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放たれた殺意(7)

 少女は走った。心の声で謝りつつ、墓石を踏み台にして跳躍。死霊の群れをかろうじて跳び越した。


 背後で男達が最後の時を迎えていた。密集隊形で突っ込んでくる死霊の前に為す術もない。いくつもの槍が男達の体を串刺しにし、断末魔の声が上がる。物理的な破壊は行われない。肉体を透過した槍は、存在情報(たましい)へと介入。凝縮された純然たる死の力が、生命を断絶せしめ、その魂を、セカイを打ち砕く。


 瞬く間に獲物を狩り尽くした死霊は、残る標的へ狙いを絞った。追いかけてくる死霊に、振り向きざま石を投げる少女。石は死霊に傷一つつけられず、向こう側へすり抜けた。物理的な力では干渉できないのか。


 死霊の一体が追いついてくる。どうにか撒こうと角を曲がった時、飛ばされていた剣の姿が目に入った。死霊が迫る。拾い上げざま、少女は剣を振り抜いた。突き出される槍をかわそうとはせず、迎え撃つがごとく斬りつける。真っ二つに割られた死霊の体は、そのまま霧散した。


 流石の業物だった。この【裁きの剣】であれば、閉塞力の塊にも通用する。剣のかつての持ち主に祈り、少女は柄を握り締めた。


 墓地を駆け抜けながら少女は舞った。一体、二体と追いつくたびに、死霊が斬り捨てられる。許してほしいと願いながらも、少女は割り切った。彼らは死者の魂などではない。恐らくは、墓に眠っている人々の情報を基に、少年が投影した存在にすぎないのだから。


 死霊は数に任せて突っ込んでくるばかりで、個々の能力もバラバラ、統制も取れていない。目覚めたばかりのセカイ使いの限界だろう。半分近く数が減ったところで、動きが止まった。このままでは全滅するだけだと悟ったのか。だが、指示を出すべき者にその余裕がなければ、何もできはしない。

 死霊の向こうに少年が見える。死の色をした瞳がそこにあった。彼に抱いた恐怖はすでに薄らいでいた。代わって芽生えたのは、哀れみであった。死の使いに見えた少年も、実態は見た目より遥かに幼い子供だった。


 少女は理解していた。この少年が【セカイの中心】として選ばれ、今後彼のセカイで展開する物語の核となることを。そして今少年が行使する力は、魂を浸食し、セカイ法そのものを否定するセカイ法であるということを。


 障壁屑が溶けるように消えた時、すでに想像はついていた。あの村に断片的に伝わる、禁忌とされる力に違いないと。閉塞力の塊であり、存在そのものがセカイ法である障壁屑にとっては、文字通り存在を否定する力となる。逆に、物理的な干渉力は希薄であるが故に、男達の肉体を傷つけることはなかった。そして魂のみを食らい尽くしたのだ。


 まさに死の力。死の閉塞力。


 少年が生きているのは奇跡的だった。心身に与える負担は尋常ではあるまい。とうに自身の命を燃やし尽くしていてもおかしくないのだ。余程素質があったのか、それとも【セカイの中心】としての力なのか。


 先に動いたのは少女だった。剣をそっと地面に置き、ゆっくりと少年に近づく。気圧されるように死霊達が道を開ける。少年のもとへたどり着いた少女は、その双眸をじっと見つめた。


「……う、あ」


 カイラルは自問した。この場に居合わせた者をすべて消せば、自分が殺人を犯したという事実も葬り去られるのかもしれない。だが、それではこの少女は。自分は彼女を探していたのではなかったか。彼女を助けるために。ともにこの悪夢から脱出するために。


 ならば、彼女を殺すなどということが許されるのか。


 少女はカイラルの手を握り、ただその瞳を覗き続けた。


 土のような色だった顔に、温かな色が戻る。その目から、涙が溢れ出す。


 少女は首を横に振った。何も言わなくていいと、さらに手に力を込めた。


「……ああ。わかってるさ」


 目撃者を消し去ったところで、罪は葬れはしない。


 自分が手を血に染めたという事実は、自分自身が誰よりわかっているのだから。


 音を立ててシャベルが転がる。死霊達の姿が薄れてゆく。静かに消滅していった彼らは、どこか笑っているようにも見えた。


 カイラルは崩れ落ちた。糸が切れたような彼を、少女はそっと抱きしめた。



 その背中に、忍び寄る影があった。影は少女が置いた剣を掴み、叫びを上げて二人に襲いかかった。が、不意打ちも虚しく、少女の振り向きざまの拳を鳩尾に食らい、悶絶した。先程少女が投げ飛ばしていた男だった。


 事態が急変したのはその時である。


 剣を奪い返した少女は、己が辱めを受けたかのような表情をしていた。大切な得物を触られた、という単純な嫌悪感ではない。怒り心頭の少女は、男の腹に一撃を叩き込んだ。腹を押さえて崩れた男は、ちょうど跪いて頭を差し出しているような格好になった。


 少女は極めて自然に、男の横で剣を構え、頭上で回転させ始めた。彼女が何をしようとしているのか、カイラルが気づいた時には、すでに止められるぎりぎりの時間しかなかった。


 二人の目が合った。全力で飛びかかれば間に合うというその刹那、カイラルは許しを請われた。この男を私に。少女はそう懇願していた。それは駄目だ、とカイラルは訴えた。自分はともかく、こんな少女に手を汚させるわけにはいかなかった。


 しかし彼は、伸ばせば届く手を引いた。彼女の放つ気配から感じたのだ。手を血に染めるという点において、少女は自分のさらに先を行っていると。


 カイラルは知る由もない。この少女が、ある特定の状況下において、自分を遥かに上回る殺人の技術を持つことなど。


 裁きの剣が振り下ろされた。確かな技術と得物で以って、少女は男の首を切断した。

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