重圧に押されていたのだ。


(いけませんねえ)


 戦闘中にもかかわらず思考の回転が鈍い。

 このまま正面からの撃ち合いを続けていればこちらの弾切れは確実。

 現状は魔王の掌の上で踊らされている状態という他ない。


『どうした、勇者よ。その程度か』

「まだまだ!! ――セット、リピート、20個、生成!!」


 しかし、ユミエに他の選択肢はない。

 一撃でも食らえば再起不能になる予感がする光槍を防ぐには爆弾をぶつけるしかない。

 だが、これで残りは[10]個。それが今使える爆弾の全てだ。


(ですが、もう少し、あと少しで――)


 魔王はまだ本気を出していない。ユミエは直感的にそれを察していた。

 腐ってもこの世界の最高神だ。こちらをどうにかするなど簡単にできてもまったくおかしくない。

 だが、魔王側の視点で見れば、次の勇者(・ ・ ・ ・)もそうだとは限らない。

 より強大で、より致命的な権能を持つ勇者が送り込まれてくる可能性は否定できない。

 故に、魔王はこの段になってもユミエが下るか、あるいは無力化して捕えられる可能性を捨てきれないのだ。


 ――その傲慢をユミエは穿つ。


 互いの得物がぶつかり、爆散し、双方がチャージに入ったその一瞬。


「――今です、リノン!!」

『なにっ!?』


 ユミエは傍らの少女に鋭く指示を出す。

 魔王は驚いて手を止め、猜疑の視線をユミエの傍らに侍る少女に向けた。

 全神経を集中し、魔王の権能を以てしても少女の秘めた能力に気付かなかったのだ。

 だが、それは迂闊であった。

 少女もまた閻魔により送られた存在。どのような権能を持っているのか――


「え? ご主人さま? 腹マイトですか?」


 リノンは状況についていけず、困ったようにユミエを見上げていた。


『ッ!? ――――ハッタリかッ!!』

「騙して悪いですが、お仕事なのですよ」

『こ、ここここの狂人があああッ!!』


 ここまで耐えに耐えた魔王の堪忍袋の緒が切れた。殺意と共に意識のすべてがユミエに向く。


 その一瞬こそユミエの狙いだ。


 爆弾魔がニンマリと笑う。

 そして、再度光槍を展開しようとした魔王の背中にピタリとミサイル爆弾が突き付けられた。


 この瞬間まで[隠蔽]されていたボールドが魔王の背後を取ったのだ。


「今っす、兄貴!!」


「――――起爆ッ!!」


『貴様等アアアアアアアアア――――ッ!!』


 直後、音速突破の爆弾に胴体を貫かれたまま第一宇宙速度に至った魔王は、ドップラー効果を帯びた怒声の尾を曳きながら大気圏を突破した。


 その直後、魔王の腹に刺さっていた爆弾が爆発し、衝撃が宇宙空間に走る。


『ガ、グフ……』


 さしもの魔王の零距離からの[対神特攻][神殺し][魔物特攻]の載った爆弾は堪えた。

 己の中身に亀裂が生じたことを実感した。


(――やってくれたな、ユミエッ!!)


 魔王は宇宙空間で物理的な意味で言葉を発せぬまま、怒りの視線を地上のユミエへと向けた。





「――この世界に私の知識通りの宇宙があるのかは知りませんが、私の爆弾を最大出力で使うには地上ではいけませんからねえ」


 空に打ち上げられた爆弾魔王添えの行く末を見上げていたユミエは歯を剥いて笑い、そして、高らかに謳い上げた。



「なにせ、[星が消し飛ぶ]威力なので。――セット、リピート!!」



 脳内で今まで加減していた威力の枷を取り払い、最大威力の爆弾を[10]個生成する。

 大きさは先程までの5倍以上。威力と大きさが比例する爆弾生成において大きさの倍化は威力の倍化を証明する。


「それでは根競べといきましょう、魔王ディシガンデア。あなたと私の爆弾、どちらが上か」

『――ぬううッ!!』

「無駄ですよ。[神殺し]のある限り、貴方はただの魔王に過ぎない」


 何故か宇宙に居る魔王の声が聞こえた気がしたが、ユミエは完全に無視してスイッチを押すように立てた親指を勢いよく押し込んだ。


「――消し飛びなさい」


 そうして、最大威力のミサイル爆弾が10個が発射された。


 音速を悠々と超え、ソニックブームを発し、大気圏を突破した爆弾が魔王に襲いかかる。

 無重力空間で思うように動けない魔王は、しかし、奇跡的に保持していた杖にあらん限りの魔力を込めて防壁を形成した。


 次の瞬間、10個の爆弾が防壁に着弾した。


 閃光が、衝撃が、爆発が、地上からでも観測できた。

 星を消し飛ばす威力の爆発10連続に、確かに宇宙が震えた。

 伝わる筈のない音が、しかし、ユミエの耳にも聞こえた気がした。


『……た、耐えきったぞッ!!』


 そして、敵の声も聞こえた――気がした。

 魔法がある世界なのだ。何でもありだろうとユミエは小さく頷いた。


「お見事です。そう言う他ありません」

『貴様にはもう爆弾は残っておらん。我の勝利だ!!』


 魔王の勝利宣言にユミエは肩を竦め、


「そこからなら見えるでしょう、魔王ディシガンデア」


 ただ一言、己の勝利の訪れを宣告した。




『あ――――』


 宇宙を漂う魔王は思わず感嘆の声を挙げていた。

 視線の先、ドリウガの星の向こうから眩い太陽が顔を出していた。


 その眩い美しさに魔王は暫し意識を奪われた。


 魔王でなければ焼け死んでいるほどに熱く、無慈悲で、しかし、何よりも平等な存在によって、淀んでいた魔王の魂に一筋の光明が差し込む。

 知らず、魔王の頬を涙が流れていた。


『これは――』

「――夜明けです。そして、私の爆弾生成の個数は回復する(・ ・ ・ ・)


 そうして、爆弾魔はニンマリと笑った。


『…………え? あの、我、もう改心フラグ立って――』

「でも爆殺します」

『いやいや、宇宙と地上で声が通じるなぞ奇跡ではないか!! 我らは分かりあえたのだ!』

「いーやーでーす。爆殺すると言ったら爆殺します!! そこに爆弾があるのです!!」


 ユミエは何度も命の危険を感じながらこの瞬間を待っていたのだ。我慢する気など欠片もない。

 夜明けとともに再び使用可能になった爆弾生成を脳内に起動する。


「魔王よ、貴方ほど爆破し甲斐のある者はこれから先現れないでしょう。ですので、貴方にこそ私の全力、是非とも受け取っていただきたい。ちなみに返品は受けつけておりません」


 事、ここに至って爆破しないなど爆弾魔の矜持に関わる。

 今のユミエならば神にすら「NO」と言えるだろう。というより、今言った。


「――セット、[自動追尾][自走][飛行][対神特攻][大気圏突破]、100個、最大威力で生成!!」


 再度、100個の星を消し飛ばす威力の爆弾を生成する。

 ユミエの周囲に整然と100個の巨大な爆弾が並び立つ。


 全弾最大威力で展開完了。

 標的は衛星軌道上の魔王。

 最終照準完了。順次点火。


「ありったけ食らって爆散なさい、魔王ディシガンデア」

『ぬぅぅぅわぁぁぁぜぇぇぇだああああッ!!』

「遅い」



 そうして、夜明けの空を100発の爆弾が雄々しく飛んでいった。



 それは魔王を爆殺する凶器であり、同時に、人類に勝利を告げる祝砲であった。

 100発の爆弾は過たず、魔王に着弾。

 大気圏をぶち抜いて無数の大輪の花が断続的に咲き誇る。

 星が揺れたのではないかという程の衝撃が世界中を駆け巡った。



「リノン」

「は、はい!!」


 呆けたように花火を見上げていたリノンは傍らの爆弾魔に声をかけられて正気に戻った。


「ユ、ユミエさま……」

「掛け声を忘れていますよ」

「あ!!」

「折角ですからボールドもやりましょう」

「ういっす!!」


 魔王に一撃入れて気力を使いきったのか、そのまま腰を抜かしていたボールドに手を貸して立たせる。


 空を見上げれば、刹那に咲き誇っていた色とりどりの花々も終わりが近い。


「では、皆さんご一緒に」


 三人は万感の想いを込めて


「――ターマヤー!!」


 空まで届けと全力の歓声を挙げた。

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