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その剣の意味(15)

 すでに酒臭い空気が漂っている。


 それなりに広いホールは人で埋め尽くされていた。若い連中ばかり、男が七に女が三といったところだろうか。延期の上に場所を変えたにしては、随分と集まっている。誰もが酒をかっ食らいながら馬鹿馬鹿しい話題に花を咲かせていたが、開演の案内が流れると、潮が引くように声が止んだ。


 薄暗い舞台にばたばたと人影が走る。一瞬の静寂の後、ドラムの爆発音と共にライトが灯り、


「こんばんはー! ナイトレイドです!」


 ロゼッタが名乗ると、観客が一斉に叫び声を上げた。


「ロゼー! 待ってましたあああ!!」

「グレースお姉さまー! こっち向いてー!!」

「ミーネちゃーん! 今日もかわいいぞー!!」

「レイチェルー! もっと蔑んだ目で見てくれー!!」


 狂乱の様を、カイラル達は部屋の端から眺めていた。一曲目が始まっても、セリアはぽかんと口を開けたままだ。


「いや……何かもう、すまん。見るに堪えないよな」

「いえ、あの、そんなことは」

「とりあえず飲もう」


 酒を注ぐと、セリアは少しためらったが、こくこくと飲み干した。ちょうど一曲目が終わりを迎えていた。割れんばかりの拍手と歓声が送られる。当たり前のようにザトゥマが混ざっているのが見えた。こちらには目もくれず、他の連中と一緒になって騒いでいる。本気で遊びに来ただけらしい。


「改めまして、ナイトレイドです! 今日は急に場所が決まったのに集まってくれてありがとう! 延期しちゃった分頑張るので、最後までよろしく!」

「えー、今回はリバーブルグ復興支援ライブということで、収入は全額寄付させてもらいます。皆様の温かい気持ちに感謝いたします」

「ピンハネはしないから安心してねー」

「お前は黙ってろ」


 場所が変更になった事情については、あえて触れないのか。それがいい。下手をすれば、開催の理由そのものが否定されかねない。復興の望みが絶たれようとしている都市に、金を注ぎ込んで何になるというのか。


 いや、客の方も触れてなどほしくないのかもしれない。彼らの多くは、先日避難してきた住人か、仕事で通っていたような者達だ。今はただ、苦しみと悲しみから逃避したいだけ。そのために酒を食らい、歌を聞き、叫ぶ。現実を突きつけられることなど望んでいまい。


 二曲目が始まる。酒を舐めながら聞いていると、セリアが「あの」と口を開いた。


「四人は、どういう方達なんですか」

「どういうって」

「さっき、一晩ただにするとか……」

「あー」


 やっぱり聞かれていたか、と顔を覆うカイラル。自分の恥にもなるが、今更隠していても仕方あるまい。


「あいつら全員ロゼの同業者なんだよ。娼婦なんだ」


 セリアは目を丸くした。気持ちはわかる。同じ反応をする客は何度となく見てきた。


 発起人はロゼッタだったという。若い娼婦達だけで音楽をやろうと。条件は本業を隠さないこと。そうすれば本業の宣伝にもなり、自分達の収入も増える。そしてリバーブルグへ目を向けさせることができ、復興の手助けにもなるからと。


 メンバーは思ったより簡単に集まった。ピアノの経験者兼、包容力のある大人の女性としてグレースを。楽しく儲けたいという理由で、マスコット的存在のミーネを。何か打ち込むものがほしいという願いから、性格はきついが一番の美人のレイチェルを。ロゼッタ自身はリーダーであり、最もアイドル的素養の強い女だった。


 素人ながらもそれなりの技量を備えた四人は、リバーブルグでの路上ライブから始めた。予想通り、客足は右肩上がりに増え、熱心なファンも付いた。客は彼女達を見て、その気になれば後で金を出して買える。逆に本業の方の客が、別の一面を見るためにライブへ足を運ぶこともある。一挙両得だ。


 つまるところ、「会えるアイドル」ならぬ「買えるアイドル」である。


「やり方が露骨すぎて反吐さえ出ねえ」

「そんな言い方をなさらなくても。娼婦という仕事の方を見るのは初めてですが、随分想像と違いました。もう少しこう、いかにも男の人を弄びそうなものかと……」

「そいつが根っからの売女ならな」


 カイラルは酒を一息にあおった。酔ってしまわないと話せそうにない。


「ピアノのグレースは、いかにも上品そうな顔してるだろ。昔は金持ちのお嬢様で、蝶よ花よって育てられたんだ。それがあの災害で何もかも失っちまって借金まみれ、体売るしかなくなったのさ。ドラムのミーネは五人きょうだいの一番上で、弟や妹を一人で養ってる。貧乏子沢山ってやつだが、両親は十年前に死んじまったから、あいつが親代わりなんだ。脳天気な面から想像もできないだろ。ベースのレイチェルは、クソ真面目な公務員一家の生まれでな。災害の時に建物の崩落に巻き込まれて、頭に大怪我したんだ。傷は治ったけど、それから色々集中できなくなったり感情が処理できなかったり、後遺症が残っちまった。おかげで両親に疎ましがられて、この街に置き去りにされたんだ。捨て子だよ」


 全員があの災害の被害者なのだと。あれさえなければもう少し別の人生があったはずなのだと。カイラルは一気に語った。


「お前だから話したけど、できれば黙っとけよ。別に知られてもどうってことないだろうけどな、お涙頂戴的な活動にはしたくないらしいんだ。笑える話でもないしな。俺も余計なこと知っちまって気分が悪い」

「でも、あなたにはそこまで話してくれたのですから、信頼してくださっている証拠では」

「寝物語に聞いたんだ。ああいう時って頭が緩くなるんだよ」

「それは、あの……」


 酔いに任せてあけすけもなく話すカイラルに、セリアはたじろいだ。しかし、その目がまったく笑っていないのを見て、すぐに態度を改めた。カイラルにも、茶化すつもりなど一切なかった。


「社会の底辺だとか言われることもあるけどな。あいつらはあいつらなりに意地張って生きてんだよ」


 舞台の上の四人を見つめる。皆、実に活き活きとして、その顔に一点の曇りもない。観客にも力を分け与えているようだ。それだけの魅力が、地獄の底から這い上がろうとする者の矜持が、彼女達にはあった。


「ロゼッタさんは?」


 セリアが問うた。先程より顔つきが強ばっていた。友達になれそうだと言ってくれた女のことだ。何でも知りたいが、三人の事情を聞いた後では気が引ける。そんな感情が入り混じっているのがわかった。


 カイラルは迷った。三人の話は、他に知っている人間がいないわけでもない。だがロゼッタの場合、自分しか知らないことが数多くある。どこまで話すべきか。


 ライブは中盤に差し掛かっていた。はつらつとした笑顔でギターを引き、熱唱するロゼッタ。子供の頃からの付き合いがあるのは、彼女を含めて数人しかいない。幼い頃の、無邪気に遊んでいた情景が蘇ってくる。


「ロゼは……あいつも十年前の時、親に死なれて。北の街にいる親戚の家に引き取られたんだ。それから……」


 酔いの中で、薄暗い記憶がちらついた。杯を持つ手が震える。この数年の間に自分と彼女の身に起こったことを思い出し、


「やめよう。胸糞悪い」


 頭を大きく振って、悪夢を弾き飛ばした。再び杯をあおる。セリアは何も言わず、小さく頷いた。


 そこへ。


「よーう。楽しんでるかい」

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