介入の狼煙(7)
土煙が晴れてゆく。姿を現したのは、巨人の如き鎧の騎士であった。軽く二メートルは超えている。顔まですっぽりと覆った兜の中で、目だけが獣のように光っている。携えた槍は、自身よりもさらに長大だった。
「聞こえなかったのか? 彼女から離れろと言っているんだ」
槍をシャロンに突き付ける鎧騎士。その間にナクトが割って入った。
「行きなさい」
命令と同時に、ナクトは右手から糸の奔流を放った。鎧騎士が横に跳ぶ。着地点を狙い、今度は左手から糸が放たれる。だがそれも読まれていたのか、岩の楔によって迎撃された。巨大な体には似合わず、鎧騎士の動きは驚くほど俊敏であった。
糸を交わした勢いもそのままに、鎧騎士が飛びかかってくる。迎え撃つ余裕はなかった。ナクトが跳ぶと同時に槍が振り下ろされる。跳んだナクトを狙って鎧騎士が跳ぶ。殺風景だった空間は、瞬く間に穴だらけになった。
槍を寸前でかわしながら、ナクトは次の手を打った。袖口から、裾の下から、子供の握り拳ほどの蜘蛛がざわざわと顔を出す。すぐさま主の体を離れた蜘蛛達は、跳び回る二人を取り囲むように散った。構わず槍を叩きつける鎧騎士。ナクトは跳ばなかった。ほんの数センチのところを槍が通り過ぎる。床に突き刺さった槍を、ナクトの足が踏みつける。その刹那、鎧騎士の動きが止まった。
一瞬の隙を突いて、蜘蛛達が一斉に糸を放った。糸の渦が鎧騎士を包み込む。白い球体が完成し、鎧騎士の姿が見えなくなったところで、糸はようやく止んだ。
待つこと十数秒。糸玉に何も動きがないことを認め、ナクトが槍から足を離した時である。
糸玉が爆ぜるような音とともに弾け飛んだ。中から飛び出してきたのは、研ぎ澄まされた鈍色の刃であった。速さと重さと鋭さを兼ね備えた弾丸は、全方位に向かって放たれ、群がっていた蜘蛛達を消し飛ばした。
すんでのところで弾丸を回避したナクトは、真横に殺気を感じた。糸玉の残骸の中に、鎧騎士の姿はすでにない。とっさに糸の壁を展開する。申し訳程度に編み込まれた糸越しに、ナクトは強烈な衝撃を受けた。小柄な体が壁を突き抜け、建物の外にまで吹き飛ばされる。みしみしという音が体から響いた。
壁の穴から、鎧騎士が悠然と姿を現す。その姿は、先程より明らかに大きくなっていた。
「大したもんだ。あたしにもう一段回強化させるとは」
「お前、強い」
「それはそうだろうさ」
ごん、と鈍い音がした。ナクトの目から火花が散った。
「神子様の直系であるあたしが、どこの誰とも知れない野良セカイ使いに遅れを取るものか」
鎧騎士がナクトに向けた手から、鈍色の鎖が出現した。蛇のように飛びかかったそれは、先程の仕返しとばかりにナクトを縛り上げ、その動きを完全に封じた。まず一人、と呟いて、鎧騎士が振り返る。ぐったりとしたセリアを引きずり、シャロンが廃墟から出てきた。次はお前か、と槍を向けた鎧騎士に、思わぬ刃が返された。
「ラナ家の方?」
一陣の風が吹き抜け、土埃が巻き起こる。それが静まってなお、鎧騎士は槍を持ち上げたまま、言葉を発することができなかった。