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世界閉塞の日

 前線で快進撃を続けているフォルスから電波通信が入った。敵主力の沈黙を確認。残存兵は戦意喪失の模様。どうしますか。


 教授は笑って答えた。相手にする必要もあるまいよ。次に進みたまえ。


 了解、という短い返答を残して通信が切れた。様になってるね、と教授は微笑む。別に軍人の如く振舞えと命じたわけではないが、彼の場合はこれが素だ。まさに破壊の化身。極限まで削ぎ落とされた口数が、殺伐とした戦場では心地良い。


 戦況は教授の思い描いた通りに展開していた。当然である。最初から勝ちの決まった戦争を仕掛けたのだから。それでいてなお、教授は手抜かりを拒んだ。どうせ圧倒的優位な戦いなら、思い切り派手にやってやろう。それがこの世界への手向けとなる。


 マリアナから、詠子から、オズワルドから、次々と報告が届く。すべて順調、我らの妨げとなり得るものなし。ディオンだけは音沙汰がない。だがあの男のことだ、とうに役割など終えて、野暮用でも済ませに行っているのだろう。好きにすればいい。もうこれが最後の機会なのだから。


 教授は足元を見やった。光の翼を持つ従者達が、眼下に広がる都市を蹂躙してゆく。高層建築が叩き折られ、爆ぜた自動車が火柱を上げる。上空千メートル超からの夜景は、さながら神話の一場面だ。もっともこれは、神々の黄昏でも最終戦争でもない。正真正銘、人間同士の争いである。


 絶叫が上がった。従者達を弾き飛ばし、上昇してくる影が数個。討ち漏らした敵の集団が、何やらわけのわからないことを叫びながら突っ込んでくる。玉砕覚悟の特攻とは思えない。恐怖で周りが見えなくなっているだけだろう。


 命じるまでもなく、周囲を固めていた従者達が迎撃に移る。爆裂が、雷撃が、重力波が、哀れな弱者達を捻り潰す。猛烈な十字砲火を食らい、敵の姿が光と音の中へと消えた。流石に仕留めたか。


 否。教授は魂の反応を認めた。閃光を潜り抜け飛翔してくる敵が一人。仲間を盾にする形で生き延びた彼は、暴風の勢いで従者達を撥ね退ける。背後から追撃を受け、腕が捻じれ足が千切れようとも、その勢いは止まらない。ただ教授だけを見据えた目は、最早痛みなど忘れたかのようであった。


 やるじゃないか。


 教授は感嘆し、従者達に攻撃停止を命じる。せっかくここまで来た相手を手数に任せて潰すのは気の毒だ。丁重にもてなしてやらなければ。


 教授の眼前に光の壁が出現する。一瞬遅れて無数の光の槍が襲いかかってきたが、一筋として教授に届くことはなく、壁によって掻き消された。そのわずかな間に、男の姿は教授の背後へと移っていた。男の持つ光の刃が迫る。しかし触れる寸前、教授の姿が消えた。


「君達も殊勝なことだね」


 教授が背中越しに声をかけると、男の表情はゆっくりと変化した。驚愕から不安、恐怖、そして絶叫へ。コマ送りのような時間の中、男の人生最後の瞬間を見届け、


「しかし残念かな、いささか実力不足だったようだよ」


 白く輝く光の翼をはためかせ、教授は舞った。翼から散った一枚の羽を手に取ると、それは一瞬にして長大な棒へと変化し、一端からは布状の光が伸び、逆端は鋭利な杭へと変貌を遂げた。それ即ち、魂の旗である。


「――死亡伏線、強制発動」


 呟きとともに、男の心臓へと切っ先が突き立てられた。


 物理的な破壊は行われない。肉体を透過した槍は、男の存在情報(たましい)へと介入。彼が張ってきたであろう【死の伏線】を強制的に励起し、存在を断絶せしめ、その魂を、セカイを打ち砕く。すべてが砕ける音は大気を介せず、魂の震えとなって教授へと返る。それは無数のガラスを叩き割ったに等しい大音響だ。


 絶命の寸前、男の口が何かを呟いた。どうやら女性の名のようだ。妻か恋人か、娘か妹か。事情は知るべくもないが、今際の際に口にするほどの名だ。彼にとっては己を懸けるに値する人であったのだろう。


 存在の拠り所を奪われた男は、飛ぶ力も何もかも失い、闇の底へと消えていった。


「そうか。君のセカイはその人に支えられていたのだね」


 典型的な【他者依存】型のセカイ使いだったということか。


 教授は男の遺した女性の名を反芻(はんすう)する。彼のセカイの大半はその女性によって構成されていたのだろう。命を賭して戦いに臨んだはずである。世界のためではなく、ただ一人の女性のために。しかし与えられたのは、敵の親玉に屠られる名もなき戦士という立場だけ。


 社会の目を恐れ、自分達の存在をひた隠しにして生きる道を選んだ時点で、彼らは敗北していたのだ。それもセカイ使いの一つの形ではあるが、教授の目にはひどく中途半端なものとして映った。同じセカイ使いであっても、己が世界を閉じるに止まる彼らと、実際に世界の変革を望む教授とでは、同じ道を歩むことなど叶わなかったのだ。


 道を違えてしまったことは残念至極。


 それでも教授は、後悔の念など微塵も抱えていない。


 今日こそは世界変革の日。果てなく広がったが故に行き詰まった世界を、自分達の力で変えねばならない。狂人と蔑まれ、学会で窓際に追いやられようとも屈せず、一つの道として体系づけてきた理想によって。


 かつてであれば、それはただの無力な妄想であったろう。


 しかし今の自分には力がある。


 【世界の意思】より授けられし、世界変革の刃たるセカイ法。


 そして、問題児揃いの無単位授業(コロキアム)生達。


「行こうか、諸君」


 世界のどこかにいるだろう教え子達に声をかけ、教授は旗を振り下ろした。夜空へと突き立てられた旗より魂を接続し、閉塞力を注ぎ込み、起動を承認する。すべての引き金となる装置、セカイ使い六人分の力の結晶は、その能力を全開放した。


 教授は感じた。己の魂に膨大な情報が流れ込んでくるのを。そして悶えた。世界と、全人類と魂を共有する感覚に。


「――聞け、人の子よ!」


 教授が叫ぶ。かくして、人類への宣告が始まった。


「我ら、閉塞世界の導き手にして、世界の現状を憂う者である! 今この時を以って、世界は新たなる姿へと生まれ変わることを宣言しよう!


 古代の哲学者は言った。人間は社会的動物であると。確かに我ら人類は、極めて複雑な社会構造を構築することで、強大なる集団として機能し、他の生物を凌駕するに至った。それは認めよう。だが!」


 一際強い声が上がる。


「それは一つの弊害を生んだ。際限なく肥大化した社会は個人の存在を飲み込み、あらゆる行為において社会を通すことを強要したのだ。自身を省みるがいい。家庭に属し学校に属し企業に属し、街に属し地域に属し国に属し、人種に属し文化に属し宗教に属し!


 ――個人の魂が世界と直接交わる日は、未来永劫訪れぬ!」


 最早、押さえの利くような状態ではなかった。


 教授は身振り手振りを交え、興奮に任せて一気にまくし立てる。


「認識を改めよ! 個人は社会の構成要素でこそあれ、決してそれに従属するものではない。個人の意思とは、時として世界の存亡にさえ直結していなくてはならないのだ。しかし、今の世界はそれを可能とする方向へは進まなかった。人類はそれを可能とする力を獲得することなく、今に至ってしまった。何故か。社会がそれを阻害したのだ。あまりにも早い段階での社会の形成が、文明の発展と引き換えに、世界との蜜月を奪ったのだ。結果として、人類の進化は行き詰まりを迎えてしまった。


 ――ならば!


 我らが変えてやろう、この世界を! 我らが理想とする世界、社会を超越した個人の群体によりて形成される世界へと! 疑いの眼差しを向ける者よ、我が翼を見るがいい! これこそ私が世界と対話した証――苦悩と自問の末、我が前に姿を現したる【世界の意思】によって授けられし、世界変革の力を行使しうる個人の証明である!」


 教授の翼が一層激しく輝いた。それは己の存在を誇示するように肥大化し、すでに教授自身を飲み込まんばかりに広がっている。教授の力の象徴であり、文字通り魂の一端である翼が、本体の感情の高ぶりを体現しているのだ。


「矮小な個人諸君、力を望め。世界を自分色で塗り潰し、新たなセカイを生み出しうる力を望め。世界との直接対話を為しえた者には、その魂の色と形に応じた力が与えられるであろう。そして存分に振るえ。世界に自身を合わせるのではなく、自身に世界を合わせるために。


 ――さあ、今こそ見せよう。我らの得た力と、それのもたらす閉塞世界を。見守るがいい、そして享受するがいい人類よ。閉塞世界の与える試練と、恩恵を」


 夜空が瞬いた。稲妻にも似た光が走り、大気が震えを生む。それに呼応するかのように、世界のそこかしこに新たな発光体が出現した。正確には、予め存在していたものが視認可能な状態となったのだ。遂に、役目を果たすべき時を迎えたことで。


 仲間達とともに、世界中を駆けずり回り張り巡らせた伏線。天に、地に、海に、無数に突き立てられた魂の旗は、世界変革の連結回路となり、この日を待ち続けていた。それが今まさに、力の第一段階を発動せんとしているのである。


 教授は笑った。ただひたすらに。歓喜に打ち震え、訪れる新世界の姿を目に浮かべながら。翼はますますその輝きを増し、共鳴した旗の群の間で光が弾けた。大地がひび割れ、空が歪み始める。間もなく世界は砕け、やがて閉じるだろう。新たに生まれ出た世界は、その中心に近付き、それとの交合を望む矮小な者どもを歓迎するだろう。すべては閉塞へと向かい、人類は小さく小さく閉じた殻の中で、真の安寧を得るだろう。


 その名も閉塞世界。


 己が目的のために世界を書き換える愚者、セカイ使いの跳梁跋扈する楽園である。


「我らはこの世界を否定する! 社会を超越した個人の出現によりて、個人と世界との直接対話によりて、即ち閉塞世界の形成によりて、人類をさらなる未来へと導くために! 我ら――」


 世界が閉じる直前。


 両手を広げ翼を広げ、教授は。


 滅び行く旧世界の夜空へと、湧き上がる劣情をぶちまけた。



「我ら、この広大なる世界との決別を採択す!」

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