放たれた殺意(6)
何が起きたのだ。
カイラル本人にさえ理解はできない。はっきりしているのは、顔を失った男が転がっているということ、それだけだ。
あの刃を携えた女や、人の顔を持つ猛禽とは違った。消えない。そこに転がったまま揺らぎもしない。何故だ。今すぐ目の前から消え失せろ。そして証明しろ。ここが夢の中だと。
どれだけ念じても、男の体はそこにあった。
まさか。そうなのか。認めなければならないのか。
殺した。自分が。このカイラル=ヴェルニーが。
生死を確認したわけではないが、疑いの余地はないように思えた。これが死体でなければ何だと言うのか。黒に染まった顔がそう告げてくる。
「……あ」
カイラルは反射的に顔を背けた。物言わぬ屍を一刻も早く視界から外したかった。わけもわからないまま、助けを求めるように視線を泳がせる。
「誰が、誰が」
少女を、悪漢どもを、そして周囲を囲む黒い影達を見回し、
「誰が殺したんだこいつを!」
カイラルは絶叫した。お前ではない。誰かがそう言ってくれることだけを求めていた。頭を両手で掴み、激しく振り回す。あの瞬間の光景が、目に焼き付いて離れない。
狂乱のまま、シャベルを地面に突き立てる。本能だった。このまま壊れてなるものかと体が動いた。一刻も早く、この世から消し去らねばならなかった。自分が殺人を犯したという証を。
異常な光景に、男達はかえって冷静になった。相手になどしていられるか、それよりも逃げようと後ずさりする。そこでカイラルの動きが止まった。
「……お前ら」
黒く濁った視線に、男達は身を固まらせた。何事か呟いたカイラルは、シャベルを地面に叩きつけた。喚き声を上げながら、何度も何度も。
「駄目だ! 駄目だ駄目だ! お前らが見てるから! 俺が殺したことになっちまう!」
「そ、そうだろ! お前がやったんじゃねえか!」
「お前らのせいだ! お前らが俺に殺させたんだ! なのに何でお前らだけが助かるんだよ! このままじゃ俺が壊れるんだ! 壊れたくないんだよ!」
叫びとともに、カイラルがシャベルを掲げる。再び黒い光が走り、霧が辺りを包む。静観していた影達に変化があった。黒い体が蠢き、手の中に細く長い物体が形成される。槍を構えた死霊の軍勢は、じわじわとその囲いを縮め出した。
「お前らさえ、お前らさえいなくなれば!」
自分は壊れずにすむ。
迫り来る死霊の群れ、狂気と傲慢に満ちた少年の選択に、男達は恐怖に駆られた。何としてもこの場を切り抜けねばならない。そのための、最も安直な方法を彼らは取った。一人が少女の背後に回り込み、首筋にナイフを当て、
「動くな! 動くとこの女の――」
言えたのはそこまでだった。終わらないうちに男の体は宙を舞っていた。派手な音を立てて地面に激突。白目を剥き、ぴくりとも動かなくなった。完璧に技が入ってしまった。少女の投げ技が、だ。
砂埃の中、少女が我に返る。
反射的に動いてしまったが、そんな馬鹿な。今しがたまで、立つこともままならなかったはずなのだ。あの女の、黒い風の呪詛によって。
少女は気づく。黒い風と黒い霧。同質の力による相殺。セカイ法を無効化したというのか。あの少年が。
死霊の軍勢が一斉に襲い来る。
悪漢どもの悲鳴が響き渡った。