介入の狼煙(8)
「強いな」
ザトゥマが舌なめずりをする。ナクトを一蹴した鎧騎士を見て、欲求が膨れ上がってきたようだ。
「だけどどうすんだ? いきなりのイレギュラーだぜ」
「ふむ。困ったものだね」
わざとらしく肩をすくませながら、ミンツァーは廃墟の折れた柱に腰を下ろした。困ったとは言うが、焦る様子は少しもなく、この状況を楽しんでいるようですらある。窓からは、少し離れた場所で気絶しているナクトと、鎧騎士に槍を突きつけられるシャロンの姿がうかがえた。
ミンツァーの目論見は、カイラルを危機に陥れて、セカイ使いとしての覚醒を促すことにあった。あの娘を拉致してカイラルをおびき寄せ、ナクトなりザトゥマなりに相手をさせる。そうすれば嫌でもカイラルの力は引き出される。そう踏んでいた。
不安要素があるとすれば、母親の存在だったのだが、
(なかなか追いついてこないな)
どうやら『協力者』が上手く足止めしてくれているようだ。無論、狙ってやったことだが。
いささか強引ではあるが、そうでもしなければ物語はいつまで経っても進行しない。キエルは明らかに、カイラルを戦闘から遠ざけるつもりでいる。それではミンツァーの筋書きに差し支える。同じ閉塞世界に仇なす血筋でありながら、両者の立場は割れていた。
(君は甘すぎるんだ。そうそう簡単にはいかないことを教えてやる――と言いたいところだったが、私も少しばかり舐めてかかっていたようだな)
ともあれ、この程度は予想の範疇。もうしばらくはシャロンに任せるのがいい。
それにしてもこの一件、不可解な点が多い。『協力者』に預けた彼によれば、先日の崩壊に巻き込まれた全員が【森の魔女】の血縁者だという。そしてあの娘は、極めて特殊な身の上だとも。事実シャロンが言うには、娘からは閉塞の力が感じられないらしかった。極めて近い気配はあるものの、セカイ使いとして目覚めてはいないのだ。
その娘が『偶然』このセカイにやってきた――。
(老害どもめ。何を企んでいるのやら)
この物語の真の鍵とはカイラルではない。あの娘だ。だとすれば、彼女を懐柔しつつあるカイラルは、絶大なアドバンテージを得ていることになる。それをどう活かすかで、今後の展開は変わるだろう。
窓の外に目をやると、変わらず鎧騎士とシャロンが対峙していた。
「ザトゥマ、向こうばかりに目をやるな。警戒を続けろ」
「同じようなのがまだいるってのか?」
「先生に預けた彼のこともある。どこまでキャストが増えるか予想はつかんよ」
つまり、今後もさらなるイレギュラーの発生を考慮に入れねばならないということ。
膠着状態のまま五分が過ぎようとしている。ザトゥマはいい加減痺れを切らし始めた。
「何やってんだシャロンは。俺が出てもいいか?」
「気が早いな。主役の登場もまだなのに」
「今更出てきて何ができるってんだ。遅すぎんだよ」
ザトゥマの舌打ちを尻目に、ミンツァーは窓の外を注視していた。
まだ力を使いこなせていない分、事態の進行に遅れを取っている感はあるが、セカイの中心はあくまでカイラルなのだ。余程のことがない限り、カイラルは常に事態の只中にいるはず。つまりこの重大な局面で『遅刻』はありえない。問題はその後どうするかだが。
「来た」
遠くにちらついた、小さな黒い点が大きくなってくる。シャベルを携えた少年が、全速力で駆けてくるのが見えた。