病み上がりの闇(2)
掘り返した地面から、人型の肉が出てきた。その隣を掘ってみるとまた出てくる。シャベルを持った作業員達もうんざりとした顔つきだ。
「おいおいおいおい。マジかよこれ」
死体の発掘を眺めていたザトゥマは、興奮した面持ちで手を打ち鳴らした。
「こいつらあれだよな? うちのパシリ」
「私に聞かないでくださいよ」
ザトゥマには目もくれずにペリットが言った。
街の探索をしつつ、数日ぶりに教会へとやってきたが、墓地に不自然なものがあった。崩壊の直前までにはなかったはずの、地面を掘り返して埋めた後である。あの日の昼間、カイラルの運んできた死者を埋葬した、すぐ隣から始まっていた。
嫌な予感は的中した。掘り起こされたのは死体だった。ミンツァーの使い走り、ロゼッタを襲ってカイラルと一悶着起こした連中である。
ペリットの拳が強く握られる。今の段階では、埋めた人間を特定することはできない。しかし、あの墓守の少年の仕業であることは、疑いないように思われた。そして恐らく、この連中の命を奪ったのも。
死体の半分以上は致命的な傷もない。そのうち一体は、顔が真っ黒に塗り潰されていた。
「とうとうやっちまったか、あいつ」
ザトゥマが冷笑を浮かべる。否定はできなかった。この男とキエルの話から、カイラルが目覚めた力の性質はある程度掴めた。閉塞力そのものを無効化し、魂を食らう力。なるほど、肉体の破壊は起こるまい。顔を塗り潰された男は、強大な死の力が定着したのだろうか。キエルも触れただけで、一瞬手の平が黒く染まったという。
そして、それらとは対照的な死体が一つ。
「いい腕してるぜ」
胴体から離れた首をザトゥマが掴み上げる。その切断面は余りにも鋭利で、一太刀で決めたことは間違いなかった。
「あの女がやったのか」
「まさか……いや、しかし」
人の首を落とすというのは、そうそう簡単にできるものではない。達人の腕前と、優れた得物がそろって初めて可能になるのだ。少なくとも、カイラルにその技術はない。
彼が連れてきた少女は剣を持っていた。決めつけるには早計だが、最有力の容疑者は彼女だ。だとしたら彼女は何者なのだろう。キエルが上手く聞き出してくれればいいが。
最後に、小さな土の盛り上がりが掘り返された。それだけ石が乗せられ、墓であることを主張していた。また生首でも出てくるのかと思ったが、埋められていたのは意外なもの。小さな黒猫であった。
ペリットには見覚えがあった。ここ最近、スラムをうろついていた猫である。争いに巻き込まれて命を落としたのか。
すべての死体を前にペリットが十字を切る。誰もがそれに倣った。ザトゥマだけが、つまらなさそうにそっぽを向いていた。
「とりあえずミンツァーに報告するわ。死体、持ってっていいんだろ?」
「手荒に扱わないでくださいよ」
「そっちこそ、あの女丁重に扱えよ。ミンツァーが会いたがってるからな」
それだけ言い残し、死体袋とともにザトゥマは去っていった。
そんなことは知っている。少女を保護してすぐ、キエルは彼女の隔離を命じた。それから間もなく、彼女の情報を明らかにしろとの要請が、ミンツァーから来ていた。もちろんそれどころではないと突っぱねたが、両方とも少女の素性について心当たりはあるのだろう。
ペリットは詳しい事情を知らない。ただ、彼女の存在が、より大きな火種となるだろうことはわかった。少女の処遇をどうするのか。それは彼女の態度次第で変わってくるだろう。協力的な姿勢を見せてくれればいいが、そうでなければ。
最悪の可能性を考えながら、ペリットは再び黒猫を葬っていた。