その剣の意味(4)
少しの間、会話は途切れた。わかってはいても、覚悟ができていても、いざ本人の口からそれを聞かされると、現実への怒りとやるせなさで逃げ出したくなる。だがカイラルは一歩も退かず、言葉を搾り出した。
「現役の死刑執行人ってことかよ」
「正確には、その候補です。……先にお話しした通り、私は生まれながらに閉塞の才を欠いた身でした。それ故に母ともども本来の家系を放逐され、数百年前に断絶したカルタオグアの名を継ぐこととなったのです」
これまでのたどたどしい口調は、そこにはなかった。するすると、腹の底から言葉が出てくる。魂に一本芯が通ったようだ。これが本来の彼女なのか。
「母はティウムの家の生まれで、そのため一族におけるティウムの地位も脅かされました。事実、かつてに比べ権威も落ち込んだと聞きます。ユニもそのために私を」
「あの赤くて小さいのか」
「従姉妹なのです。母と、彼女の父が姉弟で」
あれほどまでに憎悪を剥き出しにしていたのはそのためか。合点はいったが、なればこそ危険も確信できようというものだ。そう簡単に消える感情ではあるまい。あの女がどこに潜んでいるかわからない以上、一人歩きなどは絶対にさせられない。
「母は自身が技術を修める傍ら、私にもそれを教え込みました。一人の刑吏としてやっていけるだけのものは身につけたと自負しています。母が若くして他界してしまったため、当主の座も刑吏の地位も空席になっていましたが、成人の暁には受け継ぐ予定でした」
「じゃあ、刑を執行したことは」
「ありません」
カイラルは大きく息をついた。拍子抜けではあるが、最悪の展開だけは避けられたようだ。両手で顔を覆い、一言「そうか」と答えた。
「付け加えるなら……将来的に見ても、することはなかったと思います。言わば不名誉職のようなものですので、実務は存在しなかったのです。余程急進的な為政者が現れれば、その限りではありませんが」
「それなら、いい。何も言わねえ」
「もし」
汗をぬぐったカイラルに、セリアはさらなる言葉を投げかけた。
「もし、私がすでにいくつもの首をはねていたら。絞首台に吊るし、火であぶり、五体を引き裂いていたら。私を軽蔑しましたか」
毅然とした言い方だったが、カイラルは察した。迷いは消えても、不安はある。やはり拒絶されてしまうのではないかという不安。もしもの話でさえ否定させねばならないほどに、それは大きいと見える。
「上手く言えないが」
カイラルは言葉を選びながらも、素直な思いを口にした。
「俺の身内にも、物騒な奴はいくらでもいるからな。それに、お前のは法で決められたことをやるんだろ? 金のためだの腹が立つだの、そんなことで殺し合ってる連中よりずっとましじゃねえか。この日記は気分が悪くなったが、事情がわかってればそれまでだ。軽蔑なんかしないさ」
「そう、ですか」
「ただ、俺は聖人じゃない。はいそうですかって受け入れられるほど器は大きくない。お前が人の皮を剥いだり、内蔵を引きずり出してるところなんざ想像したくもない。だからやっぱり、これほどすんなりとは馴染めなかったんじゃねえかな」
その時はその時で、また違った付き合いになっただろうが。今よりよい状況になるとは思えなかった。そう、今は最悪の状況ではないのだ。それを噛み締め、カイラルは小さく「よかった」と言った。
セリアは答えず、再び剣に目を落としていた。それが正式な場で振るわれたことはない。これからもあってはならない、させてはならない。彼女もそれを望んでいるだろう。カイラルは、少しの安堵とともにそう思った。
だが。
「カイラル。あなたは言いましたね。何か成し遂げたいことはないのかと」
「ああ」
「今、決心がつきました。……カイラル」
セリアは剣を手に立ち上がると、刃を抜き放ち、カイラルの横で片膝をついた。剣を天に向け、また何事か呟いている。安堵が不安に転じた。死の気配が辺りを包み込む。黒い炎が彼女の体から吹き上がった気がした。
嫌な予感が最大限に達した時、セリアは思いもよらぬ願いを口にした。
「あなたに、我が主となっていただきたい」