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見捨てられた街(3)

「話にならねえな」


 理事会の席上で、長い白髪の老人が言った。書類が机に放り捨てられる。


「何回工期延長するつもりだ。この調子じゃ百年たっても終わらねえぞ」

「そう言われましても……動員できる人数にも限界があります」

「金に糸目はつけねえと言ってるだろうが」

「ハーウェイさん。もう金額がどうこうという問題ではないのですよ」


 理事の一人が恐る恐る口を開いた。


「北に行くにつれて危険が増すことは誰だって知っています。先日も一社から契約の更新を拒否されました。これは今後さらに顕著になりますよ。無理に制圧を続けたところで、土地や建物を売却する見込みが立ちません」

「じゃあ、てめえも降りるか?」


 低い声で言われ、理事達がすくみ上がった。見るからに堅気ではない、強面の輩も多くいる。


 復興連盟。国による救済に見切りを付け、一般市民の手でリバーブルグの復興を目指す者達が結成した自治組織――と言えば聞こえはいいが、その実態は、事件以前から界隈で幅を利かせていた非合法組織の集合体に過ぎない。


 彼らにとっても事件の被害は甚大であった。リバーブルグには構成員達の住居はもちろん、収入源となる企業なども多数あっただろう。それでもただでは起き上がらないのがこの連中だ。さじを投げた国に代わって復興を叶え、街を私物化するつもりなのだともっぱらの噂である。


「今更ビビってるやつは必要ねえ。とっとと帰りやがれ」


 そしてこの老人カダル=ハーウェイは、復興連盟会長であると同時に、ハーウェイ・カルテル総代表でもある。古くから多くの企業を傘下に持ち、都市同盟全域に勢力を広げるこの組織は、庶民にとっても比較的近しい存在であった。幹部級の人物が気軽に街をぶらついていることも珍しくない。世間と持ちつ持たれつの関係を築いて生き残ってきた、昔かたぎの悪党と言えた。


 旗揚げ当初、参加組織はカルテルを含め二、三であったという。事件の『再発』もありうる状況では、復興に尻込みするのも当然だろう。しかし連盟が強引に復興を進めたことで、周囲の冷ややかな目は次第に熱を帯びていった。「ハーウェイは事件の真相をつかんでいる」という噂が国中でささやかれた。復興利権に食い込むには今のうちしかない。焦った連中が次々に態度を変えた。おかげで今や、三十を超える大所帯だ。


 躊躇のない復興そのものが、安全の裏付けとなっている。そんな曖昧な状態でも、どうにか復興は進んできた。それが今、急激に速度を落としつつある。


「まあ会長、皆さんの気持ちも汲んであげてください」


 にこやかに言った男がいる。見た目は四十に届くかどうか。他の連中より一回り若い。


「皆さんが不安に思われているのはこれでしょう?」


 男がファイルを広げる。ぼろぼろの服を着た女の絵だった。極端な猫背で、その手には巨大な血まみれの刃が握られている。己の身長よりも長い刃を、引きずるようにして歩いているのか。他にも、背中に翼の生えた男やら、昆虫の手足を持つ女やら、怪奇じみたものばかりが描かれている。


「復興前線以北で、最近目撃されているものです。目撃者の証言から描き起こしました」

「それだ、クインシーよ。若いのによくやっとる。わしもそれが言いたかったんだ」


 禿頭の理事が興奮気味にまくし立てる。


「ハーウェイさん、こいつらは一体何なんです? ウチの者も警備中に見たと言っとった。いい加減教えてくれてもいいじゃないか。あんた、何か知っとるんじゃあないかね」

「お教えできません」


 カダルに代わって、女性の理事が言った。端正な顔立ちといい浅黒い肌といい、数人いる女性理事の中でも一際目立っている。


「確かに我々ハーウェイ・カルテルは、その人外の者どもについて、ある程度の情報を持っています。ですが、それを今公開することはできません」

「そりゃあないぞキエルちゃんよ。何のために徒党を組んどるのかわからんじゃないか。情報は共有してくれんと」

「では一つだけ」


 女性は懐から数枚の写真を取り出した。机に並べられたそれを見て、誰もが顔をしかめた。口を抑えて部屋を飛び出した者もいる。


 写っていたのは死体だった。五体バラバラや焼死体はまだいい方で、全身に穴を開けられたもの、巨人に踏み潰されたようなもの、肉団子に近いものまである。


「最前線で制圧を行なっているのは、私の部隊だということをお忘れなく。それに加わっていただければ、嫌でも情報は手に入ります」


 その一言で、余計な追求をする者はいなくなった。元から利権だけが目当ての連中である。命がけで事にあたるつもりなどさらさらないのだ。写真を眺めながら、他人事のように感想を述べ合っている。


「しかしえげつない。ザトゥマ=ズーにやられた死体もこんなんだったなあ」

「誰ですかそれ?」

「昔リバーブルグにいた大量殺人鬼だよ。もっとも十年前から聞かなくなったが。どうせあの事件でおっ死んだんだろう」

「あれ? 死刑になったんじゃなかったかな」

「リバーブルグに死刑はねえよ」

「あのさ、キエル君」


 細い目の理事が、ふと思い出したように言った。


「これって、おたくの彼がシャベル持ってうろついてるのとは関係あるの?」


 ぱりん、という音がした。握り潰されたコップの周りに水が飛び散る。落ち着いた様子だった女性が、犬の糞でも見つけたかのような顔つきになっている。細い目の理事は、咳払いをしつつ姿勢を正した。


「ごたくはすんだか馬鹿ども」


 静まり返った場に、カダルの低い声が響いた。


「いいか、俺は去る者は追わねえ。今からでも降りるなら好きにしろ。だがな、例えウチだけになっても復興は成し遂げるぞ。金がかかろうと化物がいようとな」


 誰も反論できないまま、会議は次の議題に移っていった。



 会議が終わった後、他の理事達が退出するのを見届けてから、キエルは腰を上げた。カダルが声をかける。


「行くのか」

「ええ。見回りついでに、あの馬鹿の顔でも見てこようかと」

「苦労をかけるな」

「お気遣いなく。自分で選んだ道ですから。何があろうと承知の上です」


 言ったキエルの表情は、言葉の内容とは裏腹に晴れやかである。


「随分楽しそうじゃないか。男にでも会いに行くのかい?」


 部屋の入口から、にこやかに声をかけてきた者がいる。先程、化物どもの絵を見せていた男である。


「何しに戻ってきたのよ」

「食事でもどうかと思ってね」

「おあいにく様。あんたより若くていい男と先約があるから」

「それは残念。まあ、せいぜい楽しんできてくれ。デート気分は味わえるだろう。何せ彼の顔ときたら、あの男に生き写しだからね。見れば見るほどむかっ腹が立つ」


 言い終えた瞬間、男のすぐ横の壁が、鈍い音を立ててへこんだ。誰も触れてすらいないのに、巨大な爪にえぐり取られたかのごとく、である。破壊音の余韻を聞きながら、キエルは右手をわきわきと動かし、男の頭をつかんだ。


「ふざけたこと言ってると、今にその頭が圧し砕けるわよ」

「おお、怖い。早めに退散するかね」

「クインシーよ」


 静観していたカダルが、怒気の混ざった声を発した。


「何故、障壁屑のことであそこまで踏み込んだ? おかげでこっちまで認めざるをえなくなっただろうが」

「カダル老。言ったはずですよ。この件については、我々ミンツァー社は独自に行動させてもらうと」


 頭をつかむ手をそっとどかしながら、クインシーは嫌らしい笑みを老人に向けた。静かな火花が散るのをキエルは見た。


「あなたもご承知のはずです。もうごまかしきれないところまで来ているのですよ。情報を全部公開して、国を、いえセカイを上げて戦いを挑めばいいじゃないですか。その時こそ我々も全力で協力しますよ」

「寝ぼけたことを。閉塞世界がそれを許すわけがねえ。壁守どもが全力で潰しにかかってくるぞ」

「……本当に腰が引けていますねあなたは」


 クインシーは、カダルの前の机に両手をついた。額が触れる寸前にまで顔を近づけ、嘲るような笑みをぶつけながら言う。


「では何故、あの大地の傷はいまだに塞がっていないのです? 何故、キエルやうちの社員達のような戦力を保持できているのです? 何より我々には、壁守を撃退した事例があるじゃないですか。その生き証人を我々も、あなた方も飼っている。これを好機と言わず何と言うと?」


 カダルは口を開かない。ただ、まばたきすらせずクインシーを睨み返している。


 言うだけ言ったクインシーが部屋を出ていく。早足で追いかけたキエルは、狭い廊下で横に並んだ。


「あんたの意見に一つだけ同意するところがあるとすれば」


 前を向いたままキエルが言う。


「私達の代で決着をつけるということよ」

「それは嬉しいね。やはり君は、根っこのところじゃ好戦的だな。子供の頃から戦火に身を置いていただけはある」

「あんた達戦争屋と一緒にしないで」


 キエルは足を速めると、クインシーを一気に抜き去った。


「次の世代に重いものは背負わせないわ」

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