介入の狼煙(10)
倒壊した建物ばかりの、開けた場所だった。どうにか追いついた時、鎧騎士はセリアを壁にもたれかからせ、自分は横であぐらをかいていた。カイラルは何も言わず、ナイフを鎧騎士に突きつけた。
「まあ座りな。あんたと話がしたい」
「横に人質置いて話し合いか」
「人聞きの悪いこと言うね。あたしはあんた個人と敵対するつもりはないんだけど」
鎧騎士が兜を外す。現れた色黒の顔を見て、カイラルの眉がぴくりと動いた。
「お前……」
「まだ名乗ってはいなかったな。あたしはハイリ=ラナという。断っておくが、間違ってもさっきの女の仲間じゃない。むしろこの子を助けに入ったのさ。放っとくと何されるかわからなかったからね。……で、兄さん。せめて刃物だけでもしまってくれないかね。落ち着いて話もできやしない」
そう言うとハイリは、少し離れた場所に移動し、改めて腰を下ろした。カイラルとセリアと、ちょうど正三角形になる位置である。カイラルはしばらく、ハイリと視線を交わし続けた。そしてセリアをちらりと見、黙ってナイフをしまいこむや、どっかり座り込んだものである。
「カイラル=ヴェルニーだ。……礼を言っとくべきなんだろうな、一応」
「別に構わないさ。これでもその子の友達なんでね、何であろうと助けはしたよ」
「他の二人はどうした」
ハイリは首を横に振った。わからない、ということか。
彼女はこの数日間、ずっとスラムに潜伏していたらしい。飲まず食わずだったらしいが、彼女のセカイ法の性質上、それでも長期間の生存は可能なのだそうだ。空腹はごまかせないけどな、とハイリは苦笑した。
「ひどい目にあったな、お互いに」
「意外だね、納得はしてくれるんだ」
「いや……なんつうか、お前に敵意がないのはわかった」
「ただの勘?」
「まあ、勘だよな。昔からその辺はよく当たるんだ」
「……昔のことはどうか知らないけどね。今のあんたが直感で判断したなら、それはきっとただの勘じゃない」
ハイリがカイラルを指さす。正確には、彼の周囲を漂う黒い霧を。
「死の閉塞力。あたしも見るのは初めてだが……今まで見てきた中で、一番おぞましい力だよ」
広げられたハイリの手に、ぽん、と小さな石ころが出現する。それを霧の中に投げ入れると、砂粒のように砕けて散った。先程の槍と同じように。
「死のセカイ法は、他のセカイ法を否定するセカイ法だ。セカイ法の源となる閉塞力を食らい、存在情報の核である魂すらも侵食する。つまり他人のセカイ法を無効化した挙句、死に至らしめる。セカイ使いにとっては天敵とも言える存在なのさ。何せ力が『死』そのものだから、同じ性質のものについてはひどく敏感にもなる。身の危険はすぐに察知できるし、賭け事だって強くなるだろう。博打打ちにでもなってみるかい? このセカイにそういう職業があるのかは知らないが」
カイラルは自分の手を見た。死の力。言われてみれば、全くその通りの力だ。ハイリのセカイ法を無効化したことだけではない。あの刃を持った女や、猛禽の化物を屠ったことは記憶に新しい。そして、あの男達を殺したことも。
「この前あんたが逃げ出した時、黒い影が覆い被さっただろう。あれが閉塞世界の洗礼さ。しかも力の大きさから見て、あんたはちょっと特別な存在みたいだ」
「【セカイの中心】ってやつか?」
「何だ、知ってたのか。誰から聞いたのか知らないけど、自覚できるケースは珍しいな……それにしても、随分危険な力を授かったもんだ」
「危険、か」
「ああ、危険だね」
ハイリはきっぱりと言った。
「その霧。常人なら下手をすれば、吸っただけであの世行きさ。自分でその力を抑えきれるのかい? 暴走しないと言える根拠は? 万が一の時、その子を、大切な人を巻き込まない保証があるのかい?」
ハイリの追求には容赦がなかった。
「あたしはあんたを信頼できる人だと思う。この前だって、身の危険をかえりみず、この子を守ろうとしたじゃないか。だからこそ、この子を任せるわけにはいかない。あたしはこれ以上、あんたにもその子にも危険な目にあってほしくないんだ。だからここは退いてくれ。大丈夫、この子はあたしが必ず守る」
カイラルはうつむいたまま、反論しようともしなかった。ハイリが話すのをやめても、口を開こうとしない。やがて、ほとんど聞こえないような声で「わかった」と言った。
「わかってくれるのか。それじゃあ」
ハイリが立ち上がろうとした時である。
三角形の中央に、黒い稲妻が降り注いだ。ハイリも思わず顔に手をやる。地面に物理的な破壊はない。しかしその稲光は網膜を焼き、轟音は鼓膜を痺れさせた。
「俺が危険な存在なのはわかった。お前が俺個人と敵対するつもりはないし、俺らのことを本気で心配してるのもわかった。でも、例えそうだろうとな」
一度は収めた刃を再び構えるカイラル。周囲には、またも黒い霧が立ちこめ始める。
「お前らセリアが死ぬのを認めようとしただろうが。そんなやつにこいつを預けるわけにはいかねえんだよ」
ハイリは立ち上がった。「そうか」と呟き、兜をかぶり直す。右手を伸ばすと、手の中から左右に棒が伸び、一瞬で槍が蘇った。槍を振り回し、ハイリが叫ぶ。
「ならば腕ずくでも渡してもらう!」