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その剣の意味(2)

「外出許可?」


 ベッドに寝転がったまま、カイラルは気だるげに言った。


「私も気は進まないけど、上の命令だから。あの子も一緒に連れて行っていいって」


 伝えに来たキエルも、どこかすっきりしない顔である。


 どうやら常の監視が必要な状況は脱したということで、ある程度の自由を得る許しが出たらしい。缶詰を食らっていたカイラルにしてみれば、願ってもないことのはずなのだが。


「とりあえず街に出てみたら? 気分転換にもなるでしょうし」


 キエルの言葉にも、カイラルは「ああ」と返したのみで、起き上がろうとすらしない。


「どうしたのよ一体。この三日、トレーニングもサボってるみたいだし。ただミンツァーに言われたことを考えてたわけじゃないでしょう」

「別に」

「それに、あの子と顔を合わせないようにしてるみたいだけど」


 カイラルは答えない。ただ、天井を眺めながら思考に浸っている。


 この三日は、あの本を読み終えることに全精力を費やした。決して難解な内容ではなく、二、三時間もあれば閉じることができそうな量だというのに。それを相手取り、三日。死闘であった。何度食事を戻しそうになったか知れない。


 ただただ、残酷であった。凄惨であった。いかなカイラルにも、そこに書かれているのが何であるのかくらいは理解できた。


 死刑と拷問の記録なのだ、あれは。


「どうしてあんなものを俺に……」


 手記、という表題を信じるなら、実際に刑を執行した者が著したのだろう。何を思って血塗られた日々を記したのか。本の具合からして、相当な年代物には違いない。だから少なくとも、あの少女の手によるものではないことは確かだ。それだけが救いだ。


 しかし。だとしても、年若い女が持つようなものではないだろう。それを渡した。自分を理解する助けになるだろうとよこしたのだ。


 今でもはっきりと思い出せる。彼女の振り下ろす刃が、男の首に食い込むのを。それと同じ場面が、あの本にも幾度となく出てきた。


「まさかあいつ……」


 呟いたカイラルの手を、突然引っ張る者があった。強引に起き上がらされ、そのまま投げ飛ばされたものである。壁に叩きつけられたカイラルは、ずるりと床に滑り落ちたところで、仁王立ちする女に叫んだ。


「ってえな、何すんだよ!」

「ぐちぐちぐちぐちうっさいわ! 立て! 立ちませい!」


 頭をさすりながら言う通りにすると、キエルは胸ぐらをつかんだ。


「あの子の真の姿が何なのか知らないけどね。私だって、あんた達より若い頃から、人間相手に銃振り回してたのよ。それに比べりゃ、首の一つや二つはねたなんて聞いても、てんで大したことないわ」


 息子が何に思い悩んでいたのか、わかっているような口ぶりだった。


 浅黒い肌からもわかる通り、キエルはこの国の生まれではない。隣国クラックスの出身である。物心ついた頃には、反政府勢力の一員としてゲリラ活動に関わっていたというから、およそ平穏とは程遠い生き方だ。この女からすれば、カイラルもセリアもほんの子供なのだろう。


「第一、死体を道端に埋めるような男が、人様の素性をあれこれ気にすんじゃないわよ」

「う……」

「もしあんたがあの子に恐怖とか拒否感を抱いたなら、それはただの同族嫌悪。あんた自身の姿を見てるにすぎないんだから」


 そこまで言うと、キエルは立てかけてあったシャベルを手に取り、息子に差し出した。


「他人のことを知ったつもりになるのには、まだ早いんじゃない? もう少し付き合ってあげなさいな」


 目の前で人を殺されてなお、カイラルはあの少女を理解したいと思った。理解できると思っていた。自分も同じことをしたのだから。だが、現実はそうそう甘くなかったということだ。忘れてはいなかったか。相手はここではないセカイから来た存在なのだ。


 恐怖心がないと言えば嘘になる。侮ってかかっていたのも事実だ。だが、まだ決め付けるのは早い。あの本は彼女の一部だ。セリアという人間を構成する部品でしかない。彼女を理解するには、彼女の抱える闇を知るには、もっと深いところまで潜らなければ。


 何よりも。彼女と語り合いたいと思った気持ちに、間違いなどないのだから。


 カイラルは無言で頷くと、目の前の得物に手を伸ばした。

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