その剣の意味(26)
「どこへ行くつもり?」
今まさに空間転移を行おうとしていたところへ、女の声が飛んできた。買い物袋を抱えたシャロンが、いつの間にか入り口に立っていた。内心舌打ちをしたシャルルだったが、平静を装って答えた。
「あなたも感じただろう。一瞬だが、近くで閉塞力の衝突があった。しかもあなたと同じ類の力――あの時セリアが呼び起こした死の力だ。彼女が関わっているかもしれん」
「確証はないでしょう。面倒なことになる予感しかしないわ」
「心配するな。無関係な連中なら手は出さないさ」
「今あなたの存在を露見させる訳にはいかないの。もうしばらく大人しくしていてもらえるかしら」
「くどい。あれきり何の進展もないくせに、いつまでも黙って言うことを聞いているとでも思うのか」
シャロンは言い返してこなかった。逃げたければ逃げろと言ったものの、本音では自分に消えてもらうと困るに決まっているのだ。とはいえ、それはシャルルも同じであって、ミンツァー一派の支援を切ってしまう気はない。このセカイで安定した生活を送り、あの村へ帰還するためには、連中を頼るのが最善なのだ。セリアと二人で逃避行も考えなくはなかったが、彼女に泥水をすするような真似だけはさせたくなかった。
細かいことで争うのは得策ではない。こうしている間にも時間は過ぎる。振り切って行ってしまおうとした時、電話が鳴った。ここの番号は限られた者しか知らない。シャルルは出ないよう言われているから、シャロンがいるのを見越してかけてきたものか。
買い物袋をシャルルに押し付け、シャロンは受話器を取った。「ええ」だの「それで?」だの、短い受け答えが繰り返される。内容ははっきりしないが、どうやら先程の異変に関係あるらしいことは、シャルルにも察せられた。「社長に報告しなさい」と告げたところで、会話は終わった。
「ザトゥマから。――今、例の墓守君と一悶着あったそうよ。さっきのはそれでしょうね」
「それだけか」
「それだけよ」
沈黙の中、二人の視線がぶつかる。今しがた、お互いの姿勢を巡って揉めていたところなのだ。この女の言うことを鵜呑みにするつもりなどまったくないシャルルである。かといって、問い詰めても事実は吐かせられないだろう。そこでせめて、自分は騙されないぞという態度を示すべく、目で釘を刺しに行ったのだ。
にも関わらず。シャルルは先に音を上げた。
死の色に濁った瞳は、釘を刺すどころか、見ているだけで精気を吸われるようだった。しかしそんなことは承知の上だ。凡百のセカイ使いならともかく、魔女の一族の寵児にとっては十分に抗し切れるものである。が、シャルルの視線はじりじりと逸れていった。嫌な感覚だった。セカイ使いとしての実力でも肝の太さでも、負けているとは思わない。だから彼が気圧されたのは、それ以外のものなのだ。この女には、有無を言わさず従ってしまう何かがある。
「やめよう。今ここであなたと争うのは無意味だ」
取り繕うように言ったが、事実上負けを認めた形だ。冷や汗が顔を伝っている。さっさと話題を変えようと、買い物袋をのぞき込んでみる。
「食料と……服、か?」
「似合いそうなのを見繕ってきたわ。今までは適当な部屋着しかなかったから。いずれ一緒に買物にでも行ければいいのだけど」
「これは外行きの服か? まさか、近いうちに外に出られるのか?」
「それよりこっちを見て」
「何だ?」
横を向いた瞬間、唇を塞がれた。
音を立てて買い物袋が落ちた。リンゴが二、三個、床を転がっていった。