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その剣の意味(19)

「悪い」


 宿の部屋に入るなり、カイラルは言った。


「とんだ休日になっちまったな」

「お気になさらないでください」


 結局、ライブ会場には戻らなかった。こんなぼろぼろの格好で、祭りの締めに顔を出す訳にはいかない。得物は悪友達に持ってきてもらい、二人とも無事で先に帰ったとだけロゼッタに伝えてもらった。後で事情は話さなければならないだろうが。


「殴られたところ、本当に大丈夫か」

「これでも鍛えていますから」

「具合が悪くなったら言えよ。今日はもう寝ろ。俺も部屋に戻るから。じゃあな」


 気遣いもそこそこに話を打ち切り、カイラルは部屋を出ようとした。一刻も早くこの場から立ち去りたかった。安易な行動でこんな事態を招いたのは自分だ。多少の暴言くらい見逃しておけばよかったのだ。下手をすればライブが滅茶苦茶になっていたかもしれない。あの男の言う通り、用心棒が自分から何をしているのか。情けなくてやりきれない。


 しかしセリアは、向けられた背中を「待ってください」と呼び止めた。


「あなたこそお怪我は」

「大したことねえよ」

「私よりはずっとひどいでしょう。手当てくらいはさせてもらえませんか」


 必要ないと言おうとして、カイラルは顔をしかめた。あちこちがずきりと痛む。セリアはカイラルを椅子に座らせると、半ば強引に服を脱がせ、傷を改め出した。こうなると、カイラルは黙っているしかない。


「包帯とか、どこかにないでしょうか」

「フロントで薬箱借りられねえかな」

「もらってきます」


 セリアが足早に出て行く。カイラルは長いため息をつくと、得物をケースから取り出した。


 部屋の灯りに得物をかざし、じっと見つめる。細かな傷と錆が浮かんだ刃に光が反射する。これを欠いて戦うのは、本当に心細かった。別に武器というわけでもなく、戦いの最中は壁に立てかけられているだけの存在だ。それでもこの古びた棒切れが見守っていてくれないと、拳一つ振るうにも力が入らない気がする。


 これを手にペリットと出会ったことが、今に至るまでの自分の方向性を決定づけた。単なる道具ではない。いくつもの危機をともに乗り越え、自分の戦いに不義がないことを見届け、そして恐るべき死体を目の前から消し去ってくれた無二の存在だ。例え崩壊寸前の家を支えるつっかえ棒にすぎないのだとしても、今の自分には必要なものなのだ。


 自分は墓守だ。戦士でも、処刑人でも、殺人鬼でもない。どれだけ殴り合いに長けていようと、恐るべき死の力を行使しようと、自分の本質は戦いにはないのだろう。ましてや人殺しになど。


 去り際のザトゥマの顔がちらつく。あの男は自分を同類と呼び、しかし同じ側に引きずり込むとも言った。つまり、今はまだ同じ側にはいないということだ。それは一つの川の両岸に立っているようなもので、すぐそばにはいるけれど、間違いなく大きな隔たりがある。


 何が同類だ。お前は人殺しを楽しむ殺人鬼で、自分は死体を見るのさえ怖い墓守だ。人の死に関わるというだけで一緒にされてたまるか。


 謙遜するなよ、と殺人鬼の幻影が笑う。俺を一瞬で退かせるほどの力を持ったお前が、ただ臆病なだけの墓守であるはずがない。お前はあの時、間違いなく俺を殺したいと思った。だからあれほどの力を引き出せた。ごろつきどもを殺した時だってそうだ。誰かを守るためとか、そんなのは上っ面のごまかしだ。お前はただ、目の前の人間に腹を立てて殺した。それだけのことだ。


 お前の本質は、確かに戦いや殺人にはないのかもしれない。だが、死者を哀れんで弔うだの、人が苦しむのを見たくないだの、聖人紛いの行為で満たされるような器でもない。それはお前もよくわかっているだろう。


 お前を満たすのは。


 もっと巨大でおぞましい、別の何か。


 頭を振って幻を振り払う。殺人鬼の妄執に取り憑かれてはいけない。何と言われようが、自分とあの男は違う。それだけ断言できれば十分だ。


 廊下を走る音がする。セリアが戻ってきたようだ。カイラルは、得物をそっと元通りにしまった。

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