介入の狼煙(12)
永遠の闇の中にいたようにも思えた。
ハイリはうずくまったまま辺りを見回した。鈍い痛みに頭を押さえる。泥酔した次の日のような気分の悪さだ。鎧も強化骨格も消え、いつもの服と体型に戻っていた。閉塞力は完全に枯れて、当分は力を出せそうにない。
「よう」
カイラルの声に、ハイリは我に返った。黒い雨は止み、霧も晴れていた。目の前にカイラルと、変わらず気を失っているセリアがいた。
「ちょっと焦ったぜ。十分くらい呻き声上げてたぞ、お前」
「十分て……あんた」
何故逃げなかった。呆れ顔でそう言いかけたハイリに、カイラルは「馬鹿」と返した。
「お前が言ったんじゃねえか。俺は制御も何もできちゃいないって。確かにそうさ。この前はそれで何人も殺した。……お前に死なれちゃ夢見が悪いんだよ。セリアもお前のことは悪く言ってなかったしな」
あえてとどめも刺さず逃げもしなかったことで、力に振り回されるだけではないと証明したのか。
いや、そうではないだろう。この少年は純粋に、戦った相手の心配をしていただけだ。
強烈な意趣返しを食らったようで、ハイリは何も言葉が出てこなかった。しかしふと、奇妙なことに気づいた。
「あたし、その子の名前言ったっけ? っていうか、あたしのこと聞いたって?」
「ああ。お前らのことも、閉塞世界のことも、色々な」
「馬鹿な。だってその子は」
「あんまり人と話すのは得意じゃねえみたいだな。ただでさえこんな場所に来ちまったわけだし。でも、どうにか俺のことは信用してくれたらしいぜ」
ぽかんと口を開けたまま、ハイリは固まっていた。そして突然、声を上げて笑い出したものである。
「は、は、ははは、あはははは! そうか! ……あたしが何年かかってもできなかったことを、あんたが」
笑いに混ざった自嘲に、カイラルは気づいただろうか。
ハイリはふらふらと立ち上がり、カイラルに背を向けた。
「あたしの負けだ。あの子はあんたに預ける。じゃあ」
「待て」
強い声でカイラルが言った。
「お前も来いよ」
振り返ったハイリの顔には、わずかな驚きがあった。
「お前もセリアと同じで、こっちのセカイじゃ行くところなんてないだろ? 飯と寝る場所くらいは用意してやるよ」
「つくづく甘い、いや優しいね。あんたは」
ハイリは苦笑いし、ゆっくりと首を横に振った。
「悪いけど、そこまで厄介はかけられないよ。それに、色々と調べてみたいこともあるんでね。なあに、あんたが【セカイの中心】だっていうなら、きっとまた会えるだろう」
「そうか」
「ただ、一つだけ聞かせてくれ。……あの女は、何者なんだい?」
名を出すまでもなく、シャロンのことであった。
「俺もよくは知らない。セカイ使いだってのも最近知ったんだ。何でセリアをさらったのかもわからねえし」
「とにかく、あの女には気をつけろ。多分、蜘蛛使いの男なんかより遥かに危険な相手だ。何せあの女、あたしの――」
言いかけて、ハイリは「やーめた」と叫んだ。
「悔しいから教えてやらない」
「何だそれ」
「塩を送りすぎるのもどうかと思ってね。いや、あたしとしたことが、一回叩きのめされたくらいで気落ちしちまったわ。それじゃ、最後にもう一つだけ」
緩んでいたハイリの表情が、一転、戦いの時以上に厳しいものになった。
「その子の抱えてる闇は、あんたの想像もつかないほど深いものだよ。それを受け入れることができるか。楽しみにしてやろうじゃないか」
激励とも、挑発ともとれる口調だった。
「じゃあね、セカイの中心。閉塞の神々の祝福を」
肩を抱え、足を引きずってハイリが去ってゆく。
その姿が消えた時、セリアは薄っすらと目を開いた。