その剣の意味(22)
改めてセリアと向かい合ったカイラルは、ずんと椅子に腰掛けた。屈辱と焦りと情けなさと、多くの感情がもつれ合いすぎたのか、一周して冷静になっている。開き直ったと言ってもいい。すると今度は、ザトゥマに対する単純な怒りが、沸々と上がってきたのである。
「俺も馬鹿だったよ。余計なちょっかい出して、お前まで危ない目に遭わせちまった」
「いえ、私は本当に気にしていませんから」
「だけど、あんなことで怪我はしたくないだろ」
「見くびらないでください」
セリアは口を尖らせた。
「私を危険に巻き込んだと悔いているのなら、それこそお門違いです。あの時は私も我慢がならなかった。だから止めなかった。火の粉をともに被るのは当然です」
「火の粉、ね。次はそんなもんじゃすまないかもしれねえぞ。軽率に動くべきじゃないと思う」
「ですが、あなたには閉塞世界の加護があるのです。そう簡単に死ぬようなことは」
「それだよ。俺はザトゥマよりそっちの方が気になってるんだ」
加護の存在くらいは、いい加減理解している。実際、それを計算に入れてザトゥマに挑んだのだ。しかし惨敗を喫した今、得体の知れない加護とやらに対する不安は大きくなるばかりだった。加護の効力を疑っているのではない。問題は、自分の行為がどのくらい現実をねじ曲げたのか、カイラル自身にもわからないということだ。ザトゥマとの戦いも、本来ならあっさりと殺されていたのが、生き延びるという結果へ強引に変えられたのではないか。そう思えてならない。
自分に都合のいい展開を引き寄せるためなら、ある程度世界の加護を利用せざるをえないだろう。それが【セカイの中心】たる自分に与えられた特権なのだから。だが、あの死神の言う通りなら、話を破綻させすぎれば歪みは自分に跳ね返ってくる。それが果たしてどんな形で現れるのか、まったく予想もつかなかった。
それでもセリアは「大丈夫です」と動じない。
「あの男を退けたのは、間違いなくあなた自身の力です。現実を大きくねじ曲げるほどの加護は働いていないと思います。私はむしろ、今日のことであなたが萎縮してしまわないか心配で」
「変に自重するなって言いたいのか。けどな」
「いいのです」
セリアはどこまでも、肯定の姿勢を崩さなかった。
「これからも思うようになさってください。あまりに稚拙な怒りで暴れるなら止めますし、諫言もしますけれど……できる限りは、あなたの意志に委ねたいと思っています。あなたはきっと、正しい選択をしてくださると信じていますから。命の危機に晒されようと、それがあなたの決断によるものなら、私はともに立ち向かいます。すべてを覚悟の上で、あなたについて行きたいと言っているのです。だからこそ、望みも氏素性も明かしたのです。何を遠慮することがありましょう。……それに、その」
急にうつむいたセリアは、わずかに頬を赤らめ、
「私だって、男の人と二人で遊び回るなんて、初めてのことでしたのに。それをあんな形で邪魔されれば、腹も立ちます」
見上げるような、じっとりとした視線を送ってきた。彼女も純粋に、楽しい一時をぶち壊しにされて腹が立っているに違いない。カイラルを止めなかったこと後悔していないのは事実だろうが、それとこれとは話が別だ。とにかくあのお邪魔虫を叩き潰したくて仕方がないのだ。妙にかわいい部分もある、とカイラルは苦笑した。
「じゃあもうあいつの後頭部に一発ぶちこんでやるしかないな」
「ええ、その時はぜひ一緒に」
「それはそれとして、俺も埋め合わせはする。今日みたいなのでよけりゃ、また誘うよ」
「本当ですか」
「何だったら他の街でもいいぜ。都市同盟の街はどこも毛色が違うからな。夕方の返事ってわけじゃねえけど」
実際、カイラルはリバーブルグにこだわりすぎていた。セリアの考えるような、長い旅になるかはわからないが、他の街へ出てみるのもいいかと思い始めている。それで答えが見つかるのなら。
「ただ、まずは例の調査だ。俺もあの街のことを全部知ってるわけじゃない。街の北側までは調べようがなかったからな。もしかすると状況が変わるかもしれない」
「それは、もちろん構いませんが。根本がずれているということはないのですか。夢に現れる死体の真実さえわかれば、あなたは彷徨うのをやめるのでしょうか」
「正直、わからねえ」
カイラルは胸を指先で突付いた。
「あいつはどうも、単なる悪い記憶じゃなくて、俺の中にいる存在らしいからな。今までも自我はあったんだろうが、夢で会話できるほど『濃い』ものじゃなかったんだろ。それが閉塞世界の力と混ざって死神になりやがったから」
「直接聞いてみればいいのでは」
「会話したのは一回だけだ。そう毎回夢に出るわけじゃないんだよ。相変わらず目の前をちらつくことはあるけどな」
それに、彼が自分から正体を明かしてくれるとは思えない。カイラルが思い悩み、のたうち回る様を楽しんでいるようですらある。あれの正体を突き止めることも、カイラルに与えられた命題の一つなのだろう。
「ならば、それも指標の一つとしておきましょう。ですが、恐らくは通過点にしかなりえないでしょうね」
「どうして」
「最終到達点としては簡潔に過ぎるからです。宝探しではないのですから、正体がわかったとして、その先に続くものがきっとあります。逆に、今どう動いても、すぐに正体につながるものは見つからないでしょう。時間をかけて、少しずつ手がかりを集めていくことになるのではないでしょうか」