表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/11

プロローグ

 その日、最高裁判所大法廷は異様な緊張感に包まれていた。


「――以上の事実から、被告人、火暴弓単(ヒボウユミエ)は首相官邸を爆破したことにより国の統治機構を壊乱せしめたと認められる。よって、刑法77条の内乱罪に該当し、死刑とする」


 裁判長がそう宣告した瞬間、法廷内が大きくどよめいた。

 だが、むべなるかな。日本初の内乱罪の適用だ。驚くのも無理はないであろう。


 皆の視線が被告人席に座る男に向く。

 やや吊り目の、中肉中背。一見して、これといって特徴のない男だ。

 だが、その男こそマスコミに“爆弾魔”と呼ばれて連日連夜報道される極悪犯なのだ。



(しかし、最後でケチがつきましたねえ)


 当のユミエは被告人席で頭を下げながら心中で苦笑していた。


 ふと通りがかった街角で居丈高な男が「今の首相官邸は空っぽだ!!」などと演説していたのを聞いて、この機会を逃してなるものかと慌てて爆破したのがいけなかった。

 おかげで爆弾魔と持て囃された人生最後の爆破はいまいち芸術性に欠ける物になってしまった。

 他人を巻き込んだのも減点だ。幸いにして死者は出なかったが、人間のように水分の多い中身(・ ・)を巻き込むとどうしても炎の温度が下がり、見栄えが悪くなるのだ。


 だが、しかし、捕まったものはしょうがない。

 大人しく首を吊られるかと覚悟を決めたのが半年前(・ ・ ・)

 特に異変もなくユミエは現実からログアウトした――――はずだったのだが。




「――次の者、火暴弓単、前で出ろ」



 気が付けば、ユミエは薄ら暗い法廷のような場所に居た。

 名前を呼ばれたので日本人の習性に従っていそいそと被告人席に立ち、そこで驚きに目を見開いた。

 ユミエの視線の先、かつて検事が居た場所には青い肌をして角の生えた偉丈夫、いわゆる青鬼が立ち、弁護士側には同様に赤鬼が、そして、裁判長の居るべき場所にはこれまた随分と立派な黒鬼が鎮座しているのだ。

 傍らに小さな鏡を備え、豪奢な道服を纏い、手には金棒もかくやという凶悪な木槌を携えた黒鬼は見るからにこの場で最も偉いようである。


(これはまた随分とおっかないですね)


 世事に疎いユミエでも察しがつく。

 これはいわゆる所の“あの世”ではないだろうかと察しがついた。


「――お前の名前は火暴弓単で間違いないな?」


 威圧感を発しながら黒鬼が厳かに尋ねる。

 耳には雷鳴のような音が聞こえているが、それがどこから聞こえてくるものなのか、ユミエは考えたくなかった。

 それでも、心中の驚きと混乱を隠してユミエは深々と一礼した。


「はい。親から頂いた名前はそれで合っています」

「享年26歳だな?」

「間違いないかと思われます。所で、貴方様はどなたでしょうか?」

「……肝の据わった奴だな。我は閻魔羅闍。お前の罪を裁く者だ」

(閻魔様ですか、おっかないですね)


 ユミエは顔を笑顔に固定して頷いた。

 いきなり舌を引っこ抜かれる心配は無いようだ。


「はあ。では、私はどのような地獄に行くのでしょうか?」

「……極楽浄土に行けるとは思わんのか?」

「閻魔様、それはあってはならないことでしょう」


 訝しげな閻魔様の問いにユミエは肩を竦めてみせた。

 生前から数えて二回目の法廷だからか、男はこの状況下でも緊張感に慣れてきていた。


「私は生前、心の赴くままに多くの方々に迷惑をかけてきました。いくつもの建物を爆破し、警察の目を欺き逃走し、またいくつもの爆破行為を繰り返しました。それが罪だと言うならば、一度死んだ程度で贖われては日々を懸命に生きている方々の立つ瀬がないでしょう」

「……う、うむ」


 朗々と述べるユミエを閻魔は「また変なのが来た」という顔で見ていたが、暫くして顔を緊に戻して頷いた。


「たしかに、生前のお前は殺人こそ犯しておらぬが、無辜の民草を無用な混乱に巻き込んだことに間違いはない。放火および建造物損壊を主として多くの罪を犯した」

「内乱罪は含まれないのですか?」

「地獄に国はないのでな」

「しかし、裁判制度はある。不可思議な世界ですねえ」

「お前の存在ほどではないわ」

「おや、これは一本取られましたね」


 飄々としたユミエに調子を崩されるのか、閻魔はコホンと咳払いをひとつして場を整えた。


「お前の罪は重い。地獄で贖うには重すぎて刑期を終える前に魂が擦り切れてしまうだろう。そこで、だ」


 閻魔が大きく息を吸い、木槌を叩き鳴らした。

 薄暗い法廷に高らかな打音が響き渡り――



「――罪を贖う為に異世界を救え。それを以て刑期の短縮とする」



 その一瞬、ユミエは何を言われたのか分からなかったが、閻魔の視線を受けてニヤリと口角を吊り上げた。

 閻魔が本気であることを察したのだ。


「異世界とは大きく出ましたね」

「国家をひとつ敵に回して単独で立ち回ったお前の技量はそれに値するものと考える」

「そんな大層なものではございませんよ」


 再び肩を竦めてみせるユミエだが、閻魔はその態度には騙されなかった。

 目の前の男はただの一度も殺人を犯さず、しかし、ただの一度も爆破に失敗したことのない人間のようなナニカなのだ。

 運もある。能力も胆力もある。ただ常識が著しく欠けているのが不安だが、何とか鋏は使いようの精神で閻魔は異世界送りを決定した。


「しかし、またニホンジンか。結界が緩んでいるのであろうか?」

「何の話ですか?」

「こっちの話だ。それで、その世界『ドリウガ』は、我の同僚(カミ)が超過勤務とサビ残でトチ狂って“魔王”になって四天王を従えておる」

「それはまた派手ですね」

「うむ。もう勇者を二百人ほど放りこんだが解決せなんだ」

「派遣社員の辛いところですね。現地住民には勇者とやらはいないのですか?」


 どこかに送られるのは確定のようなので、ユミエは情報収集を優先することにした。

 対峙する閻魔は斬れ味のいい物言いに一段と渋い顔になっていくが、ユミエは空気を読まない。読めないのではなく、読まないという辺りに性格の悪さがにじみ出ている。


「居る。が、どこに生まれるかまでは死後と輪廻を司る我には手出しできん。魔王を倒せる勇者が育つには長い時とそれなりの運が必要だ」

「それを私が稼げ、と」

「そうだ。体のいい捨て駒だな」

「犯罪者にはお似合いですな」


 閻魔様が顔に「やっぱり変な奴だ」と書いているがユミエは気にせず話を進める。


「それで、一番重要なことですが、その世界に“爆弾”はあるのでしょうか?」

「爆破系の魔法はあるが、お前には専用の権能を与えよう」

「権能、とは?」

「神の加護のようなものだ」

「犯罪者風情によろしいのですか?」

「神を一柱弑しいてこいと言っておるのだ。必要経費だ」

「それはそれは……経費で落ちるといいですね」


 一瞬、閻魔が凄い顔になった。


 もしやポケットマネーなのだろうか。哀れな。

 心中で同情しつつ「では、お願いします」とユミエは笑顔のまま頷いた。


「……とりあえず、現地適応と翻訳、それから[神殺し]と[爆弾生成]を与えておく」


 閻魔様が木槌を叩くと、ユミエは体の奥に何か暖かい物が流れ込んで来るのを感じた。

 同時に、自分に与えられた力の使い方が記憶に書き込まれていくがわかった。

 あまりのお手軽具合に、生前の自分の努力が阿呆に思えてくるほどだ。


「……これが爆弾生成でございますか」

「うむ、様々な爆弾を生み出せる能力だ。威力や効果も思うままだ」

「どれどれ――」


 流れ込んできた感覚に従い、ユミエが爆弾生成と念じると視界に小窓が出現した。



 ・爆弾生成 レベル1

 あなたは一日に[10個]の爆弾を生成できる。

 最大威力:[人体が破裂する]程度

 操作範囲:[10]メートル以内

 機能付与:[1つ]まで



「……ふむ」


 とりあえず起爆時間を10秒に、機能として[接着]機能を追加した。

 他にも外観なども弄れるので脳内でイメージをこねくり回す。

 そうして脳内を高速回転させつつ、ユミエは視線を再び閻魔様に戻す。


「閻魔様、もう一つの神殺しというのはどのような効果なのですか?」

「お前の魂にかけた権能であるな。お前の攻撃に対し神とその配下は特性による防御を発揮できない。普通の強い生物に成り下がる訳だ」

「成程、逆説的に言うと、それが普通の方が魔王を殺せない理由ですか」

「そうだ。ドリウガには剣も魔法もあるが、神殺しだけはこちらが許可した者、つまりは勇者にしかない権能だ」

「それはご愁傷様ですね。しかし、剣と魔法ですか」


 ユミエも爆弾魔の嗜みとして爆弾の出てくるゲームは網羅している。リアリティに欠けるがあれはあれで趣があったと記憶している。


「では、私の爆弾はどんな神様にも効くんですか?」

「無論、効く。でなければ、魔王が特性を変更した時に対応できぬ故」

「……再度お聞きしますが、本当によろしいのですか? 私は犯罪者ですよ」

「それも対処が決まっている」


 閻魔様が再び木槌を叩くと、今度は体の奥に何か冷たい物が入り込んだ。

 心臓を鎖で縛られるような息苦しさにユミエは思わず咳き込んだ。


「お前の魂に『人間不殺の令』を刻んだ。お前は人間を殺そうと出来ず、お前の能力は決して人間を殺さない」

「殺さない? 発動しないのではなくて?」

「機能のひとつに[不殺設定]がある。人間に対しては常時その効果が発揮されておる。お前の爆弾も人間相手には精々が昏倒させる程度の効果しか持たん」


 人の死後を裁く黒鬼は傲然と宣告した。

 応じるようにユミエも笑みを深くする。


「そして私自身は人間を殺すような行動は採れないと。良くできていますね」

「先例達に感謝するのだな」

「その中にドリウガとやらで生きている方はいらっしゃいますか?」


 不慣れな場所では現地の協力者が必須だ。

 その程度のつもりでユミエは尋ねたのだが、返ってきたのは否定の応えだった。


「おらぬ。皆戻ってきた。また、我が送れる勇者は一人だけ。その一人が戻るまでは次を送れぬ」

(勇者軍団という訳にはいかないのですか)

「そして、全員失敗したと?」

「……そういうことになる」

「それはまた大変な場所に送り込まれるようですね」


 それでもユミエの顔には笑みが張り付いたままだ。

 言葉が通じて、爆弾さえあればどうにでもなる。

 短かかった人生の中でユミエはそれを確信していた。


「代わりに案内を一人付ける。向こうで合流させる故、詳しくはそいつに訊くといい」

「何から何まで感謝いたします」

「うむ。よく励まれよ、火暴弓単」


 閻魔様が三度木槌を叩くと、法廷の奥にどこからともなく扉が出現した。

 あれをくぐればいいのかと視線で問えば、大仰に頷かれた。

 随分と期待されているようだ。しっかりと応えねば、とユミエは決意も新たに被告人席を後にした。


「ということで、早速――生成」


 念じると、手の中に懐かしい重みが生まれる。

 見た目は黒光りする丸い物体。頂点から伸びる導火線には既に火が着いており、導火線を勢いよく食らっている。

 ユミエは自分のイメージ通りの出来にひどく満足した。

 これは、上下左右どこから見ても文句のつけようのない爆弾であろう。


「ほう! これはこれは……」

「何をしている。玩具ではないのだぞ」

「ああ、すみません」


 爆弾魔は被告人席を迂回し、扉へ向かう途上で何気ない風に閻魔のそれを肩に張り付けた。


「……む?」

「では行って参ります。閻魔さまもご壮健をお祈りしております」

「う、うむ。――って待てぃ!! お、お前何をしている!?」

「え、爆弾を張り付けただけですけど?」

「ちょ――」

「それではお世話になりました。また死後にお会いしましょう」


 そう言ってユミエはそそくさと扉を抜けた。





「ぬわー!!」


「……ホントに神様にも効くんですねえ」


 背後の爆発音を聞きながらユミエは感慨深げに頷いた。

 威力は調節したから死んではいない筈だ。たぶん、きっと、メイビー。


 気を取り直して前を向けば、扉の先、遠くに小さな光が見える。

 あそこへ向かえばいいのだろう。


「では、まだ見ぬ異世界に出発といたしましょう」


 そうして、ユミエは第二の人生へと踏み出した。



・爆弾生成 レベル1

あなたは一日に[10個]の爆弾を生成できる。

最大威力:[人体が破裂する]程度

操作範囲:[10]メートル以内

機能付与:[1つ]まで

恒常機能:[神殺し][人間不殺]

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ