契約は血の色で・下(6)
ユニは姿勢を正すと、改めてロゼッタと向かい合った。
「仲間を探したい。今はそれ以外のことは考えられん。だが、目立つ行動は取りたくないのだ。……察するに、あなたは私達の事情をご存知なのではないか? あの女がどのように吹聴したかは知らんが」
「私は直接聞いてないし、あんまり深くは知らないけどね。それっぽいやつがいたら報告しろって指示は出てるみたい。事情を把握してるのは義姉の周辺だけだと思うけど」
「では、あなたも私を?」
「だったらあの場で警備に突き出してるっての。実際、最初はそのつもりだったしさ。でもあんた、ボコボコにされてるのにやり返さなかったじゃない。だから何か、わけありなのかと思って」
「……重ね重ねかたじけない」
化け物でこそなかったが、この小女がキエルに類する力の持ち主であることは、ロゼッタにも察せられた。本来、常人で相手が務まるものではないのだ。だからこそキエルは、拘束や抹殺ではなく、発見の報告のみに留めるよう命じていたのだろう。そんな異能者が、こそこそ逃げ回るだけならともかく、いざ殴り合いになったときに一方的にやられているのはどういうことか。
「そこまで気を使ってもらった以上は、話しておかねばならんな。ご賢察の通り――」
ユニが右の人差し指を立てると、その先端にゆらりと火が灯った。これには傍観していたミーネとグレースも、おお、と身を乗り出した。
「これが私の力だ。我が一族が連綿と受け継いできた血の賜物だ。私はまだまだ未熟もいいところだがな」
「じゃあさっきの火はこれだったのねえ」
「何これすごい。煙草に火つけてみていい? ……あれ、ないでやんの。ロゼっちちょーだい」
「一本だけよ」
ロゼッタは煙草を取り出そうとしたが、ポケットは空だった。どこに入れたか、と席を立ち、上着や鞄をひっくり返す。そうこうしているうちに、段々と火の揺らぎが大きくなり、ユニの表情が険しくなり始めた。
「は、早くしてくれ。私は細かい制御があまり得意ではないのだ。だから……」
「もうちょい! もうちょい待って」
「あったあった。はい」
焦るユニに、ミーネがくわえ煙草で近づく。煙草の先が火に触れた瞬間である。ぼん、と弾ける音がして、天井まで届くほどの爆炎が上がった。
「あ゛づッ!?」
根本だけ残った煙草を吐き出し、ミーネは部屋中を跳ね回った。前髪が焼け縮れて、あわや顔面大火傷というところであった。天井に目をやると、黒い焦げ跡が張り付いている。誰が修繕費出すんだよ、とレイチェルがぼやいた。
ユニはといえば、大きくため息をつき、やはり駄目かとうなだれている。
「こんなものだ。昔から不器用で、応用はほとんど利かせられないし、火勢すらまともに調節できんのだ。あの時戦っていたら、彼らを追い払うどころか灰にした挙句、辺り一面焼け野原に変えていただろうな」
「わかった。わかったから。もう火は出さないで」
無限の火種にでも使えるかと思ったが、ここまで出力不安定では気安く点火もできない。ミーネが、絶対わざとだ、卑劣な罠だとなじるのを、グレースがまあまあとなだめている。事情はわかったが、ユニに対する不安はかえって増したような気がしなくもない。
「……というわけで、私は単独で行動するのが苦手なのだ。あまりの過剰火力の上、火を使わなければただの人間に袋叩きにされる始末。隠密行動などもってのほかだ。このざまでは、迂闊に探し回るより、仲間が見つけてくれるのを待った方がいいのかもしれん」
「だったらここにいれば? 今更居候が一人増えたくらいじゃどうってことないし」
「いや、それは勘弁願いたい」
遠慮するな、また徘徊される方が困るとロゼッタが説いても、ユニは頑なに固辞した。お気遣いなく、というよりは、やめてくれ、という具合なのである。
「一宿一飯の恩ならまだしも、そこまでしてもらっては報いる術がない」
「別にいいわよ気にしなくて」
「気持ちはありがたいが、好意に甘えてばかりなのは私の信条に合わぬ。家に戻れば倍にして返せるのだが、今の私は本当に身一つだし、かといって家事の一つもまともにできないし……」
「だけど……」
あまりの頑固さに、ロゼッタも途方に暮れ始めた時である。
「じゃあ体でも売れば?」
堂々巡りの議論に、寸鉄を投げつけた者がいた。