介入の狼煙(9)
流石の彼も、すぐには判断がつきかねたようだ。
セリアの首根っこをつかんでいるシャロンと、それに槍を向ける謎の鎧。両者を前にカイラルは動きを止めた。どちらを相手にするべきか、迷いが生じたと見える。
しかしそれもわずかな時間のこと。自分が何を追ってきたのかは忘れていなかったようで、即座にシャロンへ挑みかかる構えをとった。捨て置かれた鎧騎士が何かを言おうとした、その時である。
シャロンは突然、セリアを前方へ放り投げた。槍を突きつけたまま、とっさに片手で彼女を受け止める鎧騎士。必然、カイラルの目もそちらへ向くこととなる。
二人の意識が自分から逸れた隙を狙って、シャロンは動いた。腰をかがめ、黒い風に乗って地面すれすれを疾空する。鎧騎士の横を抜け、戦闘不能のナクトを拾い上げると、そのまま角を曲がって消えていった。
一瞬のことに、鎧騎士も呆気にとられた。我に返って腕の中を見ると、セリアは変わらず気を失っていた。とりあえずは、これでいい。目標を確保したのだから、無理にあの女を追いかける必要はない。早々に身を隠してしまえばいいのだ。
その安堵感が気を緩ませた。背中に強烈な衝撃を受け、前のめりに倒れかかる鎧騎士。槍をつっかえ棒にしてこらえ、即座に振り向いて構えると、今しがた飛び蹴りを放った人物が果敢にも向かってきた。
「待て、落ち着け!」
「何が落ち着けだ!」
自分よりも遥かに巨大な鎧を相手に、カイラルは一歩も退こうとしない。殴り合いでは勝ち目がないと判断したのか、体格差を利用して器用に体をよじ登り、背後から組み付いた。狙いは頭だ。兜を力任せに引き剥がそうとし、それが無理だとわかるや、面頬の隙間からナイフを差し入れようとする。
「いててて! 無理だって! やめてくれ、あたしは敵じゃない!」
「だったらその女を捨てろ!」
「ああもう……わかったよ」
説得を諦めた鎧騎士は、セリアを抱える手を離した。が、そう都合よく話が運ぶわけがない。セリアに気を取られた瞬間、空いた腕で体をつかまれ、カイラルは放り投げられた。地面に叩きつけられた彼が起き上がった時、鎧騎士はセリアを抱え直し、槍を構えつつ迫ってきていた。
「悪いがあんたにこの子は任せられない。しばらく眠っててもらうよ」
ナクトにやったのと同じように、槍を振り上げる鎧騎士。天井を軽々と破壊し、床を穴だらけにした槍である。防ごうとして簡単に防げるものではない。だが、カイラルは退かなかった。振り下ろされる槍を、己の拳で迎え撃った。
金属がひしゃげる音。そして風を切る音がした。何かが遠くへ飛んでいく。吹き飛んだ槍の穂先が地面に突き刺さった。槍は、真っ二つに折れていた。
驚愕に身を固まらせた鎧騎士は、さらに目を疑った。カイラルの体が、黒い霧に包まれている。それは彼の体から染み出し、辺りを覆い尽くせと広がりだしていた。
「あんた……まさか」
金属の手が、ぎりりと軋む音を立てる。柄だけになった槍がカイラル目がけて投擲された。カイラルは寸前で回避したが、彼の脇を抜けようとした瞬間、槍は霧散した。黒い霧に溶かされ、飲み込まれてしまったかのように。
鎧騎士は舌打ちを漏らし、一目散に駆け出す。カイラルも続き、再び追跡劇が始まった。
彼らの姿が消えたのを見計らい、廃墟の陰からシャロンが姿を見せた。その反対側から顔を出したのはザトゥマとミンツァーである。
「おい、行っちまったぞ。あれでいいのか?」
「いいのよ。当初の目的は鎧の人が果たしてくれるわ」
「俺の出番はなしかい。あの鎧相当やるぞ。勢い余って殺しちまったらどうするんだよ」
「一番それをしそうな人が言ってもね」
半分本気ではあったが、シャロンとしてはここでカイラルが死ぬとは微塵も思っていない。もしそうなれば、それこそ閉塞世界の機能が崩壊しつつあるのだろう。
変わらず身動きの取れないナクトを転がすと、シャロンは鎖に手を添えた。黒い風が呼ばれ、上から重ねて縛るように渦巻くと、鎖はあっさりと砕け散った。
「ぬかったわね」
「ごめん」
眠い目をこすりながら起き上がったナクトは、どこか嬉しそうに言う。
「あいつ、シャロンと同じ。あいつのセカイ法は、セカイ法を消すセカイ法」
もちろんわかっている。先日の大立ち回りから、カイラルが目覚めたセカイ法の性質は予想できていた。さらに今、それとはまた別の使い方を見せてくれたわけだが。
強い。そして荒い。彼を駒として思い通りに動かすのは不可能なほどに。
想像以上に厄介な話になりそうだ。しかし、元より長期戦はこちらの狙い。外堀を埋めながら、間接的に彼を操ることはできるだろう。
問題があるとすれば、
「さて、シャロン。我々はどうすべきだと思うね」
むしろこちらの陣営か。ミンツァーはかなり性急に話を進めたがっているらしい。物語の長期化を狙っているシャロンとは、少々方針が異なっている。目指す方向は同じだが、いずれ決裂する時も来るだろう。いや、そうなってもらわないと困る。最後まで仲良しこよしを続けるつもりはないのだから。
ひとまず、今は乗ってやろうか。
「現時点でのこれ以上の介入は、物語の進行をかえって妨げると判断します。イレギュラーを無理に排除するのは自重すべきかと。ここはメインキャストの二人と、突然のエキストラに任せてみるのも一興かと愚考しますけれど。……いかが」