その剣の意味(3)
「悪かったな、三日も放ったらかしで」
机の上に本を差し出すと、セリアは黙って首を振った。悪いのはこっちだ、ということか。カイラルがああなることくらいはわかっていたのだろう。それでも、自分を理解させるためには必要だったと。
「それで、こいつは何なんだ」
「私の、先祖の日記、です。神子マリアナより、さらに前の」
途方もない話であった。神子でさえ、千年の昔より生きている存在なのだ。それよりも前となれば、一体どれほどの時を遡るのか。言ってみれば、この日記の方が神子よりも長く生きているのだ。それは即ち、
「……閉塞世界ができる前の記録ってことか」
カイラルは、改めて日記を手に取った。たった一冊の古びた本が、鉄の塊のように重い。
この日記は歴史の断片であり、書き手の人生そのものである。序盤こそ淡々とした記録だったが、内容は徐々に濃密さを増していく。描写はより鮮明になり、心情を吐露し、時には冗談も交えつつ、後半には政治的な思想も見え隠れし始めた。ページは最後までびっしりと埋まっており、これで終わりではないことを匂わせる。筆を折ったのでもなければ、二冊目にも手をつけただろう。
「続き、あるのか?」
「いえ」
「そうか。いや、別に読みたいわけじゃない。むしろ絶対に読みたくないけどな」
今回は、セリアを理解するためにやむなく読んだだけだ。できれば一行たりとも目を通したくなかった。食事がとれなくなるだけである。
ただ。自らの手を血に染め、あの日記をしたためた人間。その生き様には、どこか魂を揺さぶられるものがあった。目の前の少女に心惹かれたように。生々しい刑罰の描写は要らずとも。
「セリア。この日記は、お前の一部なんだよな。読み終わった今は、三日前よりもお前に近づいてるんだよな」
「はい」
「わかった。じゃあ今、俺が聞きたいのは一つだけだ」
カイラルは、日記ごしにセリアの目を見据えて言った。
「お前は、誰だ」
率直であった。何の飾り気もなかった。それはカイラルが、不安を抱きながらも確かめたかったことであり。そしてセリアが、躊躇いながらも打ち明けたかったことでもあろう。
お互いが恐れていた。知ることと知られることを。拒んでしまうのではないかと。拒まれてしまうのではないかと。だが、もういいだろう。心の奥底に踏み込まなければ、痛みを伴わなければ、人を理解などできないのだから。
セリアは剣を手に取った。机に乗せ、うつむいて何事か呟く。誰かの名を呼んだような、剣に語りかけるような、そんな言葉だった。祈りが終わった時、セリアはゆっくりと顔を上げた。その顔に迷いはなかった。
「私はセリア=カルタオグア。火の家系の末端にして、死刑と拷問を司るカルタオグア家の、現当主です」