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その剣の意味(12)

 準備がある程度終わって一息ついていたところで、入り口が騒がしくなった。手伝いを頼んでいた連中のようだ。


「ロゼちゃん乙……あれ? え?」


 入ってきた四人の男女は、そこにいるはずのない少年を見つけ、目を丸くして駆け寄ってきた。


「カイラル! 馬鹿な、お前は死んだはずじゃ!」

「勝手に殺すな」

「うわあ、相変わらずのセメントで何より」

「目ぇ覚ましたのはロゼから聞いてたのよ。大丈夫なの?」

「見ての通りだよ」

「そうか。……よかったなあ、よかったなあ」


 一人が豪快に泣き出すと、他の連中も目頭を押さえた。何のことはない、ただの悪友達である。大して仲がいいわけでもない。それでも、すすり泣きが漏れるのを聞いていると、カイラルの胸にも複雑な感情がこみ上げてくる。家族とはまた違う、下らない日常を共有していた者達の涙。それを心地よく思うなら、自分はやはりあの場所で死ぬべきではなかったのだろう。


 温かな液体のような空気に浸っていると、一人がカイラルの後ろへ目を向けた。剣入りのケースを抱えて座るセリアに、彼は涙を振り払った。


「ちょっと、この子誰? まさかの新メンバー?」

「残念ながらサプライズじゃねえよ。そいつは俺の連れだ」


 泣き声が止まった。悪友達が目を見合わせる。血を吐くような叫びが上がった。


「またか! またなのか! そうだと思ったよ! さっきの涙を返せ畜生! 復帰直後から新しい女はべらしてんじゃねえよ! 呼べば来る女いくらでもいるくせにさあ!」

「誰彼構わずはよくないぞ」

「何だろうねえ……結局人間顔だよな」

「ふーん、でも今まであんたが引っかけたのとはタイプ違うわねえ」

「お前らはそんなに俺の株を下げたいのか? あ?」


 ロゼッタ達が笑いをこらえているのが聞こえる。セリアはというと、こちらをまじまじと見つめている。これ以上余計なことを吹きこまれてはたまらない。てきぱきと残った仕事を引き継いで、カイラルは得物入りのケースを持った。


「じゃあ、これで帰るわ。ライブ頑張れよ」

「ちょっと待ってよ、見てってくれないの?」

「キエルには気晴らしに出てくるとしか言ってないんだ。あんまり遅く帰ったら、また外出禁止食らっちまう」


 グラムベルクに来たことでさえ、知れたとすれば大目玉だろう。今なら夕食には十分間に合う。セリアを促し、足早に去ろうとした時、「あの」と呼び止める声があった。


「見たいです、私」


 当のセリアが、ためらいがちに言った。少しばかり意外だった。確かにこのセカイの知識には貪欲だったが、騒がしいことは苦手そうだと思っていたのに。


「今朝のことといい、お前結構わがままだな」

「すみません」

「うーん……でもな、下手すると泊まりになるし。今から宿探すのは」

「あるわよ、泊まる場所」


 味方を得たロゼッタが、勝負が決まったような笑みで言う。


「ちゃーんと二部屋確保してあるから。多分来れないだろうなって思ってたけど、念のために予約しといたの。お願いだから無駄にしないでくれる?」


 ぐだぐだ抜かしている暇があったら、姉さんから許可を取れと。ロゼッタは遠回しにそう言っていた。それがどんなに大変か知らぬ訳でもあるまいに。気がつけば、全員が視線をこちらへ送っていた。ここは男を見せてくれよ、という具合である。


 逃げ道を塞がれたカイラルは、ケースからシャベルを取り出して振りかざすと、


「ああ、やってやるよ。上司の許可ぐらい取ってやる」


 喧嘩を買うがごとく言い放った。


 電話のある隣の部屋へ大股で入っていくカイラル。一分後、受話器ごしの怒声が全員の耳に届いた。これ無理じゃね、と悪友達が漏らす。しばらくそれが続いた後、カイラルが反撃に出る。あまりに汚い言葉が大音量で響き渡るのを、全員が耳を塞いで耐えていた。


 三十分後、罵声が止んだ。全員が見守る中、シャベルを杖代わりにしたカイラルが「ざまぁ」と言いながら出てくると、拍手喝采が巻き起こった。


「オーケーオーケー。じゃあ、時間まで街でも見て来なさいよ。あたし達はこれからリハーサルだから」

「いいのか?」

「手伝いはもう十分だし。逃げないでよ、あんたは用心棒代わりなんだから。最近お客が増えてきたけど、変なのも多くってさあ」


 どことなくわざとらしさがあった。ロゼッタはもしかすると、カイラルをライブに参加させたいだけなのかもしれない。彼女達の歌は何度も聞いているが、今日は状況が違う。宿を取ったのを無駄にするなだの、用心棒代わりだの、すべては後付けだ。活動の分岐点となりうる夜を見届けてほしいと、ただそれだけのことなのだろう。


 悪友達は、残りの仕事を片付ける者と、チラシを配りに行く者とに分かれていた。不安が静まらない中、誰もが己の役割を考え、今できる最大限のことを成そうとしている。それは今後の展開だの、最終的な着地点だのといった、神のような視点とは無縁のものだ。そう考えると、もやもやとした目的を必死で形にしようとしていた自分が馬鹿らしく思えてくる。ミンツァーに煽られて困惑していたが、人生の筋道など簡単に崩壊することは、二度の災害が証明しているではないか。


 どうやら、思った以上に気晴らしができそうだ。


「じゃ、遠慮なく」


 カイラルはシャベルをケースに収めると、微笑むセリアを連れて街へと繰り出した。

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