その剣の意味(11)
リバーブルグ~グラムベルク間は、復興連盟傘下の私営鉄道で一時間ばかりの距離である。乗客のほとんどは復興作業の関係者で、一日に数本が往復している。国営鉄道の線路が迂回してしまっている以上、大量輸送には私鉄を使う他ない。そのため普段は混雑さえしているのだが、今は街と同様閑散としていた。
ほとんど貸切状態の列車から降りて改札をくぐると、打って変わって人混みが現れた。今やグラムベルクは、国内最大の都市として繁栄を極めている。滅びた街の失われた機能や、溢れ出た人口の多くを吸収した結果だ。先日の騒ぎで避難した人々も、かなりの数がここに滞在しているだろう。
時刻はすでに正午を回っている。昼食をとる店の当たりもつけていたのだが、三人は駅前広場のベンチへと腰かけた。
「……大丈夫か?」
セリアは無言で頷いたが、今にも戻しそうな顔色である。生まれて初めての乗り物に、すっかり参ってしまったようだ。あれほど舞うように剣を捌けても、乗り物酔いは別ということだろうか。
「ごめん、まさか乗ったことないなんて思わなくて」
「どうする? しばらく休んでるか?」
「いえ」
セリアはふらふらと立ち上がると、
「お気に、なさらず。行きましょう」
剣入りのケースに振り回されるように歩き出した。人にぶつかりそうになりながら広場を出るセリアを、残る二人が追いかける。
「どうする?」
「うーん、お昼は軽いもので済ませよっか。途中で何か買って行きましょ」
「途中でって、どこに行くつもりなんだ? そういやお前、何でそれ持ってきたんだよ」
ロゼッタの担いだ緩い曲線を描くケースには、愛用の得物が入っている。カイラル達と違うのは、見た目通り楽器が収められているということだ。
「ついてくればわかるわよ」
そう言うとロゼッタは、あらぬ方向へ進んでゆくセリアへと駆け寄った。
と、いうのが一時間ほど前の話。
今カイラルの手は、重い荷物で塞がっていた。
「お前最初からこういうつもりで誘いやがったな畜生!」
「はっはっは、バレたか。さあ労働に精を出すがいい」
おどけるロゼッタを罵りながら、カイラルは酒瓶入りの箱をどかりと置いた。
ここは駅近くにある貸しホールだ。今夜行われる催しのため、カイラルは準備を手伝っていた。壁のポスターには『ナイトレイド 復興支援ライブ』の文字がでかでかと踊っている。ロゼッタがギター兼ボーカルを務めるこのアマチュアバンドは、復興連盟の看板の一つとして、密かな人気を得ていた。
本来は復興の宣伝も兼ねてリバーブルグで行われる予定だったが、先日の騒ぎを受けて一度お流れになり、この街での開催が急遽決まったらしい。店側が設備も飲み食いも世話してくれるような場所は空いておらず、どうにか借りられたこのホールで、ほとんど手作りでやることになった。広いことは広いので、客の入るところだけは十分にありそうだ。
「ごめんなさいねカイラル君。また一人一晩ただにしてあげるから」
「あのグレースさん、そういうこと今言わないでくれます?」
横で椅子を運んでいるセリアの目を気にしながら、ピアノのグレースにカイラルが言った。
「セリア、別にお前までやらなくていいんだぞ。遠慮せずに座ってろよ」
「いえ、もう気分はよくなりましたので。せっかくですからお手伝いします」
「いやー助かるわー。一人で三人分働く奴が二人もいるとマジで助かるわー」
「助かるわーじゃねえよ。他に手伝い呼んでねえのかよ」
「後で何人か来てくれる予定なんだけどねえ。この分だと君らが全部終わらせちゃいそうだよ」
ドラムのミーネが楽しげに笑った。呼んだのはいつもの友達連中だろう。支援者の好意で必要なものの大半を用意してもらったため、後はできるだけ身内ですませたいらしい。ベースのレイチェルは、黙々と機材を弄っている。
「しかし、復興支援ライブね。すっかり忘れてたな」
「あんたはそれどころじゃなかったもんね」
「お前らだってそうだろ。やるなとは言わねえけど、もう少し落ち着くまで延ばしてもよかったんじゃねえのか。客の方だって色々大変なんだ。場所にしたって、キエルに頼めばいくらでも確保できただろ」
カイラルがぼやくと、ロゼッタは運ぼうとした荷物を下ろした。そうなんだけどね、と苦笑し、テーブルをなでる。
「先延ばしにすればするほど、皆の気持ちがあの街から離れていく気がして」
笑い声が止んだ。グレースもミーネも、床に目を落とした。小さな溜息はレイチェルのものか。四人ともわかっているのだろう。所詮は悪あがきだということが。
彼女達が集める寄付金は決して少なくはないだろうが、復興連盟が動かせる金に比べれば、それでも微々たるものなのだ。ナイトレイドの活動目的は、リバーブルグに世間の目を向けさせること。そのために彼女達は歌う。一人でも多くの人々に、存在を忘れさせまいと。少しずつ、だが確実に復興が進んでいることを知らしめんと。
今夜の催しは、それがまだ通用するかどうかの分かれ目だ。
「それに、姉さんにもあんまり頼りたくないのよ。本業の方でさえ面倒見てもらってるんだから。もちろん、復興の宣伝のためなら、コネでも何でも使って大っきくやった方がいいっていうのはわかってる。でも、できるだけ自分達の力でやりたいのよ。後ろ指さされるかもしれないけどね。……結局、復興に関わってるって自覚がほしいだけなのかもしれない」
それが、最前線で戦う武力も、金や人を動かす経済力や組織力も持たない彼女達の、精一杯の抵抗なのかもしれなかった。街が滅んだという事実さえ風化してゆく、非情な現実に対しての。
セリアが不安げな顔を向ける。カイラルは何も言わず、次の荷物に手を伸ばした。