その剣の意味(7)
書き物をしていた神父は、来客に気づくや腰を上げた。
「これはお珍しい」
椅子を勧められたが、ダウルは首を振った。その後ろに、隠れるように立っている者が一人。フードを深くかぶった金髪の少年である。ペリットはそれに触れることなく、付き添っていた衛兵を下がらせ、人払いを命じた。
「何もこの状況でいらっしゃらずとも。御用があればこちらからうかがいましたのに」
「バリケードでも同じことを言われたがな。無理を言って来させてもらった」
「今、お茶を……」
「構わん。それより、聖堂は無事か」
「随分荒れていましたが、ゴミは片付けました。建物に異状はないようです」
ダウルは一言「借りるぞ」と言い残し、部屋の奥へと向かった。少年が後に続いた。
扉をくぐった瞬間、少年は息を呑んだ。静寂に満ちた空間だった。高い天井に、装飾された色ガラス窓。そして磔にされた人間の像を見上げ、
「……これが」
少年はフードを脱いだ。金髪に丸顔、ルークと名乗るルネであった。
「神の遣わした救い主だ」
椅子に腰掛けながらダウルが言った。
「磔にされた三日後に復活し、その後昇天したとかいう話だ」
「これが、このセカイに伝わっている閉塞神話なんですか?」
「いや、こいつは閉塞前の時代からある教えだ。閉塞神話とは直接関係ない。まあ、多大な影響は与えとるらしいがな。無限神エンヴァルディアの伝説なんぞは特に」
「それって、間接的に全部の閉塞神話が影響受けてるんじゃ……」
ここを見たいと言い出したのはルネだ。彼にとって、こちらのセカイで閉塞神話がどう伝わっているのかは、文化的な差異などより余程気になるところらしい。
ルネはこれまで、神子マリアナを唯一の神の使いと信じてきた。他の神の前で祈りを捧げるなど、あってはならないことだ。しかし、彼は膝をついていた。当然のことなのかもしれない。閉塞神話の原点である無限神エンヴァルディア、その逸話にさえ影響を与えたということは、神子マリアナの原点でもあると言えるのだ。
「だけど、これはあんまりだ」
ルネは部屋を見回した。床はあちこちに穴が空いている。長椅子がいくつかあるが、数が足りていないようだ。注意深く気配を探ると、ほんのわずかに閉塞力の残滓がある。誰かがここで戦ったのか。
「ひどいことをするものです」
盆に紅茶を乗せてペリットがやってきた。一つをダウルに差し出し、もう一つを乗せたまま盆を置いて「よければどうぞ」と笑った。ルネは頭を下げたが、そのまま救世主の像へと向き直った。
「あくまで前線基地として使っていますが、最近は祈りを捧げに来る方も増えていたんですよ。安全さえ確保できれば、真っ当な教会として作り直したいと思っています。きっと人々の心の拠り所になりますから。……そこで暴れた挙句、女性に乱暴を働こうなどとは」
苦笑交じりではあったが、間違いなく怒りがこもっていた。ダウルはエセ神父などと言っていたが、この男、信仰心は本物らしい。対象は違えど、同じく神の子と呼ばれる存在を崇めるルネにとっては、他人ごととは思えなかった。
ダウルは紅茶をすすりながら、ペリットと世間話を始めた。ルネはどうにも落ち着かず、聖堂の中をうろうろしていた。中にも外にも人の気配はない。どうやら本当に人払いがされているようだ。自分達を通したにしては、妙に不用心な……。
などと考えていると、盛大にこけた。床の穴に足を取られたのだった。二人の視線が痛い。
「何も言わんのか」
「何も、とは」
「こいつについてだ」
親指をルネに向けながらダウルが言った。ルネは一瞬体を固まらせたが、表情は変えずに立ち上がった。元より承知の上だ。先日の一件があった以上、どこで襲われてもおかしくない。だからこそ開き直ってここまでやってきたのだ。
だが、ペリットは穏やかに「そう身構えないで」と言った。
「キエルさんと一悶着あったようですが、あなた方をどうこうしろという命令は出ていません。仮にやるとしても、キエルさんご自身が動くでしょう」
「それもそうか。あれはそういう女だな」
「ええ。ですから、これは私の独断です」
反応できなかったのは、あまりにも自然で、平然としていたからなのか。
ルネと神の子の見ている前で、神父はするりと銃を抜き、ダウルの頭へと突きつけた。