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その剣の意味(21)

 包帯を巻き終わったセリアが、ぽんと背中を叩いた。


「大きな異状はないと思います。でも、明日ちゃんと診てもらってください」

「ああ。ありがとな」


 すでに夜更けだ。服を着て、今度こそ出て行こうと立ち上がった時、目の前がぐらついた。セリアに支えられ、ベッドに座り直す。頭に重いものが乗っているような気がする。この気分の悪さには覚えがあった。程度は軽いが、あの日、セカイ使い化した時の状態に似ている。一瞬とはいえ、あの死神を呼び出したことが響いているのだろうか。あんなわずかな時間で命が削れたとは考えたくないが。


「そのまま横になってください」

「いや、それだとお前が」

「無理をしないでと言ったでしょう」

「大丈夫だよ、すぐに寝るから」

「何をそんなに焦っているのですか」

「焦ってなんかいねえって」


 押し留めようとするセリアの手を振りほどく。これ以上甘えていると、永遠に出て行けなくなりそうだった。セリアも諦めたのか、追いすがってまで止めようとはしなかった。しかし扉に手をかけた時、


「面倒な女だとはわかっています」


 一転してしおらしくなった声に、カイラルは足を止めた。


「あなたに大きな望みをかけながら、無理はしないでなどと言っているのですから。本当に矛盾しています」

「……別に。気にしちゃいねえよ」


 彼女が身勝手で性悪な人間なのは、今日何度も確かめた話だ。むしろそれを嬉しく思っていたほどなのだ。


「いくらお前が法の執行者だからって、個人的な願いにまで変な筋を通す必要はないさ。そのくらいのわがままは許されるべきだろ。それに面倒な女じゃなけりゃ、都合のいい女になりたいのか?」

「それは嫌。男の思うように使われる女など。だからこそ私は、あんな真似をしでかして、村を出てきたのですから」

「だったら徹底的に面倒な女でいろよ。その方がずっと人間らしい。俺もお前のそんなところは嫌いじゃない。ただ、これだけは言っとく」


 ゆっくりと振り向き、カイラルはきっぱりと言葉をぶつけた。


「お前の望みを何の無理もなく受け入れられる奴は、それこそ正真正銘の大英雄だ。神話に語られるような存在なんだ。それは絶対に俺じゃない」

「そんなことは」

「教会の救世主の像を見ただろ。あれは神の子として、まだ男を知らなかった母親の体に宿って生まれたんだ。英雄になる奴にはそれなりの出自ってのがあるんだよ。確かに俺は、少し特別な立場にいるんだろう。この世界にひびを入れるくらいのことはできるのかもしれない。だけどそれが限界だ。お前の望みは、ちょっと重すぎる」

「でも……私は」


 正面から望みを断ち切られてなお、セリアは反論を試みようとしている。しかし言葉が続かないようだ。彼女の望みは、所詮望みでしかない。カイラルが付き合わねばならない根拠は、あまりにも薄かった。


 英雄などというのは、どこまでも都合のいい存在なのだ。破綻した物語を強引に締め括る、神の力を持つ演出装置。面倒な人間の面倒な望みを叶える者。閉塞世界を終わらせるのは、きっとそれだ。だから、セリアの行動は矛盾などしていない。彼女は徹頭徹尾都合のよい、自分だけの救い主を求めているにすぎないのだから。


 今なお、カイラル自身が『成し遂げるべきこと』を見い出せていない。セリアはその空白へ、自らの望みを差し込もうとしているのだろう。あわよくば、カイラルが望みを共有してくれはしまいかと。許しはするが、姑息だ。死に場所を探す道すがらにでも、などと言っていたが、ついでに叶えてやれるほど生易しい望みではないだろうに。


 それでも、カイラルの胸に隙間風が吹くのは。何とかしてやりたい、という気持ちは確かにあるからだった。命を懸けて自分に望みを託そうとする少女を、どうして足蹴になどできようか。例え彼女の求める存在になれなくとも、できる限りのことはしてやりたいのだ。


 だから、もし妥協点が探せるなら。


 どこまでも曖昧な自分の願いと、揺らぐことのない彼女の望みが交わる場所があるのなら。


「俺のことを手負いの獣って呼んだな」


 一度落とした視線を上げ、試すようにカイラルは言った。


「率直に答えてくれ。俺は間違ってると思うか」

「……間違っているとは言いません。ただ、悲しいのです。終わりの見えない死に場所探しの中で、あなたが傷ついていくのが」


 セリアは泣きそうな顔をしていた。しかし目を逸らそうとはしなかった。


「もう少しだけ話そう」


 結論を出すには、あまりに材料が足りない。それでも、できることはあるはずだ。今は目の前のことを考えよう。さしあたって、


「あの殺人鬼をぶちのめす方法とかをな」

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