その剣の意味(8)
「せんせ――」
ルネが構えを取ると同時に「フリーズ」という声が響いた。
「思ったより反応が鈍いですね。腕を切り落とされるくらいは覚悟していたんですが」
「今からだってそれくらい!」
「やってみますか? 私が引き金を引くのとどちらが速いか」
ルネは指先を銃へ向けた。相手からは閉塞力を感じない。間違いなくただの人間だ。いかに実戦経験の薄いルネとはいえ、一瞬で銃を弾き飛ばすくらいはできるはずである。
だというのに、ルネの指先は震えるばかりだった。間に合う気がしない。肉の槍が届く前に、ダウルの頭が撃ち抜かれている予感しかしないのだ。気圧されているのか。何の力も持たない人間の威圧感に、神子の直系である自分が飲まれているというのか。
(違う)
逆だ。この男、殺気も怒気も放っていない。人の頭に銃口を押し当てながら、どこまでも淡々とそこにいる。こちらが迂闊に動こうものなら、銃を抜いた時のように、ぬるりと引き金を引いてしまいそうな。
思い余ってルネは叫んだ。
「さっきと言ってることが違うじゃないですか! 神の前で暴れるなんて許せないんでしょう!」
「神の前だからこそです。これからやることをすべて見届けていただきたいのですよ。一緒にしないでもらいたい」
「そんな無茶苦茶な……」
「何が狙いだ」
ダウルは前を向いたまま言った。
「それは私が聞きたいことです。あなたは確かに、キエルさんやカダル総代とは違った考えをお持ちのようだ。ミンツァー理事とも個人的な繋がりを持っていたようですしね。まあ、そのことは構いません。キエルさんも、今回のことを個人的な問題と考えているようですから」
「ならば何故動く」
「今、何かが始まろうとしているのは私にもわかります。どこまで関わっていいものかは存じませんがね。なればこそ、自分の仕事をこなそうとしているだけです」
すでにこちらへ注意を払う様子もないが、それでもルネは動けない。
「私はカイラル君の監督者です。彼の精神衛生上よろしくない要素は取り除いておきたい。それだけのことです。あなたは彼の祖父でありながら、考えの読めない人だ。このまま野放しにすれば、何か恐ろしい結果をもたらしそうで、誰より私自身が怖い。それを踏まえてお答えください」
引き金がわずかに音を立てた。
「あなたは、誰の味方なのですか?」
逃げを許さない問いだった。ダウルはあくまで冷静に迎え撃つ。
「わしがどんな言葉を口にしたとて、その真偽を確かめることはできまい。お前はただ、自分の期待する答えを引き出して安心したいだけだ」
「ええ、きっとそうなのでしょうね。ですから、私の独断なのです。自己満足なのです。どうか、私を安心させてください。この引き金を引かせないでください。偽りか否かは私が判断すること。それが正しかったかどうかは、神がお決めになることです」
この神父は狂信の徒だ。神の名の下にすべてを正当化する類の、ではない。神は常に見ていると、過ちがあれば必ずや罰が下されると、故に裁きの日まで自分は止まらないと、そう信じて揺るがない男。神の絶対的な信奉者であると同時に、神を自身の安全弁程度にしか考えていない。
何故セカイ使い化していないのか不思議なくらいだった。精神的な素養だけなら【セカイの中心】級はある。野放しにすれば恐ろしいことになるのはこの男の方だ。今すぐにでも葬り去るべきだというのに、このまま見ているしかできないのか。
しかしルネの焦燥をよそに、「茶番だな」とダウルは言った。
「わしにはまったく理解できん話だ。信心なんぞ、とうの昔に捨てとるわ。まあ、崇めるものが違う人間の手を借りてまでやったことだ。お前が本気だというのはわかった」
「さて、何のことやら」
「そこに隠れとるやつ。いい加減出てきたらどうだ」
一瞬の困惑があった。増えた気配とその位置に気づき、背筋が凍りついた。とっさに身を反転させるルネ。柱の陰から、わずかに姿をのぞかせた者がいる。小柄な女、だろうか。抑えてはいるが、強い閉塞力を放っている。いつの間に忍び込んだものか。
「やはりお前か。二日ほど前から、どうにも妙な視線を感じとったんだ。やけに強気に出ると思ったが、なるほど、お前と示し合わせとったか」
「お久しぶりですダウル先生。キエル大姉様がひどくおやつれとのことで、カダル総代の命により参上しました。しかし残念ながら、先生とは今回敵同士のようで」
「今回は、か。今まで散々カルテルの妨害もしてきたくせに。金で動くセカイ使いが」
「金で、動く?」
吹き出す汗をぬぐうこともできず、ルネは背後へ問いかけた。
「一族でひっそり暮らしとったお前には想像もつかんだろうがな。こいつは金儲けのためにセカイ法を使っとる下卑た女だ。この街のごろつきどもやカルテルの人間より、遥かにたちの悪い外道だな」
「ええ、先生の仰る通りの賎しい女ですよ。ですがこれでも仏に仕える身、浄財は世のため人のために使っておりますのでご安心を」
くすくすと笑うのが聞こえた。幼さの残る無邪気な声とは対照的に、伝わってくる気配は邪悪そのものである。
「それで神父様、どうなさいます? この方も大姉様の頭痛の種なのでしょう。ここで摘んでしまっても、私は一向に構いませんが」
「黙って対峙していてください。あなたは彼を抑えてくれればいいんだ。それに、話はまだ終わっていません」
そう、状況は何も変わっていない。神父を止める手段など、最初からなかったということがわかっただけだ。背後で傍観する神の子にルネは祈った。お願いだから何とかしてくれ。そのための救い主だろう。
張り詰めた空気に押し潰されそうになった時、「質問の答えだったな」とダウルが言った。
「望み通りの答えをやろう。わしはカイラルの味方だ。それだけは神の目の前で誓ってやる。夢も希望も枯れ果てた年寄りには、孫の成長を見守るくらいしか生きがいがないんでな」




