放たれた殺意(9)
去ってゆく二人を見つめる者がいた。教会の屋上だ。手を彼らに向け、黒い風を渦巻かせる。狙いは十分、手負い二人片付けるなど訳ない。しかし風はいつまでも放たれなかった。踏ん切りがつかないまま、やがて手を下ろした。
始末すべきだ。生かしておけば、確実に今後の障害になる。だが、やれるのか。あの少年は、まさしくセカイの中心。力ではこちらが圧倒的でも、閉塞世界の加護に打ち勝てる保証はない。
やはりあの娘だけでも、しっかりとこの手で殺しておくべきだった。これも余計な復讐にこだわったせいか。精神のネジを外したごろつきどもなど、当てにするものではなかった。あの神父の時といい、自分も詰めが甘い。
力に目覚めた少年と、あの娘。
不確定要素ばかりが増える。
しかし、考えようによっては、物語のよい材料が増えたと言えるかもしれない。重要なのは、物語を自分の思うがままに進めることだ。自分だけが素性を把握できる人間が多いというのは、悪い状況ではない。
十年の時を経て、アルメイドの血は再びこのセカイへ踏み入った。自分と無関係とは言わせない。彼らと自分は、今後このセカイで展開する物語の主要人物となるだろう。十年前の出来事は、序章に過ぎなかったのだ。
あの少年がセカイの中心ならば、自分はどうしたって、敵役として振舞わざるを得ないだろう。閉塞世界に仇名す一族の者がセカイの中心。その相手となるのはかつて閉塞世界に弓を引いた自分。閉塞世界の本来の機能から言えば、あってはならない滅茶苦茶な脚本だ。こんなものを許した時点で、閉塞世界に相当の綻びが生じているのは疑いない。ならば、付け入る隙はある。
十年前のようにはいかない。今度こそ食らいついてやる。最後に笑っているのはこの自分だ。
そのための切り札は、すでに手の内にある。
シャロンは振り返った。青年がそこに寝ていた。見つけた時は時折苦しげな声を上げていたが、精神麻薬が効いたのか、今は静かな寝息を立てている。
最初はただ、再会の喜びだけがあった。しかし、覗き見た彼の心は、あまりにも残酷な現実を伝えてきた。十年の隔たりは想像以上に大きかった。自分がいない間に、物語はあってはならない方法へ進んでいた。
今こそ二人で取り戻そう。すべてを。
シャロンはそっと腰を下ろし、唇を重ねた。
声を漏らし、目を薄っすらと開ける青年。シャロンが離れると同時に、青年はゆっくりと体を起こした。まだ夢から覚めていないのか、状況に困惑しているのか、虚ろな目で反応を見せない。
シャロンは感情のない声で言った。
「ようこそ。我らがセカイへ」