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その剣の意味(23)

その剣の意味(22)を少し修正しました。最後の部分を(23)に持ってきて少し手を加えてあります。

 セリアの言うことはいちいちもっともである。物語を導くには、これくらいの打算は必要なのだろう。どこにあるのかもわからない死に場所を探し、その場限りの行動をひたすら繰り返してきたカイラルにとって、それは無縁のものであった。遥か先を見据えて自らの動きを決めていくなど、ほとんど経験がない。これでは仮の着地点さえ満足に決められないわけだ。


 あの死体の正体を探る。


 ザトゥマに一発くれてやる。


 ミンツァーの思惑を破壊し、思い通りにはならないという意志を示す。


 つたない想像力で導けるのは、せいぜいそんなところだ。それにしたって、所詮は目先の問題でしかないのである。


「根幹にあるものは、そう簡単に変えられませんよ」


 頭を抱えていると、セリアが口を挟んだ。


「先程も言ったように、私はあなたの生き方が間違っているとは思いません。これまで通り、死に場所を探すことを目的にしたって構わないのです。それでも私はついて行きます。自暴自棄な振る舞いさえやめていただければ」

「それ、矛盾してねえか。自暴自棄じゃない死に場所探しって何だよ」

「あなたは、自身に課した命題を軽く考え過ぎです」


 笑って流そうとしたカイラルだったが、セリアはなおも深く掘り下げようとする。


「本来、あなたのような若い人が自分から死を求めるなど、あってはならないことなのです。そんな異常な行いの結論を、簡単に導き出せるはずがありません。それは自暴自棄とは対極に位置する、悟りを開くような苦行です。それこそ、生とは何か、死は何かという命題に挑むことになるのです」


 そこまで大それたことをやっているつもりはなかった。自分はただ、あの死体から逃げ出したかっただけだ。わけのわからない悲しみと恐怖で、日常的に錯乱していただけだ。だから負の感情を消しさえすれば、死に場所を求めることもなくなる。そう思っていたのに、セリアは違うと言う。


「あの夜、仰っていたではありませんか。ただ無様に死にたくないとだけ考えて生きてきた。そうならないうちに死に場所を見つけたかった。だから成すべきことがあるのなら、きっとそれなんだと。そこまで考えて出した結論を、やけっぱちになった少年の妄想で片付けていいものでしょうか。例え死体の真実がわかろうと、負の感情を克服できようと、あなたは死を求め続けるとしか思えないのです」


 それは即ち求道者への道だ。聖職者か哲学者の生き方だ。まったくペリットの領分である。そんな生き方をするつもりは一切なかった。しかしセリアの目には、カイラルのもがく姿はそう映っているのか。


「あの時は冗談だったのかもしれませんが、戦争に行くというのならそれもいいでしょう。何をするにせよ、すべてはあなたがお決めになることです。ただ、あなたもご承知の通り、今までとまったく同じというわけにはいきません。頭の中だけの決意など、ないも同然。一生芽生えることのない、まさしく最初から死んでいる種子です。具体的な行動に移さなければ、果実は得られません。死にたいというのなら、本気で死んでください。私から言えるのはそれだけです」


 果たして助言のつもりだったのだろうか。それとも先程予告した通りの諫言なのか。カイラルにはどちらともつかず、どちらにせよ言い返せなかった。


 死にたいのなら本気で死ね。


 セリアからすれば、カイラルの死に対する姿勢は遊びも同然なのだろうか。自分の生き様を疑い始めているカイラルにとっては、刃物を胸にねじ込まれるような言葉だった。彼女とて、剣を預けようという相手にいい加減な姿勢は求めまい。できる限りカイラルに委ねるとは言うが、譲れない一線はあるはずだ。さしあたって、いつまでも悩んでばかりいるな、自分の目標くらい自分で決めてみせろ、と。


 相変わらず、都合のいい方向へ誘導しようとしている節はある。それでもセリアは、彼女なりにカイラルの生き様を評し、一つの道を示してくれたのだろう。甘えて鵜呑みにする訳にはいかない。それは自分の意志を尊重してくれたセリアの気持ちにも反する。しかし、たどるべき道は近くにあるに違いない。そしてきっと、彼女の道とどこかで交わっているはずだ。


 床に目を落として思考を巡らせていると、セリアがはっとなって立ち上がった。「申し訳ありません」と頭を下げた彼女は、少し焦っているようだ。


「好き放題言ってしまって。あなたの覚悟ばかり求めるのは失礼な話でした。主従となるならば、あなたから私に求めるものもあるはずですのに」

「いや、お前の言い分は正しいよ。それにお前の実力はよくわかってる」

「ですが、私はセカイ法すら使えない出来損ないです。先の通り、セカイ使い同士の戦いとなればほとんど役に立ちません。罪人の首を刎ね、火ばさみを押し付けることが唯一の役割。そのくせ、刑吏としても剣士としても、未だ不完全なのです。もし私が隙のない存在なら、障壁屑に襲われたあなたを前に、剣を抜くこともできずにいるはずがありません。……あんな汚らわしい男達に、好き放題させることもなかった」


 ぎり、と二の腕をつかんだセリアは、あの日の屈辱を思い返しているようだった。


「お前がそう言うなら、もらえるものはもらうさ。でも、それは今考えることじゃない。俺だってまだ何もしてないんだ。お前が役に立つ証拠を出せ、なんて口が裂けても言えねえよ」

「ですが、それでは」


 当面、二人は対等な関係を維持できるだろう。だが、カイラルが【セカイの中心】として成長すればするほど、従者としてセリアの果たす役割は小さくなっていくに違いない。ましてや、カイラルが本当の英雄になったとすれば、彼女から差し出せるものはないに等しい。その時点で二人の関係は破綻する。あまりに大きすぎる望みを撤回すればいいのだが、それで納得するような女ではないだろう。


 セリアはしばらく黙っていたが、やがて意を決したように顔を上げ、


「せめて、私の覚悟が偽りでないことだけは知っていただきたいのです」


 そう言って背中を向けると、上着を脱いで放り捨てた。


「行動で示すとはこういうことです。……鍵をかけてもらえますか」

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