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その剣の意味(6)

 真っ先に銀行へ寄り、ぶらぶらと街を見て回った。セリアを案内する意味もあったが、何しろ半月ぶりのまともな外出だ。カイラル自身、街の様子が気になったのである。そしてどうやら、新興市街には大した被害は出なかったらしい。大方の情報は聞かされていたのだが、自分で確かめてようやく安堵した。これなら遠からず、いつもの街に戻ることだろう。


 と、思っていたのだが。


「……ゴーストタウンだな」


 とにかく人がいない。店は軒並み閉まっているし、通行人もまばらである。避難した住民の多くは戻ってきていないようだ。人々に十年前の記憶が蘇ったとすれば、やむをえないことだろう。


「わざわざこいつに入れてきたのにな」


 二人はそろって黒いケースを持っている。中身はもちろん愛用の得物だ。楽器を入れるケースを改造したもので、カイラルが他の街へ行く時に使っている。この街ではシャベルくらいなら堂々と裸で持てるが、セリアの剣はそういうわけにはいかない。そのため予備のものを与え、ついでに自分も入れてきたのだが、この静けさではその必要もなかったようだ。


「でも、さっきのところは人がいましたよね」

「銀行はな。復興連盟が責任持ってるから。客がいなくても開けるのさ」


 リバーブルグの公的な扱いは、あくまでも廃墟である。住人達は立入禁止の場所を不法占拠しているのであって、浮浪者でなくとも戸籍は別の都市に置いているのだ。が、役所自体はある。設置の打診をした際、都市同盟は頑として認めなかったらしいが、グラムベルクの出張所という形で落ちがついた。ただし業務は民間委託で、それもハーウェイ・カルテルのフロント企業だ。裏で色々とあったことは想像に難くない。


 銀行も、交通機関も、ガスも水道も電力もそうだ。カルテルは、街の体裁を整えるためにあらゆる手段を講じてきた。そして復興連盟を立ち上げ、自らが率先して動くことで、多くの企業を巻き込んだ復興計画を推し進めてきたのである。


 カルテルが健在である限り、例え一般住民がいなくなっても、街の運営は止まらないだろう。だが、それでは意味がない。空っぽの箱庭を維持し続けて何になるというのか。利益が出ないとなれば、連盟に参加している組織も離れていってしまう。


「喉乾かねえか」

「少し」

「やってるかな、こんなんで……」


 悪い想像を振り払い、ひとまずお茶の時間にでもしようかと、行きつけの店に足を向けた。駄目で元々だったが、奇跡的に看板を出していた。空席ばかりの中、店先のテーブルに一人だけ先客がいる。咥え煙草に頬杖の彼女は、こちらに気づくや笑顔で手を降ってきた。


「ロゼ」

「よっす」


 ロゼッタに勧められるがまま、二人は同じ席に付いた。店の奥に向かって「コーヒー二つ」と勝手に頼み、


「今日非番なのよ。……まあ、これじゃお客も来るわけないんだけど」


 寂しい通りを眺め、ロゼッタは紫煙を吐いた。


 仮設住宅が目立つ状態にも関わらず、街の一角に歓楽街が生まれたのは、復興に携わる人々を目当てにしてのことだ。巨額の金が投じられて人が集まる一方、我が家を失った市民も、危険の中で作業を続ける労働者も、癒やしの場を必要としていた。夜の女達にとっても、絶好の稼ぎ場所となったわけである。ロゼッタの手取りなど、安月給のカイラルからすれば羨ましいほどであった。


 人が消えれば娼婦も消える。夜の明かりも当分は灯らないだろう。しかしあのキエルを姉と慕うロゼッタだ。今後どうするつもりなのかはわからなかった。


「まあ元気そうでよかったわ。こないだのアレもあったし、監視されっぱなしだろーなと思ってたけど、外出OKもらえたんだね」

「どういうわけかな。だからこいつも連れてきた」


 セリアはぎこちない動きで頭を下げた。「相変わらず美人だね」とロゼッタが茶化す。つい先程会話らしい会話をしたこともあり、セリアも応じるかと思ったが、沈黙を守っている。どうやらカイラル以外の人間に対しては、まだ抵抗があるようだ。しばらくは自分が通訳か、とカイラルは嘆いた。


 コーヒーが運ばれ、談笑の時間になる。店主はカイラルの姿を認めると、サービスだと言ってクッキーを置いていった。いくらでもおかわりしてくれ、と付け加えられた。クッキーが半分以下になり、二杯目のコーヒーが注がれても、セリアは一言も口を利かなかった。


 ロゼッタが三本目の煙草に火をつけた時である。セリアの視線がそれに向けられていることに気づくと、ロゼッタは吸い始めの煙草を差し出した。


「吸う?」

「おい、やめろよ。こいつはお前みたくスレてねえから」

「何よ、その子が見てるんでしょ」


 眉をひそめるカイラルをよそに、セリアはおずおずと煙草に手を伸ばした。「肺に入れるなよ」と横から言われつつ、そっと口につけ、ゆっくりと吸う。数秒固まった後、毒でも盛られたかのように咳き込んだ。


「言わんこっちゃない」


 背中をさすりながら煙草を取り上げようとするカイラルだったが、セリアは首を横に振った。椅子に座り直し、目を閉じて再び口をつける。深く静かに吸い込み、細く長い煙を吐き出す。なかなかの飲みっぷりである。そのまま半分ほど灰にしたところで、煙草が灰皿に置かれた。


「その」


 セリアが初めて二人の会話に割り込んだ。


「何だ?」

「お二人は、どういう」


 ただの知り合いという答えを予期している様子ではなかった。カイラルは知る由もないが、セリアは先日、二人の微妙な現場を目撃しているのである。わざとらしく難しい顔をし、カイラルは二杯目のコーヒーをかき混ぜた。


「語ると長くなるんだが、まあ、幼馴染だな。それでキエルの妹分で、俺にとっても姉のような妹のような……うん、こいつの職場もカルテルの傘下だから、同僚みたいなもんというか」

「お仕事は、どんな」


 カイラルはロゼッタに目配せをした。何を今更、という目を返された。頭をかきながらカイラルは言った。


「娼婦なんだよ。売春婦。男に体売って金もらってんだ」


 これで嫌悪を露にするようなら、もう二人は会わせない方がいいだろう。セリアの素性からして、水と油のような関係にすら思えた。ところが、セリアは少しばかり驚きの色を浮かべ、カイラルに耳打ちしたものである。


「どしたの?」

「いや……何か、先祖がそういうのの面倒も見てたとか」

「え、もしかして女衒の家系なの? それとも売春宿の経営者だったとか?」


 セリアの正体を知るカイラルにとっては、それと娼婦がどう結びつくのかさっぱりであった。今になって考えれば、魔女の一族に刑吏の血が流れているというのもおかしな話ではある。カイラルの困惑を知ってか知らずか、ロゼッタは「よくわかんないけど」と身を乗り出した。


「友だちになれそうだよね、私達」


 セリアはしばらく黙っていたが、やがて表情を緩ませ、一度だけ深く頷いた。


「じゃあこれあげる。お近づきの印」


 ロゼッタは満足気に、鞄から取り出したものをテーブルに置いた。煙草が一箱にマッチであった。カイラルのため息が漏れた。


「あんた達これから予定あるの?」

「考え中だよ」


 と言っても、街がこの有り様では何もできないし、ぐるりと一周するのが関の山だろう。せっかくだからダウルのところに顔でも出してみようか。それとも少しだけスラムをのぞいてこようか。あれこれ思案していると、ロゼッタが「よし」と立ち上がった。


「遊びに行こう」

「どこへだよ」


 隣のテーブルから、大きな荷物を持ち上げるロゼッタ。カイラル達と同じようなケースである。三人分のコーヒー代を置いたロゼッタは、にんまりと笑って言った。


「グラムベルクに決まってるじゃーん」

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