ある商人の記録・6
「職業に貴賎というものが存在するのであれば」
尼僧は緑茶をすすりながら言った。
「人を生かす職業は、誰もが尊ぶことでしょうね。人を弔う職業もまた同じ。私もその端くれですが……では、人を殺す職業は?」
商人はすぐには答えなかった。しばらく腕を組み、考える。そのふりをしていた。頃合いを見計らって、軍人や警察官ならやむを得ない場合もあるだろう、と答えた。尼僧もまた黙っていたが、やがて薄く笑った。
「余計な手間をおかけして申し訳ありませんね」
商人はぎくりとした。が、そう来るだろうなとも思った。見透かされていないはずがないだろう、この女性には。
「関係あるようで関係ない答え。話題の逸らし方としてはまずまずですが……逃げてはいけませんよ。今こんな話題を振ったのですから、先程の話に絡んでいるに決まっているじゃないですか。口にしたくないのはわかります。ええ、十分にわかりますとも。ですが、そういう職業は確実に存在するのですよ。まあ、都市同盟は禁じているようですがね。ああ、一都市だけ存置しているところがありましたっけ?」
商人は汗を拭きつつ頷いた。
「各都市の独立性の強さ故、ですか。それがこの国のいいところであり悪いところであり、あの災害の後始末には、いい方向に作用していたと。おかげでこの街はあっさりと見捨てられたわけですが」
尼僧の勧めに従って、商人は水に口をつけた。別にこちらを責める意図もないのだろうが、どうにも気圧されてしまう。
「首切り役人、人斬り包丁、神罰の代行者……色々と呼び名はありますが、結局は殺人者なわけです。殺人者に違いはありませんが……それは法の内のことなのです。法に認められた殺人者。法に則った行いに、何ら罪のあるはずもない。さて、彼らは貴き者でしょうか? それとも、賎しき者でしょうか?」
ここで答えられるなら、先程ごまかしてなどいない。そもそも自分は、商売のつてを求めて非合法組織に接触した人間なのだ。他人の行いにとやかく言える立場ではないだろう。それを察したのか、尼僧も「やめましょう」と言った。「私も半分以上は賎しい側ですから」と。
「そう、法です。規則です。決まりです。お約束事です。守らなければなりませんね。例えそれが、どんなにねじ曲がったものだとしても。私達が、枠組みの中で生きていくのであれば。私生活でも。学校でも。職場でも。……物語を進める上でも」
休憩は終わりだな、と商人は思った。まったく休めた気がしないが。
「少年は戦うことを決意しました。どうすればいいのかはわかりませんが、とにかく決めました。その矢先に新たな事実を突きつけられてしまいましたが。彼がこの先、思うように話を展開させるためには、学ばなければなりません。物語の動かし方を。立ち回りというものを。……その辺りも、話していきましょうか」