邂逅、悪夢にて(7)
復興連盟の通達は、瞬く間にリバーブルグ周辺の都市を駆け巡った。
「リバーブルグにて十年前に類似した災害発生、各員は危機管理計画通りに行動せよ」
構成員達の動きは早かった。続々と応援が駆けつけ、リバーブルグは即座に封鎖され、新興市街の住民達は速やかに脱出した。かつての経験が生きたとはいえ、鮮やかとも言える手際のよさだった。悲劇を繰り返してはならないという総員の意志が、見事に機能した結果だろう。
前線の指令所は新興市街に置かれた。避難が終わった街は、一転して静まり返っていた。対処が完了した以上、後は見守るしかないのである。銃を持った私兵達も、緊張感は保っているが、どこか手持ち無沙汰だった。
「遅い」
ペリットは時計を睨み続けていた。すでに被災から六時間、キエルが壊れた世界に突入してからも五時間が経過している。教会が壊れた世界に取り込まれてしまい、構成員達は全員が脱出したが、キエルだけはすぐに引き返した。予定通りの行動だった。あの空間の内部でまともに行動できる人間は限られているのだ。
それにしても、五時間である。深追いはしないと言っていた。自分が戻ってこられなくなっては元も子もないからだ。中で何かあったのか、と疑わざるをえない。
彼女の身内も揃って行方知れずになっていた。カイラル、ダウル、ロゼッタ、誰一人見つかっていない。この上、キエルまで同じことになってしまうのか。探したくても、自分達の力ではどうすることもできない。いたずらに時間ばかりが過ぎてゆく。
物々しい雰囲気の中、無線通信が入った。受けた兵士がペリットを呼ぶのと同時に、遠くに光点が見えた。ものすごい速度で近づいてくる。低いエンジン音が響き、それが車であるとはっきり認識できる距離まで来ても、一向に緩める様子がない。
私兵達が一斉に銃口を向ける。ペリットはそれを制止し、道を空けさせた。車は彼らの直前まで来て、一気にブレーキがかけられ、ドリフトして止まったものである。
屋根なしの軍用ジープを運転していた男は、悪びれることもなく言った。
「よお、神父。悪いな、遅刻しちまった」
そのにやけ面を見るや、私兵達はそろって気分を害した。
「遅れたのはともかく、もう少し安全にお願いします、ザトゥマ君」
「ちゃんと通信は入れたぜ。轢かれりゃ、それがそいつの天運だったんだろ」
ザトゥマ=ズーは声を上げて笑った。撃ち殺してやろうか、という呟きがどこかから漏れた。
ミンツァーの護衛の片割れだが、ある意味では上司以上にたちが悪いとの評判だった。当のミンツァーでさえ持て余しているようなところがある。それでも雇われ続けているのは、腕が確かである以上の理由を持つことを、ペリットは知っていた。この場に単騎駆けしてきたことが、それを証明している。
「あん? あんたの上司はどうした」
「単独で発生地点に入っています。私達が行っても足手まといになるだけですから」
「はっ、そりゃそうだろうな。多分シャロンの奴も入ってんじゃねえか。じゃあ俺も」
「できません」
ペリットはきっぱりと拒絶した。
「キエルさんの帰りが遅すぎます。もしかすると中で何かあったのかもしれない。これ以上戦力を投入すれば、被害を増やすことになりかねません」
「なんだそりゃ。体のいい理由つけて俺だけ除け者にする気かよ」
その通りだったが、口に出すわけにもいかない。この男に暴れられれば、自分達では止められないのだ。キエルと同様、十年前の災害に巻き込まれ、世界を書き換える力を手に入れたという男である。その人格と力の両面において、決して信頼はできなかった。
「現場の責任者としての判断です。どうしてもと言うのなら行っても構いませんが、ミンツァー理事の立場が悪くなるだけですよ」
「……本気で言ってんのか」
ザトゥマの顔から笑みが消えた。すぐに復活したそれは、殺意を含んだものになっていた。
一触即発の空気が漂った時、路地からふらふらと現れた者がいた。
「神父さん……」
泣き出す寸前の顔だった。持てるだけの荷物を持ち、外套を羽織ったその娘は、ペリットの姿を認めるや荷物を手放し、抱きついてきた。
「ロゼさん」
「よかった……どうなるかと思った。もうやだ」
ロゼッタは泣きじゃくった。緊張の糸が解けたのだろう。あの壊れた世界から自力で脱出できるとは運がいい。しばらく泣かせてやろうかと思ったが、その口から「カイラルが」という言葉が出てくるのを、ペリットは聞き逃さなかった。
「会ったんですか、カイラル君に」
なだめすかしつつ、ロゼッタから話を聞きだそうとするペリット。ぽつりぽつりと出てくる言葉を繋ぎ合わせるうちに、その顔が強張ってきた。ロゼッタの世話を部下に任せると、私兵の隊長格を集めて何やら相談を始めた。空気の変化を感じ取ったザトゥマは、再びにやけ面に戻り、車から飛び降りた。
「俺の力が必要かい?」
しばらく返事はなかった。私兵達を散らせた後、ペリットが振り向いて言った。
「不本意ですがね」
「これも俺の天命だな」
にやけ面が一層歪んだ。