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ある商人の記録・3

「無限神エンヴァルディアから詭道師イェルド、虚英雄ヒルヤナッハ、機甲天使ラスアーナ、巨神オーヘッドなど……閉塞神話に括られる物語はかなりの数存在します」


 尼僧は果物の入った籠を引き寄せて言った。


「括れるということは、当然ながら共通して見られる特徴があるということです。何だと思います?」


 商人は首を傾げた。そう言われても、自分はナリーヤの話しか知らないのだ。


 暫し思考の後、商人は答えた。悲劇性か、と。


「なるほど。ごもっともな答えです」


 尼僧が微笑する。


「確かに、閉塞神話には悲劇となるものも多い。ですがそれは結果論でして、むしろ笑える話も結構あったりするのですよ。事の本質はもっと別の所、その名前が示すように――」


 尼僧は別の器を籠の上に被せた。籠と器でできた球体の中に、果物達が閉じ込められる。


「この物語の多くは閉塞しているのです。閉塞、といってもピンとこないかもしれませんが、簡潔に表すなら……彼らには、社会が見えていないのですよ」


 社会が見えない。


 確かに、戦乙女ナリーヤも、自らの社会的使命を放棄し青年アーサーのためだけに戦った。最終的には、人類すべてに対して絶縁とも取れる言葉を放った。ある種、特別で狭い視野の持ち主だ。行動そのものは、世界の命運をかけるほど壮大であるにもかかわらず。


「閉塞神話の基本は『キミとボク』などとも呼ばれます。男女、友人、親兄弟、親しいものたちとの間だけで閉じられた世界。そこに他者が立ち入る隙はなく、ものによっては社会情勢すら描写されない。矮小な個人が世界の行く末を担い、ひどく狭いセカイの中で壮大な運命が動く」


 器がどかされ、籠の中から林檎が取り出された。


「あなたは商いをしていらっしゃる。社会との繋がりの大切さは身に染みておられるはずです。ですが、どうです? 時々鬱陶しくなりません? そんなものを介さず、世界を自分色に染め上げたいと思ったことはありませんか? ……結構、正直な方ですね。でもあなたは、それを馬鹿げたことだと放り捨ててしまえる。無難です。ですが、世の中そんな人間ばかりとは限らないわけでして」


 尼僧はナイフを取り、器用に林檎の皮を剥いていく。


「社会を拒絶し、世界との直接対話を目指した者達もいるということです。それがセカイ使い。神話の世界を現実に再現することに成功した、愚か者達です」


 きれいに渦巻きを描いた赤い皮が、ぽとりと落ちた。


「さて、彼らの魂は、どのような色をしているのでしょうね」


 裸になったリンゴを商人に突き付ける尼僧。白く輝いているはずのそれは、店の薄暗さのせいか、ひどく毒々しく見えた。

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