病み上がりの闇(8)
広々としたリビングで、ビデオゲームに興じている者達がいる。壁一面を専有した大画面を舞台に、四人のキャラクターが殴り合っている。
「親父殿ー、もうちょいラッシュ手抜いてくれてもいいだろ」
「そっちこそ少し対空手加減しないか」
「何これ変なの出たんだけど」
「やめて範囲攻撃ぶっぱやめて死ぬ死ぬ死ぬ……あー」
二人は早々に脱落してしまい、残る二人の一騎打ちとなった。ボタンを叩く音が絶え間なく響いている。その様子を、少し離れた場所で眺める者が一人。壁にもたれかかってあぐらをかき、刀を抱えていた。
「解せぬ」
侍が呟くと同時に、画面内で決着がついた。ダウンした方がコントローラを放り捨てる。最後まで生き残っていたキャラクターの使い手に、侍は疑問を投げかけた。
「御大将。何を考えておられるのか」
「何を、とは何だ」
対戦の勝者――ディオンは、どこまでもとぼけている。わかっているだろうに、と侍は頭をかいた。
「あの魔女の血族を別セカイに放り込んだと聞いた。理屈に合わぬ。要らぬ危険を冒すだけではないのか。そこまで状況が切迫しているとは、俺には思えぬ」
ディオンは端末を操作した。画面が切り替わり、障壁の様子が映し出される。特に目立った異状はないが、先日の騒動のせいか、巡回しているセカイ使いの数も多いようだ。一通り確認をしてから、「その通りだが」とディオンは答えた。
「今回の結果がどうなろうと、俺は構わん」
これにはむしろ、ディオンの隣にいた女の方が驚いたようだ。先日マリアナの救援に現れた、彼女と瓜二つの顔の女である。
「ひどい人ですこと。煽ったのはあなたじゃなくて?」
「乗れば面白くなるかもしれないと、そう言っただけだ。却下されるならそれでよかった」
だが皆は選んだ。賭けに乗るか否かという、意図的に選択肢を狭めた問題に答えてしまった。他にも道はあっただろうに。末期症状というのはこういうものだ。どういう手段が正しいのか、もう誰にもわからなくなっている。だからこそ目の前の奇抜な案に飛びついたのだ。それこそ、発起人であるマリアナ自身でさえも。
「あいつの本当の狙いは、登場人物の回収だ。今回送り込んだ娘も、無事に生き延びたら手元に戻すつもりだろう。こんな面白い素材、手を突っ込んでくれと言っているようなものだが」
「俺を冥府の女皇のところから引き抜いてきたようにか」
「お前はむしろ放出されたのだと思うがね。……マリアナは自分の血にこだわりすぎて、この千年外の人材を入れてこなかった。それで今までは上手く回っていたのだろうが、ここにきて足枷になっている。新しい血が欲しいのだ」
完結した物語の登場人物を召喚し、戦力として組み込む。本来この仕組みは、時を追うごとに厳しくなっていく閉塞世界の維持を、自分達で賄うために作られたものだ。しかしここ数十年、その意味合いが変わってきている。
五人ともが見据えているのだ。閉塞世界が完成した暁に起こるであろう、頂点を決めるための戦いを。そのための戦力の確保を。これまでは穏便にやってきたが、マリアナはなりふり構わない姿勢を明確にした。当然、他の連中も動くだろう。
だが、ディオンにしてみれば今更な話だ。こと精鋭の質については、確実に一歩抜きん出ている。今この場にも、四人。
かつてセカイの中心だった者。
セカイを滅ぼす災厄だった者。
未完のまま忘れ去られた物語の残滓。
そして、魔女の半身。
「これから先は、ますます争いが加速する。今回の物語にも、お前達の出番があるかもしれん。その時までは、力を蓄えておくがいい」
「……旅の途中にある者達を相手に、我らの力が必要とも思えぬが、まあよい。その時は」
侍が刀を叩いた。
「一つの物語を駆け抜けた者の力、見せつけてやりましょうや」